第15話 特訓

 結論から言おう。私の渾身の一撃は、レナンドルの手で容易く防がれた。


 彼は私がプリエンの屋敷や関連施設を吹き飛ばすために考案した爆風魔法を、まるで抱きしめるように真正面から受け止め、覆水の魔法事象を、瞬く間に分解・解消、その余波ですら防御魔法で凌いでしまったのだ。


 呆気ないものだった。


 例えるなら、不織布を一本一本の繊維に戻すような離れ業だ。理論上は可能だろうが、人間一人の手で成し遂げるのは不可能な、途方もない神業。それを、彼は瞬きすら許さぬ一瞬でやってのけたのだ。


 私は魔力欠乏で滞空することも出来なくなり、あえなく墜落する。そんな最中でも、力なく笑うことしかできなかった。分かっていたけれど、こうして魔法を使う当事者として向き合ってみれば、なるほど、次元が全く違うと言うことを思い知らされる。


 最早受け身を取るのも煩わしく思うほど清々しい圧倒だった。ああ、私の推しはこんなにも人智を超えていて、それなのに、その内面はどこまでも人間らしく、愛に溢れている。


 しかし、その愛ゆえに、直視に堪えない悪意の的となり、自らの前途を踏みにじられたのだ。それでもなお、彼は、愛する者たちのために、祈りだけを胸に自らの命を賭して希望を守ることを選んだ。


 そんなあなたが、生きて主人公たちと共に未来を掴むことが出来たなら、世界はどんなに輝いて見えるだろう。そのためなら、私は。


「シルヴィ」


 どうせ骨折くらい医務室に行けば一瞬で治るからと、重力に任せるまま四肢を投げ出していた私の身体をふわりと受け止めたレイナルド。ああ、私如きでは傷一つ付けられない貴方。


 私程度の人間では、貴方のことを変える事なんてできないと言われているみたいで、本当にいやになる。だから、私に対して、そんなに優しく微笑みかけないで。


「二度と、こんな骨の折れる試合は遠慮したく存じますわ、殿下」


「そう? 私はジェルヴェ以外に楽しませてもらったのは久々だったし、しかもその相手が君だなんて、これほど嬉しいことは無かったよ。君が隠している奥の手をもっと見てみたくなったな」


戦闘狂バトルジャンキーが……」


「んん~?」


「ホホ、何でもございませんわ」


 残念ながら、私が隠し持っている切り札なんて似たり寄ったり。全部、ノース貴族の屋敷をあの手この手でキャンプファイヤー会場にするために考案したゴキゲンな魔法だから。そんな私が持ち合わせるバリエーションなんてお粗末もいいところだ。


