学校の怪談六月 おつゆさん・後半

学校の怪談六月・後半

 「知ってる天井だ」


 


 目が覚めると保健室にいた。校舎の中だがすでに奴の気配はなく負のオーラも収まっていた。



 「起きたか、よかった」


 

 松永先生と保健室の先生が心配そうにこちらを見ている。隣のベットを見ると先ほど助けた生徒が寝ている。お互い無事だったらしい。



 俺は激しい霊力の消耗で気を失ったのだろう。最後に負のオーラと奴の気配がしなかったというのを確認はしたが襲われなかったことはラッキーというほかない。



 「夜風あんなところで倒れてなにかあったのか?」



「わからないです」



 松永先生は少し考えた後そうか、と言いそれ以上は聞いてはこなかった。

 


 その後もう一人の生徒の意識が戻ったことを確認して家に帰った。



 今まで戦ってきた悪霊の中でも明らかに異質な存在。通常の攻撃ではダメージを与えられないどころか、触れることもできないのが霊という存在だが、霊力を絡めた攻撃が通用しない相手は初めてだ。



 それに奴は負のオーラを意図的に隠すことができる可能性もある。それにより気配を隠し、狩りを続けやすくなる。俺のイメージでは負のオーラは空気と同じで『そこにあるもの』って認識していたがそうではないのか?



 そもそも、前回の怪談といいここまで明確な強さを持った霊がいることに驚きが隠せない。



 街中だったりいわくつきの場所で会う霊は、相手を呪ったり不幸にさせる程度のものだったため、直接攻撃や思考・目的をもって襲ってくることが恐ろしい。



 ただもう目をそらさないと決めた。なんで急に学校の怪談が流行り始めたのか、その原因を徹底的に突き詰めてやる!






 家に帰った後、矢幡に連絡し今日あったことを話した。



『話してくれてありがとう。本当に無事で何よりだよ』



「ありがとう。それとごめん。ちゃんと向き合う覚悟ができたから協力してほしい」



『もちろん!』



 

「早速でわるいんだが、何か新しいうわさを聞いたりしてないか?」



『……そのことなんだけど、あんまり有力な情報がないんだ。聞くには聞くけど、お地蔵さんの幽霊を見たとか、土地の祟りだとかで、みんなバラバラのうわさが巡っていてどれもそれらしいうわさはなかったんだ』



「なるほど」



 これでは相手を調べようにもどうしようもない。どうしたものかと頭を悩ませていると矢幡が続ける。



『でも話を聞く限りでは今までのどのタイプとも違った霊だったんだよね?』



「ああ。霊力を絡めた攻撃が通用しないのは初めてだ」



『もしかしたらうわさの域を超えている、何かなんじゃないかい?』



「うわさを超えた何か、ってなんだ?」



『うーん、例えば伝承とか。って知ってる?』



「おつゆさん?なんだそれ」



『昔なにかの番組で見ただけだから詳しくは知らないんだけど梅雨の季節になると現れる神様みたいなものだった気がする』



「もっともらしいのが出てきたな……神様か。それについて調べよう何かわかるかもしれない」



『やっぱり夜風のいいところは、一度決めたことに対して正面から向き合うことのできる強さだと思うよ。僕は結構好きだなそういうところ」



「そりゃどーも」



 軽く受け流して電話を切った。高く買いすぎだとも思ったが悪い気はしない。



 明日は晴れるらしい。






 次の日、俺と矢幡は手あたり次第情報収集を行った。



 昔の土地についての文献や資料、あった出来事など気になるものを隅から隅へ確認した。



 しかし、それらしいものは何も出てこなかった。



 「夜風、なにか見つかった?」



「昔は雨がすげー振ってたってこと以外はなんにも、」



「だよねー……」



「でも矢幡も気づいてるだろ?おつゆさんについて何もなさすぎることに」



「そうだけど、『おつゆさん』なんてもしかしたらいなかったかもしれないし、聞き間違えただけかも?」



「いや、多分伝承っていう線はいいところに行ってると思う。何もかもが今までのやつと違ってた。それはただものじゃないってことを示している重要なピースだ」



「うーん、でも夜風がそこまで言うならそうなんだろうね。なら可能性は1つに絞られたね」



「ああ」



 もう1つの可能性。それは禁忌とされる存在である可能性だ。語り継がれていくことすらタブーとされている存在や事象、出来事はこの世に数多く散在している。



 もしかしたら、おつゆさんはそういった類のものなのではないだろうか?



