第5話 気の鍛錬

 翌日、まだ朝早い時間帯にレイは目を覚ました。昨晩のおしっこおもらしを思い出し、レイは思わず興奮してしまう。まだ股が濡れているようなそんな感じがした。今日早く起きたのはクライムの寝床に行くためであった。今日からクライムの寝床で、レイ、リーキ、ガロウ、クライムの兄妹四人は寝食を共にする約束をしたのである。思えば四人の付き合いは長い。数年前にレイとクライムが知り合い、後からリーキとガロウが加わった。いつの間にか本当の兄妹のように仲良くなった。最年長のクライムが長兄、年少のレイが末妹と言うことになっているが、別に兄妹の契りのようなものは交わしていない。自然とそうなったのである。それぞれ体を売ってパンを恵んでもらう生活をしていた。寝る場所は元々別々だったので分かれていた。しかしもっと早く一緒になっても良かったくらいだ。今回、たまたまクライムが一緒に寝ようと言い出したためにすぐに意気投合したが、いつでもきっかけさえあれば一緒になれた。たまたまそれがこのタイミングだっただけである。レイの荷物は少ない。毛布代わりの新聞紙に、あの男から貰った魔法水筒、枕代わりのゴミ袋だけである。全てを手に取り、レイはクライムの寝床へと向かった。

 クライムの寝床ではクライムが既に起きていて仲間が来るのを待っていた。レイが一番乗りだった。二人は手を振りあいさつを交わす。


「クライムちゃんおはよう!」

「おう! レイちゃんが一番乗りだな」

「じゃあ私がクライムちゃんの隣ね。荷物置くよ」


 レイが荷物を置くとそこに座る。クライムも隣に座った。クライムの寝床はやはり路地裏の影だ。屋根が上に差し掛かっているので多少は雪や雨を凌げるだろう。クライムは早速昨晩の事をレイに聞いた。気になってしょうがないようであった。


「レイちゃん。俺にだけ教えてくれよ。昨晩はどうだった?」


 レイは昨晩の事を思い出し、恥ずかしくなって頬を赤く染める。しばらくはにかんではぐらかすのでクライムがしつこく聞いてきた。レイは言葉にするのを恥ずかしく思いながらも赤く染まった頬を意識しながら口を開いた。


「そりゃあ、おもらしするまで我慢しろって約束だから、最後は漏らしたよおしっこ。依頼主は満足して帰ってった」

「で、おもらしした感想は?」

「凄く……気持ち良かった。また……やりたいな」


 レイは顔から火が噴き出るような思いがした。クライムが満足そうに微笑む。人の痴話を聞いてニヤニヤしている変態のそれであった。それを見てレイはますます顔が赤くなる。痛いのを泣かないように我慢する事は出来ても恥ずかしく思って赤面してしまうのは隠せないようだ。


「今度俺にも見せてくれるって約束だぞ?」

「わ、わかってるよ。……ただで見せてあげる。そして漏れそうになったら、私のお股を激しく弄り回して欲しい」

「……お前そんな事されたのか。それで気持ち良かったって、変態じゃねーか」

「……うるさいなぁ。……だって気持ち良かったんだもん。癖になっちゃったよ。依頼人の街で流行ってるのも頷けるね」

「流行ってるのかよ。おかしな街だなおい。女の人が可哀想だ」


 そうしてクライムはレイをおちょくり続けた。レイは赤くなりながら答える。そんな事をしていると時間が過ぎていった。やがてガロウが、次にリーキがやってきた。二人共新聞紙と枕代わりのゴミ袋を持ってきていた。四人全員が集まると、クライムは気の鍛錬を始めると言い出した。そして別の場所に三人を連れ出した。そこはスラム街の広場であった。クライムはそこで三人に腕立て伏せをするよう言った。


「まずは何と言っても筋トレだ。器となる体を鍛えないとたくさんの気を纏えないからな。気を纏えないと身体能力を向上出来ず、空も飛べず、エネルギー波も撃てない。気を纏う器となる体を鍛えるのは基本中の基本だ。バテるまで筋トレ開始!」

「「「はーい」」」


 レイとリーキ、ガロウは言われた通り腕立て伏せを始めた。中々出来ない三人。男の二人はなんとかゆっくりと出来ているが女のレイは一回も出来ない。腕を曲げると重さに耐えきれず上体を地面に落としてしまうのだ。するとクライムが三人を叱りつける。ノロイ! 出来てない! やる気あるのか! と。まるで熱血体育教師だ。スパルタだ。三人は叱られながらも頑張って腕立て伏せを続けた。


