第14話 手合わせ
気を取り直し、アリーナの戦闘フィールドまで戻った私たちは、ひとまず、リューシェ様の防御魔法の精度と展開速度を確かめることにした。
小手調べに、レナンドルお得意の地属性魔法によって作り出した、握れば潰せるほど低硬度の土団子を射出してみる。リューシェ様はレナンドルが指輪の嵌った手を翳した時点で、自分の半径1メートルを囲うようなドーム型のシールドを、一瞬にして展開してみせた。
この時点で、尋常なる魔法使いなら取り乱して降参するほど並外れた精度だった。
レナンドルは興奮気味にグリーンアイを刮目し、そのまま立て続けに高硬度高威力の土球を射出していく。しかし、防御魔法は傷どころか揺らぎひとつしない。リューシェ様はポカン……と当たり前のような顔でただ立っているだけで、それが余計にその異様さを引き立たせていた。
防御魔法は展開するだけでものすごく頭を使うだけでなく、純粋に魔力を硬質化させるものなので、燃費が非常に悪い魔法だ。だからこそ、相手にこれを引き出させたら殆どチェックメイト同然と言ったように扱われている。
私もレナンドルも息を飲む。圧倒と高揚に武者震いがして仕方なかった。普通の人間が自分の血液の流れやめぐりを知覚したりコントロールしたりができないように、魔法使いにとっての魔力は、自分の身体に巡っているのは分かってはいても、その姿や手触りを認識するのが難しい構成要素だ。
そんな魔力を、彼女は、それこそ呼吸するかのように、完全掌握している。そうでなくては成し得ない偉業だった。
「なるほど分かった。リュー、予選トーナメントまでなら、君はその防御魔法を自分の周りに展開して、怯んだ相手を適当に失神させるだけで勝ち抜けるだろう」
「ねえ、ちょっとレニー、揶揄ってる? 私が戦闘の素人だからって……この学園の、しかもニンフィールド出身の人に対して、そんな簡単な手が通用するはずないわ!」
なるほど、戦闘の素人丸出しの発言だ。魔法戦闘のいろはを全くと言っていいほど知らないが故に、自身の卓越にどこまでも無自覚で、だからこそ出てくる言葉だった。
「……リュー、まさかとは思うが、魔法戦闘の試合を見たことがないのか?」
「あー……その、こあくて……ちらっと映像資料を見たことはあるけど、何が起こってるのか全然分からなかったし、目で追うのすらやっとで。それに、人と魔法がぶつかりそうになると反射的に目つぶっちゃうのよね……」
私は愛おしさが限界突破するあまり理性を失って彼女をヒシ……! と抱きしめてしまった。どうか貴女はそのままでいて。殺伐としたノースには決して存在し得ない純真無垢の権化だ。天然記念生物だ。国をあげて保護しなきゃ嘘。まあどんな国の保護よりも彼女の防御魔法の方が鉄壁だろうが。なるほど世の中うまく出来てら。
そして聞こえてくるクソデカため息。オイレナンドル、生まれついての
「シルヴィ、リューをそれ以上甘やかすな。私たちで現実というものを説いてみせねばなるまい」
「……私に貴方様の相手をしろと仰いますか。なるほど、死刑宣告なら場所を選んでくださいませ」
「例えここがノースでも君に死刑宣告などしない! 戯れはいいから、さあ。心配せずとも、私は攻撃に出ない。私が使うのは回避のための手と防御魔法だけだ」
それでも勝ち目なんて無いような気がするが……だってこの推しってば本当にチート存在で、作中最強格だったシルヴェスタですら、ナーフ後のレナンドルでないと互角に戦えないほどだったのだ。まさに別格。
ナーフ食らってない全盛期の今だと、それこそ土俵に上がれるのはジェルヴェとリューシェ様くらいのものだろう。アレェ……? なんでこの夫妻死んだの……? 分かってても分からん。言語野がバグるくらい意味不明。