 そうなると図書館で調べても何も出てこないのもうなずける。



 とにかくこれ以上、資料から読み解けるものはなにもない。



「どうする?これで手掛かりがつかめなくなっちゃったけど」



「そうだな……1回おつゆさんの情報をまとめてみようと思う。っていってもみたのは俺だけだから、完全な主観になっちまうけどな」



「いいね!見たことを詳しく教えてよ。もしかしたらそこから何かわかるかもしれない」



「まず、負のオーラを操れる」



「それってそんなに珍しいことなの?」



「ああ。説明が難しいんだが、俺のイメージでは先に負のオーラが発生して、そのエネルギーで顕現するのが霊なんだ。当然負のオーラがほとんどない場所には霊は現れられない。だから霊と負のオーラっていうのはイコールでつなげるモノじゃないんだ。どちらかというと負のオーラのが霊そのものよりも厄介で存在としては大きい。いうなれば人間と酸素に近いイメージだな。酸素がないところには人間は生きられない、酸素っていうのは自然に発生したもので人間が隠したり出したりできるものじゃないだろ?」



「まあなんとなくわかったよ。酸素負のオーラは本来、人間が出したり消したり自由に操れるものじゃないもんね。あくまでそこにあるってだけってことか。」



「普通の人間ならそんなことはできない。つまり人間を超えた何者かがいるってことだ」



「なるほど、確かにそれは珍しい霊だね。ほかにはどんな特徴があったか覚えてる?」



「俺の攻撃が通用しなかったのにも驚いたな」

 