「腕立て伏せを百回やったら上体起こし百回。足上げ腹筋百回。そしたら街中を百週、全速力で。そしたらまた腕立て伏せからスタート。それをワンセット、百回繰り返す。それを今日から春まで毎日やるぞー!」

「はいー……」


 鍛錬するとは聞いていたがまさかここまでやるとは。レイ達は気が遠くなる思いがした。そしてクライムもレイ達と同じく腕立て伏せを始めた。さすが筋肉の発達した大猿人と言おうか。クライムは凄まじい速さで文句無しのフォームで腕立て伏せを行っていた。レイ達はその様子に驚いていた。負けじと気張る三人。なんとか腕立て伏せを百回こなすと今度は上体起こし。レイはやはり満足に出来ていない様子だった。クライムがレイにつきっきりになり上体起こしを手伝う。他の二人歯ゆっくりとだがなんとか出来ている。レイは全然ダメだった。


「何やってんだレイ! やる気あんのか! 気合いだ気合い! もっと頑張れ!」

「ふぇぇん……キツいよぉ」


 レイは辛くて辛くて嫌になったがそれでも体に鞭打って上体起こしを行った。そうして上体起こしを百回行うと次は足上げ腹筋。寝そべって両足をピタリと閉じて天に向かって足先を伸ばしていく。下腹部の腹筋に効かせる事をイメージする。これはレイもなんとか出来た。それを百回繰り返す。三人とも筋肉痛になったらしく腕や腹筋が痛いと騒ぎ始める。クライムは次は街の中百週だ、俺について来いと。遅れた者は置いていくとまで言った。そうしてクライムが走り出しその後を追って走るレイ達三人。すぐにレイはスタミナ切れでペースを落としてしまう。ただでさえスピードが遅い上にペースを落としては一気に置いていかれてしまう。


「クライムちゃんっ……ふーっ、クライムちゃん、みんな、待ってぇ……!」


 クライムが気付き、レイの下まで走る。そしてレイの背中を前に向かって何度も突き飛ばす。


「走れレイ! 走れおらぁ! 女だからって甘えてんじゃねーぞこらぁ!」

「甘えてないですぅ! 疲れたよぉー!! 休もうよー!」

「百週したら十分休憩だから走れ! おら走れぇ!!」

「ふぇぇん! ハードだよぉおお!! オーバーワークだよぉ!」

「うるせぇ! 気合いだ気合い! 兵士になるなら気張れやぁああ!」


 クライムはまるで人が変わったような体育教師となっていた。レイはヒーヒー言いながら駆け出した。遅いレイを背中から押して走るクライム。二人を先頭にレイに合わせてペースを落として後ろを走るリーキとガロウ。二人にとっては余裕を持って走れるのでレイに感謝だ。レイは涙目になりながら走り続けた。

 そうしてこのスラム街の周囲を本当に百週走った。スタート地点のクライムの寝床に戻るとクライムは休憩と言って休憩が始まる。レイら三人はへとへとでくたびれていた。特にレイは酷く息を切らしていた。息が出来ない、脇腹が痛い。今まで体を売ってきた。何度も殴られた。何度も痛め付けられた。しかしこんなふうに自ら体を痛め付けるのは初めてであった。

 息が詰まり、呼吸もままならず、全身が痛みまともに動けない。休憩中三人は大の字になって仰向けになっている。一方のクライムはまだまだ余裕な表情だ。クライムはかねてから一人でトレーニングを続けていたのだ。筋肉が発達し、体力が優れている大猿人の子供であることを差し引いても、昔からトレーニングしていたクライムの体力は他の三人と比べてケタ違いだった。それも以前から兵士になって活躍して出世したいと考えていたからであった。レイもリーキもガロウもクライムに着いていくと決めていたが、なにせ今日が初めてのトレーニング。最初からこんなにハードではオーバーワークというものである。しかしクライムは子供の自分が出来るなら他の三人もすぐに出来るだろうと思っていた。少し、三人に自分のペースを押し付け過ぎであったが、そこは気にせず突き進む。やはり幼少故の未熟さが、そこにはあった。しかしレイは負けず嫌いな性格なので何が何でも食らいついてやろうと考えていた。地味に女である事に甘えるなと言われたのがレイはショックだった。生まれの性別、生まれつきの性質で差別されて侮られているような気がして気分が悪いのだ。自分は甘えていない。全力で手取り組んでいる。自分が周りについていけずに甘えていると言われるのが悔しいのだ。それにレイは女だからと甘えているつもりはこれっぽっちも無かった。むしろ性別のせいで自分を甘やかさないで欲しい、容赦しないで欲しいと思っていた。レイは負けず嫌いなのだ。クライム達一緒に兵士として戦うと決めた以上はクライムやみんなと肩を並べて対等な関係で歩みたいと思っていた。リーキもガロウも同じように思っていた。自分達は特筆した特徴の無いノーマル人。大猿人のように体力があるわけでも、芯人のように優れた再生能力があるわけでもない、平均的な人間。それでもクライムに着いていこうと心に決めていた。それに芯人とはいえ、女の子で更に自分達より小柄なレイに負けたくないという思いがあった。リーキもガロウも全力で鍛錬に望むつもりだ。

