学校の怪談五月 いてはいけない生徒・後半
学校の怪談五月・後半
五月に入り、新たな学校の怪談が誕生。その内容は主人公『夜風』が一人でいる人に話しかけてまわっているというものだった。調査の途中、
次の日から一人ではなく、
二限目の休み時間と、昼休みに現れるという偽物の俺。しかし、今日はどちらの時間も現れる事はなかった。多分あの図書室にいる女子生徒、名前は
だが、完全に手がかりが無くなったわけじゃない。まだ俺の偽物を、学校の二階で目撃した。という証言を矢幡がしている。
負のオーラもまだ色濃く残っている。そろそろ偽物側も何かしらの行動を起こしそうだから、いずれ尻尾を掴めるはず。
放課後になり一応三年生のフロアを会話をしながら二人で回る。
「にしても
「それに関しては何も言えない」
「まったくもう」
矢幡はお母さんのようにため息をつく。
「まぁでも、あそこで答えられなかったからこそ今があるって思うと、感慨深いものがあるよな」
「それで誤魔化したつもり?」
「……」
どうやら誤魔化せていないようだ。惜しい。
「その惜しいみたいな表情やめようね」
その上全て見透かされている。悔しい。
「それにしても全然うわさの奴らに会えないな」
「そこまで分かりやすく話を変えたら逆に清々しいよね。でも確かに会えないね」
まだ学校には生徒がたくさん残っている。これから部活に行く生徒、友達と教室で談笑する生徒、課題を残ってやっている生徒。多種多様な生徒が学校内にいる。
そんな中からうわさの偽物を探すのは骨が折れる。今日はこれ以上の収穫は無さそうだ。そう思っていた時、二人組の男女のペアとすれ違った。
その一瞬ですぐにわかった。コイツら霊だ。すぐさま振り返り話しかけようとしたが、そこにはもう二人はいなかった。
「矢幡、帰るぞ」
「もういいの?」
「あぁ。これ以上は危険だ」
矢幡はわかったと言い二人で昇降口に向かった。多分さっきすれ違った二人の男女は話に聞いた
思ったよりも普通に日常に紛れ込んでいる。ただ顔は覚えた。明日からすぐに追える。
だが、二日経っても奴らと会うことはできなかった。うまく気配を隠しているようだ。こうなったら足で情報を稼ぐしかない。
俺と矢幡は二人で色んな教室を周り、一人でいる人に片っ端から話しかけていくことにした。
まずは一組から初めた。だが、一組はクラス全体の仲が良く、一人でいる人はいなかった。どうやら学級委員長が頑張っているらしい。
他の教室にも行ったが、だいたい同じで、一人でいる人がいたのは十組中、二組、六組、八組、九組の四クラスだけだった。思ったよりも情報が少なそうで最先が不安だ。
「思ったよりもクラスを絞れたね。これで情報を集めやすくなった」
「矢幡はポジティブだな。でも確かにそういう考え方も出来るか」
マイナスな面ばかり考えずにプラス思考で行かなくては。六組は自分たちのクラスで一人でいる子は橋本さんなので話は聞けないだろう。
そうなると実質三クラスか。いいんだか、悪いんだか。でもやってみないことには何も変わらない。まずは二組の男子生徒から初めていった。
「こんにちは。今ちょっと時間いいかな?」
まずは矢幡が話しかけてきっかけを作る。やっぱり矢幡の話し方は上手だな。すぐに打ち解けていく。
「あ、夜風!これこの前借りてたペン今返すね」
そして偶然通りかかった体で話の話題をさりげなく俺へと切り替える。そこで反応があれば偽物へと繋がる手がかりになるし、新しい発見があるかもしれない。そんな希望を持った作戦だ?
「あ、いつも一松くんと一緒にいる人だ」
さっそくかかった。最先よし!
