桜吹雪、花筏

石動 朔

おかえり、さくら。

 もしこの世から桜が消えたとしたら。


「それは元々桜が存在していない世界のことなのか、それとも桜という存在はあってその上でこの世からなくなってしまったのか。どっち?」



 うーん、どっちだろうね。でもきっと、桜の存在を知らなかったら桜が消えたらどう思うなんて考えないんじゃないかな。

 だから、もし明日の朝目覚めたとき、桜が根こそぎなくなったとしたら人々はどう思うのかって条件にしよう。


「そんな世界、春がつまんなくなるよ。私は毎年この窓から見える桜を楽しみにしながら生きているっていうのに、それがなくなってしまったら目の前にあるビルのせいで心まで閉鎖的になっちゃうよ」



 そうだね。数少ないこの部屋の楽しみが一つなくなってしまうのは悲しいことだ。


「あと、なんだっけ。桜がなくなったらのどかになっちゃうんだっけ」



 春を過ごす人の心はどれだけのどかなのだろうかってやつだな。いつ咲くのだろうかとか、満開に咲いたら咲いたで、すぐに散ってしまうのではないかって感じでヤキモキする春特有の儚さが無くなってしまうことを詠んだものだね。


「でもそれって良い事なんじゃないの?ヤキモキなんて恋だけで十分なのに桜にまで気を回してちゃ疲れるでしょ」


 この詩は比喩みたいな意味もあるんじゃないかな。






 それに、人は象徴というものを大事にする。四季がはっきりしてる日本は、寒さが厳しい我慢の冬が終わって、様々な物事のはじまりを迎える春は、待ち遠しくてうきうきと心躍る季節になるのは必然だろう?


 

 

 そんな新たな出会いと儚い恋心、 それを象徴できるのは桜だけなんだろうね。


 青春だって、桜が咲いていることが前提で青空は広がっているはずさ。


 しかもこの世界から彩りが無くなって、バリエーションが減ってしまうと活気もなくなってしまって人々は悲しくなってしまう。



 まぁ日本人に良くある滅びの美学というか、美しくも儚い花っていうのはどこか刺さるものがあるんじゃない?

 

 散る花の吹雪さえも美しいと感じてしまうのは、そもそも花が散るには咲かなければいけないっていうエモさがあるからね。


 きっと桜をこの世から消したとしたら、気が狂ってそのまま神格化さえしてしまうような気がするよ。



「私にはそれがすごく皮肉に聞こえるけど、でも、私が桜が好きなことに変わりはないしね。

 ほんと不思議、欠点のように感じるものさえも美点に変えてしまうのだから。それが羨ましくて憎くも感じるのに、結局この花に魅了されてしまう。

 だから、やっぱり散って欲しくない。もし散ってしまうなら、私と一緒に散ってほしいよ」




 桜が散ってもその木が枯れることはない。散ったら終わりじゃない。同じ木で、また同じ花が咲くのを見るために、人は頑張るんだよ。

 

「うーむ...確かに、そんなこと、考えたことなかった。ありがとう。もっともっと前向きに考えることができるよ」



 桜の花が下向きに咲くのは、人が上を向けるようにするためだと僕は思うよ。


 桜も人も、不変や永遠なんてない。だからこそ、人はこの花に自分を寄せている。



 きっと僕も、死ぬときにはさくらを思い出すと思うよ。



「それはどっちの?」




 うん、確かに、そうだね。

 この世から桜が消えたとしたら、もしかしたら君の名前はなかったかもしれないね。



「...もう目動かすの、疲れたでしょ。話はまた後でにしようよ」


 君は死なないよ。


「うん、そう願ってくれてありがとう。 とても嬉しい。でもね、代わりのが届くよりも先に、きっと私は死んじゃう。桜の木がぱたと軽い音を立てて倒れちゃうみたいにね」


 いや、君はまだ来年も咲ける。花を結ぶことができる。


「...うん。そうだね」




「あ、足音。体を動かす時間だ。じゃあ、またあとでね」


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 もう僕は花を結ぶことはできない。

 でも、いつか君がまた桜を咲かせるための手伝いなら、自分にもできる。

 

 君には気づかれたくないけどね。



 でも、できれば君の隣で、もう一度花を咲かしたかったな。
























「ただいまー!」



 




 

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