「なんで通用しなかったんだろうね?可能性としてあるのは体力が多かったとか?」



「いや、たぶんそういうのじゃないと思う。手ごたえそのものがなかった」



「そうなると無敵?ってことになるね……」



「こればっかりは分かんないな」



「いったん保留で次行こうか」



「そうだな、その時は気にしてなかったが水たまりを瞬間移動できるのは不思議だな」



「電話で話を聞いた時はそんなことがあったんだ、で聞き流してたけど冷静に考えてやばいよね」



「水を操れる?的な能力を持ってるとみて間違いないだろうな」



「おつゆさんっていうくらいだしね」



「姿を現したもの気になる。なんであのタイミングだったんだろう?」



「単純に1人だったからっていうのは前提としてもう1個何かある気がするよね」



「あの日だけ、特別に起こったこと……」



「雨……じゃないかな?」



「それだな。雨の日っていう限定にすることで気配を悟られずに行動できる。何より水を操れるときたらこれしかないな。ナイス矢幡」



「うん!じゃあ後残るは、なぜ追いかけてこなかったかだね」



「え?」



「夜風の話では攻撃が通用しなかったんでしょ?なら最後に霊力で吹き飛ばしただけで追ってこないのはおかしいとおもう」



「たしかに、最後の一瞬は攻撃が効いたのか?だとしたらなんで効いたんだ?」



「何か思い出せない?今までの夜風の攻撃と違ったところとか?」



「うーん。あ、水たまりごといったな」



「それじゃないか!?水たまりごと全体を攻撃したらダメージが入るとか?」



「ありそうだな。だが霊力をただ飛ばすのは効率がわるい。最大でも3回くらいしか打てないと思う」



「じゃあその3回をどう使うかが攻略のポイントになるだろうね」



「だいぶまとまってきたな。なら1回雨の日に答え合わせしにいってみるか」



「え?大丈夫なの」



「大丈夫だ。おつゆさんは強い反面行動範囲がせまい。校舎から出られれば安全だ。どっちみち手がかりがないんだ、祓えたらラッキー死ななかったらセーフで行ってくるよ」



「死ぬなよ、絶対」



「まかせろって」






 雨の日の放課後、校舎には誰も残っていない。



 まだ負のオーラは感じない。いたって普通の学校。



 ぴちゃ、ぴちゃ、



 水の音が上から聞こえる。しかし、この音は蛇口がしっかり閉まっていない水道から一滴ずつ水が垂れているような、そんなか細い音だ。それが階を貫通して聞こえてるのはどうにもおかしい。