「君、一松と知り合い?」
「うん、最近よく話すよ」
「今一松どこにいるかわかる?」
「え?わからないけどなんで?」
「いや一松を探してるんだけど全然見かけなくって」
「クラスには行ったの?」
「あー行ってない。何組だっけ?」
「確か十組じゃなかった?いつもあっちから来てくれるから分からないけど」
なるほど。多分一松のクラスは嘘だが、確認するだけの価値はある。いい情報を手に入れた。
「そっか。ありがとう探してみるよ」
「うん」
矢幡を連れて二組を離れる。毎回霊の方から人間に近づいてくるのか……。厄介だな。いつもどこにいるとか分かれば早かったんだが。
しかし、せっかく手に入れた情報だ。一応確認するべきか。俺は矢幡をクラスに戻してから一人で十組へと向かった。
十組は一人でいる人がいない、クラス全員が仲良しだ。そんな仲良し組の中から一人で休み時間に出て、別のクラスの面識のない人と話すか?そんな疑問を持ちながら教室に入る。
教室のドアの近くにいた人に尋ねる
「一松って人いる?」
「一松?ならあそこにいるぜ」
そう言って指を刺した先には後ろ姿で友達と話している人がいた。
俺はゆっくり近づき顔をみる。間違いない!コイツこの前見た霊だ!だが何かがおかしい。
「ん?なんか用?」
一松が話しかけてきた。その違和感の正体にはすぐに気づいた。この一松からは昨日感じた霊力を全く感じない。
うまく隠しているのかとも思ったが、それも違う。霊力を隠すことは非常に難しい。常に息を止めているような苦しさがあり、それは霊とて例外じゃない。そして何もよりも昨日感じた霊力と微妙だが確実に違う。
この階段のうわさは思ったよりも深刻そうだ。
「一松君であってる?」
一松は目を少し開き驚いた様子を見せた。周りにちょっと待っててと言いながら俺と教室の外へと出る
「お前、俺のことをなんで知ってる?」
「最近色んなクラスで友達を増やしてるみたいだから知ってた」
「それ
一松は体をガタガタ振るわせる。おどおどした口調で話を続ける。
「最近、知らないやつから話しかけられるようになったんだ。それだけなら、なんてことなかったんだが、俺を別の教室で見たってやつが現れたんだ。もちろん俺はそこにはいなかった。絶対にだ。だけどそういう話をよく聞くようになったんだ。気味が悪くてどうすれば……」
この怪談で出てきた三人組は実際に存在している人をベースにコピーをとった霊なのだろう。それなら説明に納得がいく。そしてそのコピーに選ばれる人間はクラスで目立っている人ってところか。
ただそうなると俺のコピーがいるのは説明がつかない。まだ別の法則があるのか……それとも俺だけは特別なのか。まだ調査は必要だな。
「そっか。俺は今なんでも相談部ってのをやってるから、何か力になれるかもしれない。また何かあったらいつでも話しかけてほしい」
矢幡のお墨付きの作戦その名を『なんでも相談部作戦』これなら少しは怪しまれるが完全に警戒されることはない。前回もこれで情報を聞けたし、自信がある。
「あぁ、わかった」
俺と矢幡は八組へと足を運んだ。そしてすぐに異変に遭遇した。
「夜風見て!あの人誰もいないのに話してる!」
確かに一人で誰もいない空間に話している。本当に誰もいない空間に……。
「あーうん。あれは普通に独り言が大きい人だ」
「え?それで良いの?」
「詳しくは言えないんだけど……うん、それでいいよ」
気まずい空気が二人の間に流れる。ただそれでも何か情報を聞けるかもしれないということで、矢幡は行動してくれた。
結果は意外にも俺のコピーと面識があるようだった。だが、俺のコピーがいつもどこにいるのかなどは分からなかった。空振りか。
「まぁ毎回情報を手に入れられるわけじゃないからね。めげずに頑張ろうよ」
「そうだな」
今日はやけに疲れる。この前は自然に学校に紛れ込んでいたので今度は見逃さないように神経を無意識のうちに尖らせてしまっているのだろう。
「今日はこの辺にしておく?」
こんな少しな変化にも矢幡は気づいてくれる。だが、今は休んでいる場合じゃない。生徒のコピーが現れたということは確定しているので早いに越したことはない。
「いや、残り一クラスだ。最後までやりきるよ。ありがとう」
昼休みになり、気持ちを切り替え最後の九組へと向かった。このクラは賑やかだが、女子生徒が一人でいた。
テンプレート通りに矢幡が話しかける。
「こんにちは、今いいかな?」
女子生徒はびっくりした様子を見せ、縮こまってしまった。これには流石の矢幡も困惑していた。