 それはそうとやはり初めての鍛錬はキツイものがある。三人とも頭ではわかっていても弱音を吐いてしまう。そこは幼い故か。しかしクライムは三人に釘を刺す。


「お前ら、鍛錬がキツいとか、今後弱音を吐いたヤツはマジでぶん殴るからそのつもりで。特にレイ。お前は女の子だし、みんなより体も小さくて体力も無い。正直言ってダメダメだ。それでも文句言ったらぶん殴る。本気でな。泣くまで殴る。本気で俺と兵士になりたいなら死ぬ気でやれよ」

「わかったよ。私が女の子だからって、体が小さいからって遠慮はいらないよ。みんなと同じように接して欲しい。……でもクライムちゃん、ちょっと怖いよ。張り切るのは良いけどそんなに怖い顔しないで」


 レイの言葉でクライムは自分がキツくなりすぎてしまったと感じた。無意識に怖い顔をしていた事に気付く。それを恥じ、クライムは俯いた。


「……俺は今の力を手に入れるのに一年かかった。みんなも一年掛けて鍛錬しよう。春に兵士になる話は辞めだ。一年後の春にしよう。それまでめいいっぱい鍛錬するぞ!」


 クライムが拳を握り天に突き上げる。レイ達も真似をして拳を天に突き上げた。そして十分の休憩が終わり、また腕立て伏せから再開した。

 それからレイ達の鍛練は続いた。鍛錬ばかりしていては食料が手に入らないので、一日鍛錬したら次の日は体を売って、その次の日にまた鍛錬を行うというルーティンを繰り返す事にした。一日は鍛錬、次の日は体を売って食料を貰う、そして次の日また鍛錬……というのを繰り返したのだ。鍛錬の日はクライムのスパルタ教育により限界を超えて体を痛め付けた。最初の数ヶ月は筋肉痛が酷くて地獄のような日々だった。もう嫌だと鍛錬したくないと叫びたくなるくらいだった。子供とはいえ、体力の優れた大猿人に合わせたトレーニングスケジュールだ。体の小さい女の子のレイやノーマル人の二人にはとてもきつかった。内心で文句を言いながらも決して外に弱音を吐くことは無かった。しかし良い事もあった。鍛錬がとてもキツいので、体を売る仕事がそこまで辛く感じなかったのである。特にレイは痛い事に慣れていた事もあって体を売って殴られる事より体を追い詰めて鍛錬する方がずっと苦しかった。体力が無く、それによってクライムに叱られるし、周りのペースに無理矢理合わせるのでとても大変だった。心を鬼にしたクライムに女だからと、子供だからと心無い事を何度も言われ続け、精神的にも辛かった。それでも弱音を吐かず、他の二人と肩を並べて鍛錬を続けた。鍛錬の方がキツいので体を売るのはただの労働と思えるようになった。つまり鍛錬に比べたら大した事無いと思えるようになったのである。レイは強姦もされるが気持ち良くされるので、鍛錬よりも好きなくらいであった。因みにレイは芯人なので体の再生は早い。つまり筋肉の回復発達も他の二人より、いや芯人ではない三人より優れているのだ。その事にクライムだけが気付いていた。

 筋トレや持久走をしながら、気の鍛錬も同時に行った。やがて気による身体能力の向上が出来るようになるとますます鍛錬に拍車がかかった。

 変化が起きたのは半年経った頃だった。レイ、リーキ、ガロウの体に筋肉が付き始めたのである。腕や太腿は太くなり、大胸筋も厚くなり、腹筋も割れ始めた。特にレイは女の子で、三歳児のような見た目なのに全身の筋肉が発達して腹筋も割れるようになった。端から見れば、女の子らしい体付きとはとても思えない、男みたいな肉体になってしまった。その事にリーキもガロウも言葉が見つからず困惑していたが、レイは気にしていない様子だった。半年経った頃にはクライムのハードなトレーニングもつつがなくこなせる様になっていた。レイも他の三人には劣るとは言え、クライムの補助無く、鍛錬に着いていけるようになった。筋力が付き体力が付き、三人は年齢の割には遥かに強くなっていたのだ。三人共、同種族の同年代の子よりも遥かに強くなっていた。三人は気付いていた。スラム街に住む力の強い大人達。彼らよりも自分達が強くなっている事に。それはある日の夜の事。四人で新聞紙を包み横になっていた時の事だった。リーキが口を開く。