 明かな罠、だがいくしかない。俺はゆっくり階段を上っていく。



 4階の踊り場に来たところで水たまりを見つけた。奴の狩場に入った。



「最初から全力で行くぜ。『レッグ



 4階フロアは各教室の前に水たまりがある。ご丁寧に水道は水でいっぱいだ。いつ来てもおかしくない。



 水道にたまってる水からわずかな霊力を感じたと同時に襲い掛かってきた。



 即座に身をかわし距離をとる。あの時は気づかなかったが水から出て来るとき、霊力を発している。これなら対応できる。



 2,3回攻撃した後すぐに水たまりへと消えた。身のこなしは俺のがやや上、パワーは向こうに軍配が上がりそうだ。



 焦るな、あくまで今日は倒すんじゃなく情報収集が目的だ。確実に行く。



 続けて階段のほうから飛び出し、突進してくる。完全に見切っている。



 それもひらりとかわし一応反撃をする。しかし、前回同様手ごたえはない。



 次の攻防で水たまりごと吹き飛ばす。



 奴は勢いを落とすことなく水たまりに隠れたと同時に別の水たまりから姿を現した。



「見えてる!」



 俺は霊力を一気に放出した。奴は水たまりと一緒に壁に打ち付けられる。



「やっとダメージらしいダメージが入ったな」



 予想的中。水たまりもろとも吹き飛ばせば攻撃が通る事が今証明された。



 1つ予想外なことがあるとするなら、俺の霊力消費量がとんでもないことだ。当初の予定では3回打てるはずだったが、もう打てない。



 身体強化もそろそろ切れそうだ。俺の霊力操作がへたくそすぎる。ただ収穫は間違いなくあった。



 これで引こうと思ったが、俺の霊力の少なさに勘づかれ奴は攻撃を仕掛けてくる。



 壁に張り付き、変則的な動きで殴り掛かってくる。ステップを踏みながら辛うじてかわす。



 まずい、見切ったはずの攻撃が紙一重でしか避けれなくなってきた。



 追い詰められた攻防の末、みぞおちに一発もらってしまい体勢が崩れる。続けて顔面、背中、腕、足と強烈なパンチを受けた。



 これ以上ダメージをもらうのはやばい!何とか外に出なくては。



 俺は近くの壁に背中をつけ奴の攻撃方向を制限し、守りを固める。猛攻で気づかなかったがさっきよりも水たまりが増えている。



 戦いながら自分に有利な戦場を作っているのか……ならなおさらまずい。一刻も早く逃げなければどんどん不利になる一方だ。



 頭ではわかっているが、疲労した状態で相手の霊力を読むなんて出来るわけもなく、目の前の多くの水たまりから好き放題でては、殴りを繰り返される。



 意を決してガードを固めながら走り抜こうとしたが、顔面を押さえつけられ壁に再び投げられ、その後も手を休めることなく攻撃が浴びせられる。



 これ以上は本当にやばい!意識が飛ぶ、、



「夜風!!こっち!!」



 薄れゆく意識の中、聞きなじみのある声がした。と同時に奴の攻撃が一瞬止まる。その隙を見逃さずその場から離れ矢幡のいる階段のほうへ走った。



 階段には奴の仕掛けた水たまりがあったはず、だが矢幡なら気づいているはず。そして何か手を打ってくれている。そうなると次に姿を現すのは階段に一番近い水たまりだ。



 奴は逃すまいと水たまりに入ったが、階段の踊り場ではなく、予想通り、階段に近い水たまりから姿を現した。



「矢幡を信じた俺の勝ちだな」



 俺は身体強化に回していた霊力を解除し、奴にぶつける。出始めにジャストのタイミングで当たったため、混乱しているようだ。



「矢幡!!急いで逃げるぞ!!!」



 そういいながら階段を駆け下り校舎を出た。



 外は相変わらず雨が降っている。だが奴の気配はしない。何とか逃げ切ったのだ。







「夜風!やっぱり危なかったじゃないか!」



 当然ブチギレの矢幡である。ゆっくりなだめながら話を続ける。



「来てくれてマジで助かった。ありがとう」



「そこまで脳筋だとは思わなかったよまったく」



「それよりもやっぱり水溜りごと吹き飛ばすのが正解っぽいな。確実にダメージが入ったのを感じた」



「いや多分違う」



 矢幡は何かを考え込むように会話を遮った。



「違う?なにかおかしかったか?」



「多分水溜りごとじゃなくてもいける」



「何かわかったのか!?」



 矢幡の言葉に思わず驚き、聞き返す。



「うん。あれは水溜りから一本の水が本体に繋がってたのに気づいた?」



「あ、あぁ。確かにそうだな」



「それで気づいたんだけど、多分あの一本の水が無敵である正体だ。夜風の霊力放出は下から上に行くような感じだったでしょ?その時に水溜りと一本の水が千切れたんだ。

その後にダメージを受けていた。そう考えるとあの水の糸を切断すれば攻撃が通ると思う」



 なるほど、と思わず声が漏れてしまう。確かに俺の霊力は足に集中させているため、出力が下から上に行く形になる。



 そんな些細なことに気づいた上に相手の状態を見て冷静に頭で考えをまとめたのか。さすが矢幡だ。



「あと続けてもう1つ。あれの正体も掴めた」



「マジかよ!?」



「あれは雨山神社にあるお地蔵さんじゃないかな?見た目のまんまだけど」



「見た目のまんま?あれが地蔵に見えたか?」



「え?うん。顔は怖かったけど割とお地蔵さんだったよ」



 あれが地蔵だと?俺の目には鼻から上がなく、口だけの怪異にしか見えなかったが……。



「まぁ一旦置いといて。その雨山神社ってなんなんだ?」



「ここから見えるけど、ちょっと遠いところに山があるだろ?あの山を雨山って言うんだ。そこに神社があるんだけど、立ち入り禁止になってるんだ」



 相槌をうちながら話を聞く。



「その理由が、神の怒りに触れるからなんだ。詳しいことは分からないんだけど、そこにあったお地蔵さんの胴体が2つに壊されてしまって今も祀ってるっていう話を聞いたことがある」



「なるほど。ってことは事件で調べるんじゃなく、その雨山について調べるほうが早そうだな」



「そうだね」



 矢幡の洞察力には頭が上がらない。これで調べる手がかりが掴めた。一気に巻き返す。






 ここは雨山と呼ばれる山。なんでも昔の雨乞いを天に近いこの山でしていたらしく、その名がついたらしい。(図書館調べ)