なんとか話し合いをして会話を矢幡のペースへと持っていき、俺へとパスをした。
「あ、い、いつも二菜ちゃんと一緒いる人」
これでコピー全員の遭遇者と会えた。
「二菜どっかで見なかった?探してるんだけど見つからなくて。教室どこかわかる?」
「た、たしか。さ、三組じゃなかった?」
会話慣れしていないように感じる。もしくは男子が苦手なのだろうか。そんなことはどうでもいい。今は二菜の本物の合うのが優先事項だ。
いつも通り矢幡を連れて教室を離れ、六組へ送った後に一人で三組へいく。
やはりそこにはこの前見た霊とおんなじ顔をした人がいた。話を聞くと一松と同様、最近知らない人に話しかけられるようになり、気味が悪いとのこと。
二菜もクラスの中心的な人物で人気者の部類だ。やっぱりさっき立てた仮説は間違ったいないようだ。だがそうなると俺の存在がより分からなくなった。
一応なんでも相談部作戦も遂行したため、追加の情報があれば自然と入ってくるだろう。
集められた情報は、うわさの三人組は全員学校の生徒のコピーでいずれも人気者。だが、俺だけが例外。三者ともいつもどこにいるか居場所は掴めていない。
想定していたより情報が得られなかった。そう思いながら教室へ戻っている時に強烈な霊力を感じ取った。
場所は北棟からだ。同時に悲鳴が聞こえた。俺は走って霊力の元へと急いだ。
そこにいたのは橋本さんと一松と二菜のコピー。そして見知らぬ女子生徒五人組だ。
女子生徒はひどく怯えている。周りを見ると椅子やら机などが倒れている。ついに動き出したか。
俺はすぐに距離を詰め一松と二菜を掴み周りの人から離した。
「逃げて!!」
と、俺が言ったと同時に、橋本さんは周りの人を連れて、教室からみんなを避難させた。
とにかく今は周りの安全確保が最優先だ。ここで怪我でもさせたら一松や二菜に風評被害がいってしまう。それが負のオーラへと繋がる可能性だってある。
そして何よりコイツらは悪意を持って行動している。れっきとした悪霊だ。
「俺の偽物はきてないのか?」
二人とも霊力自体はそこまで高くない。だが、放っておくわけにはいかない。
「……」
「二人ともだんまりか。とにかくお前らを祓わせてもらう」
除霊は久々だが、やり方は忘れていない。生き物には全員、魂とされる
ただ今回は悪霊が相手だ。核を破壊するだけでいい。俺の霊力を相手に流して全力で消す。
こちらが構えをとるとやっと口を開く。
「『
なんだ?霊力を足に集中させたのか?
一瞬の衝撃と激しい痛み。
「うぐっ」
気づいた時には俺は壁に叩きつけられていた。
痛みが遅れてやってくる。何をされたのか全く分からなかった。腹を蹴られたのか。呼吸がしづらい。
前を見ると一松と二菜の偽物は窓から逃亡していた。完全に逃げられた。
少し時間が経ってやっと呼吸ができるようになってきた。頭に酸素を回す。今起きたことを整理する。その前に、橋本さんに話を聞く必要があるな。
先生が来る前に俺はその場を後にした。
次の日、こちらからから行くまでもなく、昼休みの時間に話したいことがあると橋本さんが話しかけてきた。
そして昼休みになり、図書室へ行く。入って少し奥のほうに橋本さんは座っていた。
俺は奥まで歩いていき、橋本さんの座っている席の正面に腰かけた。少したってから橋本さんは口を開く。
「私は一年生の頃、人と話すのが好きだったんだ。昨日ここにいた子たちは昔仲良かった子たちなの」
この前話した時とは打って変わって、とてもたどたどしい話し方だった。きっと何か知っているのだろう。知っているからこそどこから話せばいいのか悩んでいる。
「今は仲良く無いの?」
「……うん。学校に入学したてのころ、私を含めた六人組でよく一緒にいたの。でもある時、みなちゃんがはるちゃんとケンカをはじめたの。その時にグループに亀裂が入って二人のどっちにつくか見たいな雰囲気になって。私は二人がなんでケンカをしたのか知らないし、どっちも責める気にはなれなかったから中立の立場で二人を仲直りさせようと思ったの」
話が見えてきた。昔から日本人は
「仲直りさせるのは無理だった?」
「無理どころか標的が私に変わって……それからはもうなにも……」
橋本さんは恐怖で震えていた。これ以上は情報を得られなさそうだし、これ以上古傷を
「もう大丈夫だよ。話してくれてありがとう」
席を離れようとした時にふと気になった。昨日の昼休み、いつも図書室にはほとんど人はいないはず。まして昨日の五人組は初めてみた。それなのになぜ図書室にいたのだろう?