「なぁ、クライムちゃん。俺達は強くなったよな。もう人に頭を下げて体を売る必要、無いんじゃねーか?」


 クライムは横になり答えない。レイとガロウ歯振り向き、リーキの方を見る。二人も同じ意見だった。


「俺、強くなると実感する程に、クライムちゃんがどれくらい強いのかわかってきたんだ。大猿人だからってのもあると思うけど俺達三人より一年早く鍛錬したクライムちゃんは凄く体力もあるし強い。心もね。やっぱり一年の差は中々埋まらない。種族も違うから。女の子のレイちゃんでさえ強くなった。クライムちゃんの鍛錬はハードだけど素晴らしい効果をもたらしてくれた。鍛錬は辛いけど今までやり続けて良かったと思う」

「話が長いぞ。結局何が言いたいんだ? 感謝ならいらないぜ。これは……俺のわがままに付き合わせてるだけなんだから。俺が感謝したいくらいだぜ」


 クライムが横になりながら呟く。リーキは続けた。


「なんで俺達は未だに体を売ってるんだ。人の持ってる食料、力付くで奪えば良い。俺達は強い。それが出来るくらいの力はあるはずだろ?」


 その言葉にレイもガロウも何故気付かなかったのだろうと目を丸くしていた。今まで体を売る生活が当たり前だったために疑問すら抱かなくなっていた。その通りだ。今や自分達より弱い大人に頭を下げて体を売ってパンを恵んでもらう必要なんて無いはずだ。レイに至っては強姦までされている。本人は余り気にしていないが、そこまで人としての尊厳を踏みにじられるのを耐える必要は無いのではないか。自分達はもう非力な子供ではないのだと。

 するとクライムは振り向いてリーキの顔を見た。それは神妙な顔立ちをしていた。


「リーキちゃん、俺達は何のために強くなったんだ。人の物を奪うためか? 恵んでもらったパンは他人の物なんだぜ? 俺達が体を売ってその対価で貰ってるだけなんだぜ?」

「……」

「俺達は兵士になって出世して将軍になって英雄になるために力をつけたんだろ。人の物を盗む力を手に入れるためじゃない。そんな事したら俺達は賊徒と同じになる。魔族と同じになる」


 リーキが黙り込む。レイもガロウもクライムを見て黙り込んだ。ゴクリと唾を飲む三人。クライムは続けた。


「自分が強いからって、人の物を盗んだり、不当に人を殺してはいけない。力は然るべき時に然るべき場所で使うべきだ。弱い者いじめするのはダメだ」

「でも……だからって体を売る必要無いじゃないか! 他にやれるだろ! 人の手伝いしたり労働したりとか。レイちゃんなんか毎日強姦されてるんだぜ? 可哀想じゃないか。なんで俺達より弱い奴らに頭下げなきゃならねーんだ?」

「……確かに、もう体を売る必要は無いかもしれねぇな。鍛錬してたらいつの間にか強くなっていた。強くなる事、兵士になる事しか考えて無かった。俺の中で体を売るのは手っ取り早い飯を調達する裏技程度としか思わなかったんだ。何せあいつらの弱っちいパンチを受けてるだけで良いんだからな」

「じゃあパンを調達するのは別のやり方にするよ。レイちゃんもそうしろよ。もう変な大人に股を開くような事はするな」

「う、うん」


 レイは頷いた。その日から四人は体を売るのを止めた。強くなった体で力仕事をするようになり、その対価でお金を貰うようになった。それで飯を買うようになった。鍛錬のおかげで体力が付き、体を売る必要は既に無くなっていた。それはレイ達にはとても嬉しい事だった。クライムは兵士になる事ばかり考えていて、体を売る行為に疑問を抱かなくなっていた。強くなる事に必死で別のやり方を模索する事を忘れていたのだ。

 その後も、三人は鍛錬を続けた。気も操れるようになり、エネルギー波を放てるようになった。まだ空は飛べないが以前とは比べ物にならない力を手に入れた。そうして鍛錬を開始してから一年が経過した。このスラム街で兵士の募集が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白銀の幼女レイ 阿部まさなり @masanari20

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