 ここにある雨山神社を目指し俺と矢幡は歩いている。



「そういえば、矢幡はどうやっておつゆさんのワープ先を消したんだ?」



「水たまり自体は普通の水だったから雑巾で拭いただけだよ。その雑巾も念の為遠くにやっといてよかった」



「そんな簡単なことであれを封じれたのか……」



「夜風はもっと頭を使うべきだよ」



「本当にな」



「それより夜風にはおつゆさんがどう見えてたの?」



「口しかない水の怪異。逆にそっちにはどんな感じに見えてたんだよ」



「怒ったお地蔵さん」



「珍しいお地蔵さんもいたもんだな」



「僕と夜風で見たものが違うのはなんでなんだろうね?」



「分からんけど霊力とか素質とかで見え方変わってくるんじゃないか?もしかしたら才能あるかもな矢幡」



「茶化してないで真面目に考えてよまったく。それより着いたよ。雨山神社」



 それなりに大きな鳥居と年季の入った灯籠。地面は石で出来ていて、苔が生い茂ってる。長いこと手入れされていないようだ。



 鳥居の前に看板が立っている。内容は立ち入り禁止とのこと。



「どうする夜風?立ち入り禁止だってよ」



「んじゃ帰るか」



「はいはい、ばかなこと言ってないで行くよ」



「えぇ。今そっちから振ってきたよな?」



 小言を言いながら神社に足を踏み入れる。



 神社だったりお寺はあまり好きじゃない。言葉に形容できないような異質で神々しい気がめぐっているからだ。気を抜くと持っていかれそうになる。



 鳥居を抜けて少し歩くと社殿があった。



「矢幡。動くな。ちょっとまずい」



 社殿から神社の中とは思えない禍々しい負のオーラを感じる。少し様子を見て襲ってこないのであれば調べよう。



「何かあったの?」



「負のオーラが社殿からしてくる……けどあんまり外には漏れてないな」



 社殿から間違いなく良くない気がするのだが、あくまで封印されているような抑え込まれた感じがする。



「矢幡。絶対に離れるなよ」



「わかった」



 2人でゆっくりと近づき前まで来る。中からはなんの気配もしないが漠然と負のオーラが漂っている。



 注意を払いながらゆっくり戸を開けた。



「うお、びびった」



「何かあったの?」



「いや矢幡の話に聞いた通りの胴が二つに割れてる地蔵だ」



 続けて矢幡も覗き込む。一瞬ビクッとした後にまじまじと観察する。



 4畳ほどの広さで、その奥に上半身と下半身が立てかけられている。相変わらず負のオーラ濃く、今にも動き出しそうな地蔵と相まって不気味と言える雰囲気だ。



「地蔵の顔とか似たり寄ったりでわからんけど、矢幡はおつゆさんとこの地蔵似てるように見えるか?」



「うん。だいぶ似てると思う」



 なるほど。ならおつゆさんの元はこれで当たりか。他に手が借りになりそうなものは……



「な、んで?」



「!?」



 矢幡を掴んで一気に距離を取る。無意識下で身体強化をしていた。



「急にどうしたの?」



「いや、今声が……」



 確かに聞こえた、地蔵から声が。矢幡は聞き取れなかったのか聞こえなかったのか、状況が整理できていなようだった。



 社殿の中には霊らしきものはいない。となるとマジに地蔵が喋ったのか?



 疑問は残りながらも矢幡を外まで避難させてからもう一度行くことにした。



 再び中に入るとやはり声が聞こえた。



「なぜ?どうして?」



「あんたおつゆさんで合ってるか?」



「わからない。なぜ人はわたしをうらむ。教えてくれ、風の子よ」



「風の子?」



 まともに会話ができる状態じゃなさそうだ。このまま壊しておつゆさんが消えたら良しだが、消えなかった場合唯一の情報源を潰してしまうことになる。それだけはまずいな。



「人があんたを恨んでる?ってのはどういうことだ?」



「ただ、みんな拝んでいただけだったのに、私は何もしていないのに。なぜ、なぜ、」



「その体は人にやられたのか?」



「お前ら人間にやられたんだ」



 話が見えてこない。どういうことだ?人間が地蔵を割った?なんでそんな罰当たりなことを……いや考えるんだ。



 昔の大雨、雨山の名前の由来、水無月の話、人間の愚行。まさか!