「最後に一つだけ聞いていい?」
「うん」
「なんで昨日の子たちは図書室にいたの?」
「私が人と話すようになったから……生意気だって」
日本人の特徴の一つとして、自分の幸せより他人の不幸を望むことの方が多いようだ。つまり、最近楽しそうにしている橋本さんを見て怒り、図書室で何かしてやろうと思ったのだろう。
「
「変なうわさ?」
「……夜風くんが私に初めて話しかけた日覚えてる?その日、偶然通りかかったみなちゃんに見られてて、それであなたのことが変なうわさとして広まってたの」
なるほど、これで合点がいく。最初に作られたコピーは多分、俺だったのだろう。俺が話しかけたあの日、その行動を学校の怪談と織り交ぜてうわさとして流された。だから他の二人のコピーは人気者だけど俺だけは違ったのか。
「色んなことをみんなから言われてる時に、図書室のドアが開いて二人が入ってきたの。そしたらいきなり近くの机を蹴飛ばしてメチャクチャにして」
そこからは俺が間に合ったからそれ以上の被害は出なかったのか。まぁ、俺自身も返り討ちにされたのだが……
「それよりも気になるんだけど、なんで昨日五人を助けたの?」
「え?夜風くんが逃げてって言ったから」
「言ったけど、一人で先に逃げることも出来たじゃん。五人は腰を抜かしてた人もいたみたいだし、絶好の復讐の機会だったよね?」
「うーん。分からない。でも、何かされたからと言って仕返していいわけじゃ無いと思ったってだけだよ」
日本人は、と先ほど括ったが例外はいるようだ。
「そっか。かっこいいね」
「それ私褒められてる?」
「一応褒めてるつもり」
「そ」っとだけ返されてチャイムが鳴った。二人で席を立った時に橋本さんが言った。
「あなたと話してみて分かったけど、もう一人の夜風くんはあなたとは違うわ。うまく言えないんだけど、根本は同じだけど何か違う気がする。ごめんなさい、私もあなたの偽物が普段どこにいるかわからないわ。」
「大丈夫だよ。話せただけでもよかった」
俺たちは静かに教室へ戻った。
ことが進んだのはそれから一週間たったある日。うわさが再び動き出した。
「夜風君!!」
昼休みに柄にもなく息を切らして教室に駆け込んできたのは橋本さんだった。
「なにかあったの?」
「今図書室にあなたが来たの、でも一目で違うって思って逃げてきた」
このタイミングで橋本さんに接触だと。何が狙いだ?いやそれよりも行ってみないことには何もわからない。
「矢幡!橋本さんを頼んだ」
返事を待たずに俺は教室を出て、図書室へと向かった。
扉の前に立っただけでわかる異質な霊力。この前の偽物と霊力量自体はあまり変わらないが何かが違う、圧倒的な力を感じた。
扉を開けるとそこにはいくら探しても見つからなかった俺の偽物がいた。
俺はこの前のようにすぐに距離を詰めるのではなく、一歩一歩慎重に間合いをはかりつつ、様子見をした。偽物も同じく距離を測りながらこちらを様子見している。
「お前はほかの偽物とは違って霊力を足に集中させたりしないのか?それともびびってんのか?」
この煽りは強引だが俺も手ぶらでここにきているわけではない。まっすぐ来てくれるんだったら、カウンターを合わせられる自信がある。
「……がうな」
「あ?」
「違うな。俺と君は」
「何言ってんだお前」
「いいよ、こっちの話だから、
様子見から一転。互いが構えをとる。先に動いたのは偽物だ。
ステップを踏みながらゆっくり近づいてきたと思ったらいきなりのペースアップ。
一瞬呆気にとられたが紙一重のところで右ストレートを交わしバックステップを踏む。
それに合わせて偽物は距離を詰め、もう一度右……と見せかけた左で急所を狙ってくるも俺のガードのほうが一瞬早かった。
そのまま相手にタックルをし、距離を離す。
今の勝負は全部人読みだ。俺なら最初に右を打つ。それをわかっていたから避けてバックステップを踏む。それを偽物も分かっていたから、強気にもう一歩前に出て来ることができた。こんな感じで自分ならを主軸に考えることによって攻防を制した。
「俺がする直感的な行動はダメか。なら思考をかえよう」
偽物はそういうと何もなしにただ突っ込んできた。
俺は膝を前に突き出し、迎撃しようとしたが寸前で止まり、タイミングをずらされた。これは完全に俺の考えることの範囲じゃない。
無防備な俺の前に立った偽物は大ぶりの右キックをした。この距離でもそんな見え見えなキックは食らわない。
すぐに左ガードを固めたが思ったよりも威力が弱い。気づいた時には遅く。右脇腹に強烈な痛みが走った。
俺の考えとは違うことから入り、混乱させフェイクキックからの逆足。二段蹴りの形。最後に俺の思考で勝負を仕掛けてきた。
ダメージを負った俺を見逃すはずもなく畳みかけてくる。
「『
いままでの早さとは比べ物にならない速度でつぶしに来た。が、俺はそれを待っていた!