「リュー様、レナンドル殿下が私との一戦を御所望でいらっしゃるので、潔く散ってまいりますわ。せめて一矢報いて御覧に入れますので、安全な場所から見届けていてくださいまし」
「そんな、シルヴィ……ええ、分かった。あなたの勇姿、確とこの目に焼き付けるわ……!」
私たちは見つめ合い、頷きあった。そして、リューシェ様に背中を押されつつ向き直ったレナンドルはものすごく白けたような呆れ顔をしていた。
「なあ、君たちは、隙あらばイチャイチャしなければ気が済まないのか? それも、一方の婚約者が見ている前で。私を無闇に妬かせても良いことは無いぞ。なあ、シルヴィ、今週末は覚悟しておくように」
「何を仰いますか。貴方様ともあろうお方が、そんな狭量な殿方であるはずがございません」
「随分と見くびられたものだな」
ニヤリ、不敵に微笑むレナンドル。ああ、そのブロマイド百万枚欲しい。プリエン本家の敷地を質に入れるのもやむなしの顔の良さ。360度全方向から撮影して歴史にその美しさの一片でも刻み付けていく活動とかに一生を捧げたい。まあ写真などと言う陳腐な文明におさまるほどレナンドルの魅力はやさしいものじゃないけどな!! スケールで言えば宇宙とか星とかのレベルだから。この推しに地球なんてフィールドは狭すぎるまである。私の推しを重力の軛から解放しろ。ついでに原作と言う呪縛からも。
おっと電波が乱れた。失敬失敬。チャンネルはそのままでお願いします。
レナンドルが防御魔法しか使わないと言うことなら、自ずと先手を打つのは私と言うことになる。
フウ、と息を吐き、瞼を閉じて精神統一。出来る限り心を平坦にして、相手に魔力の励起を悟らせないよう、細心の注意を払う。レナンドル相手には無駄な努力だろうが。
私が刮目するが早いか、私の技量で一度に発動し得る最大数の風刃を四方八方から発生させる。初めから全力全開で挑まねば万に一つの勝ち目もない。
間髪入れず、私は空中へ舞い上がり、風の後押しを受けてレナンドルの方へ突撃した。すると、無駄のそぎ落とされた防御魔法で風刃をさばききってみせたレナンドルの余裕の表情が目に飛び込んでくる。私は風の次に得意な火炎魔法で火球を作り、私の息吹を吹き込んでそのスカした面めがけて火炎放射した。同時に彼の周りに竜巻を巻き起こし、火柱で彼の全身を包み込んでやる。
「流石に今のを防御魔法で捌けというのは無理難題だな」
しかし、私の猛攻を嘲笑うかのように、すぐ背後からそんな彼の声が聞こえてきた。地属性魔法の熟練者の力は重力にまで及ぶ。私は振り返りもせず扇子を開き、そのまま煽って起こした風を推進力とし、飛びのいて退避した。
当たればラッキーくらいで撃った風火弾も、やはり彼の防御魔法によって防がれる。ああ、勝てる気がしない。でも、せめてもう少しくらい、推したちに良いところ見せたい。
私はフウゥ……と魔力を込めながら長く息を吐き、それによって発生した自然風を、無属性魔法によって圧縮した。次第、狭い魔空間に押し込まれるばかりで解放されることのない風力が、行き場を求めてグルグルと輪転しはじめる。
こめかみから冷や汗が伝う。事象操作による負荷が、指輪を嵌めた右手をギリギリと軋ませ、少し気を抜けば肉も骨も散り散りに粉砕されてしまいそうだった。
ここが限界、という寸前のところで、私は暴風球をレナンドルめがけて翳した。同時にそこへ小さな炎をくべ、残った魔力のほとんどすべてをかけて射出した。
直撃の寸前、私が目の当たりにしたのは、残忍さすら感じるほどの満面の笑みで両手を広げたレナンドルの姿だった。
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