「雨乞いの結果、大雨に見舞われたからあんたに恨みをぶつけて壊したってのか?」



「私は何もしていない。ただ願いを聞くだけの存在。どうすることもできない。なのになぜ」



 なるほど、どうりで調べても出てこないわけだ。自分勝手に祈りを捧げ、身に余る対価を受け取った結果、地蔵のせいにした。こんなこと恥以外の何者でもない。



「それが人間を襲う理由か?なんで中学生なんか」



「私はなにもしていない。あのお方が私の思いを形にして放っただけのこと」



「あのお方?」



「私はなにもしたくない。ここに1人でいるのも、忘れ去られるもの苦しい。でも魂を分断させられ、成仏できない」



 地蔵自身には攻撃の意思はないのか、?あのお方ってのも気になるが、これ以上は聞かないほうがいいな。



「わかった。俺があんたを成仏させてみせる。昔の人がやった行いに、けじめつける」



「……風の子よ。霊力を抑え込むのではなく、流すのだ」



「え?」



「私を楽にさせてくれ」



 その後地蔵は言葉を続けることなく静かになった。



 俺は頷き戸を閉め、神社から出た。



「夜風!大丈夫だった?」



「問題ない。それよりおつゆさんを祓う方法を見つけた」



「それはちゃんと勝算のある考えなの?」



「不安なら聞くか?霊力が回復しだいすぐにやる」



 俺自身、中にいた地蔵を勝手に悪いやつだと決めつけてしまった。それは昔の人と変わらないのかもしれない。その意味を踏まえてのケジメをつける!






 そろそろ梅雨が明ける。何度目かの雨。今日こそ決着をつけるべく、三度、誰もいない校舎に足を踏み入れる。



 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、



 今回はそこらじゅうに水たまりがある。あっちもあっちで今日決着をつけたいみたいだ。



 階段を登り、1番負のオーラが強い5階へ行く。



「今回は水の中に隠れてないでいいのか?」



 喋りかけてみたが、応答はない。いつも通り……のはずだが何か嫌な予感がする。



 パシャ!という水切り音と共に目の前の水たまりから奴が飛び出てきた。



「なっ!」



 完全に不意打ちをもらってしまい、馬乗りされそうになったが後ろに転ぶ勢いをそのままに巴投げをした。



「『レッグ!」



 巴投げを決めたことにより、水たまりと本体を遠ざけることができた。こっから水の糸を切る!



 奴は慌てた素振りを見せた後すぐに近くの水たまりへ避難しようとしていたが、スピードではこっちの方が上だ。



 一歩で距離を詰め回し蹴りをお見舞いする。



 今までにない『当たった』という感触。矢幡の推理は正解だったみたいだな。



 続けて攻撃を、と思ったが後ろから強力な霊力。



 直感的にやばいと感じ姿勢を低くし横にズレた。さっき立っていたところには水の槍が通過した。



「そんな芸当できてたか?お前もお前で成長してるってことか」



 最悪にも度重なる戦闘で経験値を豊富に与えてしまった。それが糧となり水を操作できるようになっていた。



 最初に廊下に立っていたのは水で作ったダミー。本物は今まで通り水の中だったのか。



 奴は水たまりに潜り、姿を消す。



 だがやることは変わらない、ここで祓う。



 今は冴えてる。水たまりの霊力も感じ取れる。次は後ろだろ!



 1歩目の踏切で水の糸を切断し、腰を切り裏拳をかます。しかし、手応えは感じなかった。



「なに!?」



 驚いたのと同時に後ろから霊力を感じ身を切ったが掠る。



 やられた。霊力を放出しつつ水たまりからダミーを出して翻弄、その隙に裏どりをして攻撃。


 

 致命傷にはならなかったものの掠ったのは痛い。だが攻略はできる。ダミーより本体がででくる水たまりの方が霊力が大きい。ここに気をつければ引っかかりはしない。



 続けて、先ほどやったように奴は一つ目の水たまりからダミーを出し翻弄してくる。



「タネは割れてんだよ!」



 一つ目を無視しつつ次の霊力に注目する。きた!次はダミーの後ろだ。



 ダミーを避けつつ、ローキックで水の糸を切り回転を殺さず後ろ回し蹴りで追撃。



 ダメージが入った!このままいけば祓える、倒せる!