やっていること自体はそう複雑じゃない。単に体から出ている霊力を足のほうに収縮させればいいだけ。 (まあ、それがめっちゃ難しかったんだけど)
「くらえ、『
一松と二菜の時は油断していたから対応できなかっただけで動き自体は見切っている。
偽物は俺が何もできないと踏んで攻撃しか考えてない。だからこそこれは刺さる!
まっすぐ向かってくる偽物に右回し蹴りをおみまいする。が、しかしその蹴りは空を切った。
「なに!?」
完全に予想できない行動かつ完璧なタイミングだったはず。
その蹴りがかわされたということは、このとどめを刺せるという土壇場で様子見をかましてきやがったのか。
ここにきてまた俺の思考。くそ。
「オリジナル君はやっぱりなんか隠し玉持ってたか。危ない危ない」
にやりとしながら続ける。
「でもそれさ、完璧な身体強化じゃないでしょ?あくまで見様見真似の猿技。その証拠にそんなに霊力切らして……これならいつでもとどめを刺せる」
「フハ」
「何笑ってんの?俺はいつでも
「いや、俺の隠し玉を全部読んだーみたいな感じで話し進めるから面白くて」
「強がるなよ。お前は何も持ってないだろ」
「そう思うならもう一回来てみろよ」
「……乗らないよ。そんな安い挑発には。お前の霊力はいまごっそり減っている。そんな中で短期決戦に持ち込みたいんだろう?なら俺は時間をかけさせてもらう」
偽物は距離を離し逃げて行った。
「あっぶね」
実際俺にはこれ以上の隠し玉はもっていない。だからこそ余裕を見せることによって偽物の中の俺に訴えかけた。よく言えば慎重、悪く言えば考えすぎる俺自身の癖に。
多分奴は今日中にもう一度来る。俺の霊力の減りを見透かされている以上、来ない手はない。
俺は深く息を吐き覚悟を決めた。やってやると。
そのまま放課後になり、俺はすぐに教室を出た。偽物も人目に付くところでは襲ってこないだろうが、もし巻き込まれたりしたら大変だ。
俺以外の不特定多数を狙わない理由はもし多くの人の目にその姿がさらされてしまった場合、一時的には負のオーラで力をつけることができるだろうが、そんな危険なところに行こうと常人は考えない。
そうなった時、自分たちをうわさしてくれる人がいなくなり、かえって自分自身の首を絞める行為になってしまうからだ。いかに霊といえど生存本能はあるようだ。
つまり、あいつらはあくまで学校の怪談であり、うわさなのだ。その域から出てしまったとき、それ相応の報いを受ける。
「夜風。大丈夫かい?」
「ああ。大丈夫だ。終わったらちゃんと説明する」
「うん。待ってる」
多くは聞かない矢幡。だが隠し通すのも難しそうだ。
北棟二階、図書室。今日は無理を言って図書室を空きにさせてもらった。やるならここが一番いい。
扉、窓、天井。すべてに気を使い偽物を待つ。俺の残りの霊力量的に身体強化は残り一回の三十秒ほどしか使えないだろう。これでどう三人を相手にするか……。
その時、図書室の扉が勢いよく開いた。俺は覚悟を決めて向かい合う。しかし、そこにいたのは偽物ではなく矢幡だった。
「今、夜風の偽物がここの五階で暴れてる!早く来て!」
「まじかよ」
俺は急いで図書室を出ようとしたが、足を止めた。
「なあ矢幡。そういえばこの前言ってた映画、いつにする?」
「こんな時にその話はいいでしょ!早く来て」
「そんな話したことねーよ」
俺は霊力を集中させ矢幡の心臓部分を貫いた。
「なんか、橋本さんの言ってたことがわかる気がするわ。確かに違う。お前は矢幡じゃない」
除霊したとき特有の体が崩れていく消滅反応。
この前の聞き込みがまずかったのか、矢幡の偽物までできていたのか。ほんとにうわさというのは厄介だ。ただ、なぜ俺を五階に誘ってきたんだ?