「ああ……! 知っていたつもりだったけれど、二人とも、本当に凄いのね! しっかり見てたわ、私、貴方たちに勝てるイメージが微塵も湧かない!」


 さて、私たちがにこやかに睨み合っていたところ、リューシェ様が、興奮気味でありながら、やや怖気づいてしまったような顔をして駆け寄ってきた。


 私はなおも横抱きから降ろしてくれないレナンドルの拘束を振りほどくため藻掻きながら、この子は何を言っているんだろう可愛いなあ全くと思うなどした。


 勝てるイメージがこれっぽっちも湧かないのはこちらの方である。


 その呆れはレナンドルも同じだったらしく、彼は苦笑いしながら私を見下ろし、片眉をクイッと上下させた。


 あの、気持ちは分かりますけど、とりあえず私のこと降ろしてくださいませんかね。リューシェ様に示しがつかないでしょうが。


「リュー、本当に私たちの試合を見ていたのかい」


「ええ! もちろんよ! 目まぐるしくって目がチカチカしたけれど、レニーだってカンタンに防御魔法を出していたじゃない! 私の何がそんなに変なのか分からないわ」


「いいかい、よくお聞き……君のように防御魔法が使えるなら、私だって最初からやっている」


「……? カッコ悪いからしないのじゃなく?」


「魔法戦闘にカッコ良いも悪いもないよ。どんな手を使っても、勝ったものこそが正義だ」


「そうなの……? でも、みんな、防御魔法を使った人のこと、あーあって顔でみるじゃない。だから私てっきり、基礎の魔法を戦闘で使うのは野暮なんだって思ってたのよ」


 なるほど戦闘の素人。面白いほど認識がすれ違っている。ア〇ジャッシュもお手上げの勘違いっぷりである。


「リュー様、魔法戦闘において、防御魔法は奥の手も奥の手。余程追い詰められた時にしか出さないものです。防御魔法を使った時点で、底が見えたも同然……つまり、勝敗がほぼ決してしまったような状態なのです。だから、興ざめといったような表情をなさる方もおいででいらっしゃったのでしょう。防御魔法は、あまりに魔力と脳のリソースを食いつぶします。人間離れした魔力保有量を誇るレナンドル殿下ですら、ご自分の周りすべてをシールドで覆うようなことをせず、攻撃が発せられた時点でそれを受け止めるように展開なさるほどですから」


「はぇ~! そうだったのね……でも、そっちの方が洗練されてるように見えたわ!」


 私はやはり我慢できずに無理やりレナンドルの腕から抜け出し、リューシェ様を抱きしめた。その直後、私の脳天にレナンドルのチョップがお見舞いされた。そこそこ遠慮を欠いた威力の直撃に、脳天の揺れるような衝撃があり、私は思わず頭を抑えながらしゃがみ込んだ。


「うぅっ、いたい……」


「レニー! 貴方私たちのかわいいアゲハちゃんに何てことするの!」


 レナンドルは憤慨するリューシェ様の額にもデコピンした。は? 例え推しとて許せぬ、目にもの見せてくれる……ッ! ああクソ、火炎放射どころかライターレベルの火すら出せないほど魔力がスッカラカンだ! この役立たず!


「あー、とにかく。世紀の大天才であるこの私ですら、君のように変幻自在かつ鉄壁の防御魔法を使うのなんて不可能なんだよ、リュー」


 他でもない、レナンドルの言葉を受けても、なおどこか自信なさげに、買いかぶりではないかしら、などと不安がるリューシェ様。


 私は飛び上がる勢いで立ち上がり、彼女の両手を掬い上げてギュウ、と握った。


「レナンドル殿下の仰る通りです、リュー様。予選トーナメントどころか、この学園に所属する生徒のほぼすべてが、貴女に触れる事もかなわぬまま、呆気なくひれ伏すこととなるでしょう……! 最早、敵はジェルヴェ殿下の他になく……それも、彼の弱点を知り尽くしたレナンドル殿下のサポートさえあれば、決して恐るべきものではないかと!」


 リューシェ様はゴクリ……と生唾を飲みつつ、気迫を瞳に宿らせ、コクリと頷いた。先程の戦いを見せた二人がここまで言うのだから、負けるわけにはいかない、と言った覚悟の顔だった。ここまで持ち上げられていい気にならないところこそ、リューシェ様の美徳だった。


「まあ、ある程度の場慣れはしていた方がいいな。私とシルヴィでかわるがわるお相手しつつ、本番に備えていこう。念には念を……その方が、リューも安心するだろうからね」


「よろしくお願いします、お師様がた!」


 凛とした、澄んだ美声がアリーナに響く。なんてこと、お師様なんて……! 感無量である。こちらこそ、推し様のためなら火の中水の中、命以外の全てを捧げてみせましょうとも!


 そんなことで、それから本番まで毎日私たちと特訓を積んだリューシェ様は、当然というべきか、私相手なら一日一本は取れるようになるほどの成長を見せた。


 万全を期して挑みたいという向上心旺盛なリューシェ様とともに、トーナメント表の対戦相手の調査と対策まで行って、最早向かうところ敗北無しと言ったところである。


 さて、そんな最中、私は目をそらしていた問題と直面することとなった。


 レナンドルとの交渉……私の休日を一日彼に捧げるという交換条件の休日と言うのが、トーナメントを明後日に控えた土曜日に指定されてしまったのだ。


「料金は前払い制だ」


「シルヴィ、一日くらい、ひとりでも特訓できるわ! 明日は丸々私の追い込みに付き合ってくれるのだから、今日は私のことなんて気にしないで、楽しんでいらしてね!」


 せめてトーナメントが終わるまでは特訓に専念すべきでは、という私の無駄な足搔きは、二人の麗しい笑顔にあえなく跳ねのけられ。


 私は途方に暮れることとなったのだった。

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推しを死なせたくないので、悪役令嬢になりきって婚約破棄を狙います! 槿 資紀 @shiki_mukuge

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