 よろけたところに追い打ちをかけようとしたが水の槍が追撃を阻止する。見た目どうり厄介だ。



 間髪入れず強力な霊力を発し、後ろの水たまりから姿を表す。



「のらねーよ」



 明らかに本体の発している霊力とは違う。強力なだけで霊力を込められたダミーなことは一目瞭然だ。



 となると、次の微小な霊力こそ本体。捉えた!



 いや違う!俺は寸前のところでダミーに足を前に防御体制をとる。予感は的中し、鋭い攻撃がすでに繰り出されていた。



 そして無防備な背中に激しい痛みが走るとともに突き飛ばされた。



 2択とかじゃない。霊力を込めて作ったダミーってことは当然、動かせる。つまり霊力の大きい方が本体であろうとなかろうと壊さなければ一生理不尽な攻撃を喰らう。



 水の糸をきる、壊す、本体を攻撃、これを毎回2回やらなくちゃ、良くても相打ちで終わっちまう。



 考える暇を与えず理不尽な2択を迫られる。



 霊力の大小関係なく糸を切り攻撃する。だがこれでは2体目の攻撃は避けることしかできない、ジリ貧。



 一旦仕切り直すしかないな。攻撃を交わしつつ教室の窓から外に飛び出る。身体強化している今なら難なく着地できる。



 そして外に出てから自分の過ちに気づいた。



 奴は毎回、獲物に逃げられないように脱出経路にはずっと水たまりを作っていた。だが今回は窓の近くには水たまりがなかった。



 人間が飛び降りるとは思っていなかったから?たまたま水たまりを作るのを忘れた?どれも違う!



 



 今までは校舎の中だけしか霊力を感じなかったが今回は外に出てもなお感じる。



 俺が着地するよりも先に奴は外で待ち構えていた。空中で身動きの取れない俺を容赦なく叩き落とす。



「うぐぅっ」



 さっきのガードで足は負傷している。そのうえくらったこの攻撃は精神的にも肉体的にもダメージが大きかった。



 校庭は一面水たまり。俺はどこへ行こうと奴の手のひら上ということか……。



 その時頭に激しい痛みが走った。続けて背中、足、と奴の姿が見えないのに攻撃を受け続ける。



 集中し直し、霊力を感じ取る。次は上だ!



 横にずれ、上を向くとそこには奴がいた。驚きのあまりカウンターを忘れ捉えられなかった。



「うそだろ……」



 水たまりのように、一定量以上の水がないと移動できないと思っていたがこいつは今、雨水の中を移動している!



 校庭という場所が1番のデットゾーンになってしまった。



 下から霊力、すぐさま攻撃を合わせたが水の糸を切るのを忘れてしまった。と思っていたら後ろから間をおかず突進をくらう。



 すぐに立ったが上から頭を押さえつけられ、下からアッパーをもらう。すぐに顔まわりを守ったがあいたボディに槍をくらう。



「がぶぁ」



 続く後ろからの攻撃は避けたが、前からの連撃は捌き切れず吹き飛ばされた。



 だがこれでいい。奴は今、俺の上に立ったと思い込んでいる。それ自体は正しいが俺の勝利方法は別にある。



 俺はフラフラになりながらも一方向の攻撃だけを受け続けている。その方向はあえて守っていない、負け惜しみなんかではなく、これこそが俺の勝ち筋。



 だが、狙い通りにするには俺の力が足りない。脚だけでは対処しきれない。なら、やるしかない。



 攻撃を受けながら足に纏った霊力を全身に回す。



 だが、これではダメだ。出力にムラがありすぎてバランスが崩れる……どうしたら。



「流すのだ。押さえ込むのではなく流すのだ」



 一瞬幻聴かと疑ったがその言葉は奴自身が口にしていた。その声は雨山に行った時に会った地蔵の声そのものだった。



 押さえ込むんじゃなく流す……!分かった!今ならできる!