考えられる可能性は二つ。一つは罠で踏み入れたらアウトなパターン。二つ目は……俺をここから遠ざけたかったパターン。
仮に後者だった場合なぜそんなことを?……まさか!
同時刻、三年六組。
放課後になって二十分ほど経っただろうか。教室には矢幡、話している男女のグループ。課題をやっている人の計六人がいる。
そんな時、教室に新しく入ってきた人がいた。その人はまっすぐ矢幡に近づいて行って話しかける。
「なあ矢幡」
「どうしたの夜風?さっき怖い顔して教室を出て行ったばっかりじゃないか」
「いや、やっぱり君には話しておこうと思って。それでちょっと時間いいかな?」
「あーちょっと待ってもらえる?先生に呼ばれてて職員室にいかなくちゃいけないんだ。だからここで待ってて」
「それなら俺も行くよ」
「ほんと?助かるよ」
そのまま二人は教室を出て北棟一階にある職員室へと向かう。道中先に話し始めたのは矢幡だった。
「夜風はさ、将来とか不安にならない?この先どうなっちゃうんだろーって」
「なるよ。自分がいなくなったらどうしようってよく考える」
「なんだかすごい悩みを持ってるね。僕はさ今友達に隠し事をされていてこの前までずっと不安だったんだ」
「そうなのか」
「そいつはさ、普段は物静かでいいやつなんだけど、一度決めたことを必ずやり遂げるっていう自分なりの信念?みたいなのがあるんだ。その覚悟を決めた時の顔がわかりやすくて尊敬してるんだ」
「……おい矢幡。そっちは二階だぞ。職員室なら一階にあるだろう」
「そいつの名前なんて言うと思う?」
「さあな」
「……ちなみに、僕のことを夜風は『君』って言わないよ」
昇降口には少し人が残っている。がやがやしているはずだがその時だけは雑音にまみれた無音の世界のように感じた。
偽夜風は一歩踏み出し矢幡との距離を詰める。
「おまえを殺す」
「じゃあ僕は守ってもらおうかな?」
そういうと階段を駆け上がり図書室へと向かって走った。
「逃がすか!」
偽夜風も追いかける。その距離はぐんぐん縮まっていき、あと一歩のところまで来ていた。
だが同時に図書室の扉が開き、夜風が中から出て来る。
「夜風!!」
矢幡の声掛けに一瞬で状況を飲み込んだ夜風は矢幡と偽物の間に入り、姿勢を落とし地面に手をつき死角からの逆回し蹴りをした。
「うぐっ」
見事にヒットし、偽物を図書室へ入れることに成功した。
「夜風!僕は待ってるから!終わったら話してよ!!」
「ああ。約束だ」
覚悟を決めたその横顔は、とても凛々しくかっこよかった。
「先に答え合わせからするか?
脇腹を抑え怒った目でこちらを見ているのは俺自身のコピー。偽物だ。
「ああ!?」
「なんでうまくいかなかったか知りたいだろ」
「どうでもいい!お前らは俺が殺す。それは絶対だ!」
「人を傷つけることしか考えてないお前は興味ないか。最後に一つだけ、あの二人はどうしたんだ」
あたりを見回して気がかりなことがある。それは偽物の霊力がさっき会った時よりも多くなっていることだ。可能性として考えられることはただ一つ。
「俺が吸収したんだよ」
「……お前は元々の怪談通りだったら一人のはずだもんな。それが三人になるのはおかしいと思ったよ」
多分俺の偽物は新しい偽物を作ることができる力をもっている。対価として自分の霊力を引き渡すのが条件といったところか。
完全に姿形を保っていられるにしては霊力が少ないと思った。
「じゃあもう話す事は終わりだな。ファイナルラウンドだ」
「こいよ、お前はここで殺してやる。『
なるほど。確かに俺のは猿真似だな。無駄な霊力の消費を無くすと体全体を強化できるのか。
偽物はトップスピードで向かってくる。一度窓のほうをちらっと見る。これにカウンターを合わせたところで多分ダメージ自体はそう大きくないだろう。
ひとつずつ丁寧に攻撃を捌いていく。偽物は今、頭に血が上って熱くなっている。ゆえに攻撃は俺ベースの型だ。
右ストレートからのローキック。下がったところに後ろ回し蹴り。手を休めることなくガンガン攻めてくる。
全部は捌ききれない。少しずつだが確実にダメージを負っていく。
ボディブローをしようとした腕をつかみ反撃を試みるも空を切る。身のこなしが常人のそれとはかけ離れている。
また窓のほうを見る。俺のたった一つの勝ち筋。
「ほらどうした?お前も身体強化をつかえよ。それともこのままやられるか?」
「いっただろ俺には秘策がある。それを嘘だって思うなら思う存分むかってくるといい」
チっと舌打ちをしながら今度は横にステップを踏みながら攻めてくる。
右ローキックを足を上げてガードする。その片足になった一瞬を逃さず足をかけられ転倒した。
マウントポジションをとられるのはまずい!俺はすぐに起き上がったがそれに合わせる形で膝蹴りが飛んできた。
ガードしてもなお痛い。だが寝転がるわけにはいかない。
体を前に頭突きをしようとしたがこれも当たらず。万事休すかのようにみえた。
「これで確定したなオリジナルよ。お前無策だろ」
さっき転ばせたのは、俺が言っている秘策が本当にあるかどうかを試したのだろう。マウントポジションという圧倒的不利な状況に対して何もしなかったということは、俺が無策だと証拠づける最後のピースになったのだ。
だが俺の狙いはそこじゃない。偽物は口ではこう言っているが根本の夜風直人がそれを怪しんでいる。だからこそ!今度は絶対に刺さる。
「お前の負けだよコピー」
俺が先ほどから見ている窓。それに偽物が気付かないわけがない。
今度は俺から仕掛ける。まっすぐに向かっていき俺に注目を集める。
放った攻撃はすべて外れたがそれでいい!
「くらえ!」
手を窓に向けありったけの霊力を込める。偽物はこの行動が
その時大きな霊力を感じると共に窓のほうから物音がした。一瞬で状況を整理した偽物は、身体強化に霊力を回さなかった夜風よりも、夜風が見て霊力を込めた窓のほうが危険と判断し、後ろをちらりと確認した。
だが、ただ地面に本が落ちているだけだった。気づいた時には遅く、体の中心を夜風が貫いていた。
手を抜くと偽物はその場に座り込む形で話し始めた。
「この土壇場で残り少ない霊力を飛ばして何をするかと思ったら、本を落としただけかよ……頭おかしいんじゃねーの」
「ガードが硬い奴にはフェイントを織り交ぜて攻めるのが俺の戦い方だぜ。特に最後の攻防はな」
偽物は、はあっと息を吐き天井を仰ぎ見る。
「最後に教えといてやるよ、
「あ?」
「お前もほんとはわかってんだろ?このまま矢幡と一緒にいるのはあいつにとってもお前にとってもよくないって」
「
「ふは。お前は俺じゃないけど俺はお前なんだよ」
「何わけわかんないこと言ってやがる」
「お前の考えていたことや思っていたことを俺は知っている。そのうえで俺という新しい人格が芽生えてんだよ。だから俺にはお前がわかる。だがお前は俺がわからない。皮肉だよな。オリジナルよりコピーのほうが自分自身を知ってるなんて」
「……」
「だんまりかよ。まあいい。お前が一人の人を見て焦燥感にかられるのは、自分自身がそうならなくちゃいけないからだ。お前は一人で生きていくしかないんだよ。実際に今まで一人で生きてきた。だが矢幡のせいで一人が怖くなったんだろ?だから目をそらし続けて隠してきた。お前自身が目をそらすなら俺が言ってやる、お前は人と関わっていい人間じゃないんだよ!!」
「……」
「わかったんなら明日からの学校生活、存分に孤独に打ちひしがって苦しめ。俺はまた別の方法で生きることにしたからよ」
そう言い残すと偽物は完全に体を崩し消えた。
俺はだれかと関わっていい人間じゃない……か。確かにそうかもしれない。ただ、はじめて待ってくれる友達ができたんだ。一回くらい間違いだとしてもその道を進んでみるさ。
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