「『全体オール!!」



 霊力が全身をめぐる。今までとは比べ物にならないくらい体が軽く、動かしやすい。これならいける!



 俺は一瞬で体勢を立て直し奴の攻撃をかわす。今までは糸を切って攻撃したら避けるしかなかったが、今回は避けながら攻撃を繰り出せる。



 上から出現した奴の攻撃をかわし、糸を切りながら攻撃。後ろの攻撃も身を切ってかわし攻撃する。



「ひさびさに手応え感じたぜ」



 奴は驚きながらも回転率でゴリ押す。その怒りを待っていた。



 俺は攻撃を避けた後わざと身動きのできない空中に逃げた。当然奴がそんな隙を見逃すはずもなく重たい攻撃を喰らう。



 痛いがこれで目的地まで思惑を悟られることなく到着できた。



 俺はすぐさま体育館に入る。やつも逃すまいと追いかけてくる。俺は逃げて逃げて逃げた。真の目的の部屋に入るために!



「知ってるか。マット運動だったり高跳びで使うマットはこの体育館倉庫にあるんだぜ」



 奴は水の槍を上手く使いながら水たまりを増やし追いかけてくる。俺は向かい合い、槍の攻撃をかわしスライディングをして糸を切り、背中をぶん殴る。



 身体強化により狙い通りの倉庫へ飛んでいった。脚だけでは余程の条件が揃わない限りできなかった攻撃、この土壇場で成長できてよかったぜ。



 走って後を追う。これ以上水が入らないようにドアを閉める。



 奴は水たまりを作ろうとしたが無理だと悟ったのか自分を支える一つしか作らなかった。それもそのはず、ここでいくら水たまりを作ってもマットで拭き取れる。そして拭き取ったマットからは出られない。



「初めてトントンな条件の戦いだな」



 相変わらず何も言わない、が霊力を集中させているのは分かる。対面ならこの傷ついた体でも俺の方が有利だ。



 お互いジリジリと距離を詰める。先に仕掛けたのは奴の直接攻撃だ。カウンターをしてくださいと言わんばかりの見え見えの大ぶり。



 置いてあるカラーコーンを蹴飛ばし水の糸を切りつつ最小限の動きでカウンターを合わせた。



「なっ!」



 攻撃をもらったのは俺だけだった。今まで攻めに使っていた水のやりを変形させ防御手段として使い始めたのだ。



 怯まず挑み続ける。ジャブを打ちつつ攻撃をさばく、隙あらば互いにフルパワーで拳を振り切る。だが、奴の水のガードのせいで打ち負ける。



 とうとう踏ん張れず後ろによろめいてしまった。奴は距離をつめ、水を纏いながらとどめを刺しにきた。



 最後の勝負!



 渾身の左で迎え撃つ素振りを見せビタ止め。フェイントをかまし水の防御を振り切った上で、右手から残った霊力を放出した!



 完全に削り切り、ただの水と化した。異質な負のオーラは消え去り、戦いは終わった。






 学校の正門。矢幡が傘を差しながら心配そうに校舎を見ている。



 そこに、ヘトヘトになった夜風がゆっくり歩いてきた。



 嬉しさのあまり声上げかけよった。


 

「夜風!やったんだね!!」



「作、戦通りに、はぁはぁ、いったぜ」



 力こそなかったものの親指を立てグッドマークを見せた。



 肩を貸しゆっくり歩く。



「矢幡、俺は、もう逃げない。多分、今までのこと、を、裏で糸引いてる奴がいる。そいつを見つけ、出して、全部終わらせる」



「僕も協力するよ!……でもその前に病院だね。動物病院とかでいいかい?」



「出来れば、犬専門で頼みたい」



「バカなこと言ってないで帰るよ」



 2人で笑いながら帰る。明日は晴れの予報だ。





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