第13話 才能
ヨヨヨ、と、お手本のように泣き崩れ、項垂れるリューシェ様。私もその目の前で、同じように四つん這いになり、挫折感を味わっていた。
レナンドルはそんな私たちの傍らで難しい顔をして腕組みし、仁王立ちで嘆息している。
「ウッ、ウッ、ごめんなさい、二人とも……」
「リュー様、そのようにおっしゃらないでください……せめて断言いたしますが、これは貴女の美徳にちがいないのですから……」
私はどこまでも本心からそう述べたが、リューシェ様は苦しい慰めのように受け取ってしまったらしく、痛恨と言った顔をして首を振った。あわわ、泣かないでリューシェ様……。
さて、我々とレナンドルとの交渉が不可解ながらも成立し、さっそく翌日から始まった特訓であるが。
この通り、はじめもはじめから、大きな壁にブチあたることとなってしまった次第である。
シンプルな話、リューシェ様には、攻撃魔法の適性がてんでなかった。潔いほどの皆無である。彼女ときたら、私相手どころか、人型の的にすら魔法を向けることが出来ないのだ。
つくづく、彼女にとって、ジェルヴェは特別なのだと痛感した。特別の方向性がまるきり明後日の方向なのが非常にリューシェ様らしい。ジェルヴェには頑張ってほしいところである。
とにかく、人を傷つけることに対し本能的なまでの忌避感を覚えるようなリューシェ様のやさしさは、もろ手を上げて全肯定すべき尊い美徳であるが、主席の座を手に入れる上では、厄介な特性であることこの上なかった。
これはさしもの大天才レナンドルも否めない事実であり……早くも計画が暗礁に乗り上げたような気分で難儀しているところでなのであった。
「ステ振りが極端すぎるピーキー仕様……いいや考えろ、無い頭を捻り上げるんだ、私……! そういう尖った性能は環境によっては向かうところ敵なしとまでに猛威を振るうもの……今からでもルール変更をトーナメント運営に働きかけるべきか? リューシェ様を栄冠に導くためだ、手段など選んではいられない、かくなるうえはジェルヴェ殿下までの対戦相手を闇討ちして不戦勝で勝ち上がりを……」
「待て待て待て! 早まるな、頼むから冷静になれ! いいかシルヴィちゃん、よく聞くんだ。その考えはノースでは通用しても、それ以外では満場一致で危険思想と断じられるものなんだ。学園のたくさんの大人の人にいっぱい怒られる。分かるかい。君だけじゃない、我々のかけがえのない大切であるリューまで巻き込んで頭カチ割れるまで怒られるんだぞ」
「いっぱいおこられがはっせい……リューさままで……それはしんでもだめ……」
「ウン、ウン、その通りだよ、いい子だね……流石は私たちのシルヴィだ。いい子にはこのバナナオレを進呈しよう、あっちのベンチで飲んでおいで」
「ありがとごさまし……」
私は打ちひしがれながら両手でバナナオレを握りしめ、言われた通りにヨボヨボとベンチまで向かった。無い頭を振り絞ったので糖分のお恵みは願ってもないものだった。
「あああ、私が不甲斐ないせいでシルヴィが不正に手を染めようと……なんてことなの、どうしましょうレニー、わたし、わたし……っ」
ワッ……と両手で顔を覆ってさめざめ泣き始めたリューシェ様に、レナンドルは頭を抱えながら仰け反る。天下無敵の女傑な親友までここまで弱気になられては、最早手の尽くしようがないといったところだった。
レナンドルは結局リューシェ様にいちごオレを握らせて私の座るベンチまでトボトボとやってきた。いちごオレをちみちみ味わってスンスンするリューシェ様がお労しくて、なんと言うか……フフ、たまらない気持ちになりますね。はいすみません私が犯人です。
唐突に目の前に私の両腕をそろえて差し出されたレナンドルは、訳も分からず困った顔で笑って頬をポリポリと掻き、首を傾げた。美人の困り顔って大変に乙なものだよね。清少納言だか鴨長明だか、何かえらい人も源氏物語とかでそう言ってた気がする。アレェ? 平家物語だったっけ? 急に源平合戦始まっちゃったな。
前世のガバ知識はひとまず置いておこう。これ以上レナンドルを困惑させたら手っ取り早く解決しようと隕石でも降らせてきそうな気がする。レナンドルならやりかねない。私の推しは天文学的なまでの天才なのだ。天災ともいう。
そのせいで原作ではガチ曇らせの後のトンデモナーフがかかってしまって大惨事だったんだよね。最強美人の人生を踏みにじって楽しいか制作陣よ、許さんからな。
閑話休題。
ヴヴン……としかつめらしい咳払いで収拾のつかない空気感にとりあえず終止符を打ち、レナンドルは私たちの座るベンチの前にしゃがんでリューシェ様の顔を覗き込む。
私は宗教画かな……? などと思いながら固唾をのんで見守った。
「リュー、ひとつ聞きたい。君がジェルヴェを吹き飛ばす時は、いったいどんな魔法を使っているんだ? あらかた予想はついているが、あらためて確認だ」
「ジェルヴェを吹き飛ばす時……? ええ、と。防御魔法を展開して、押し返すような要領で、かしら。私も咄嗟にやっているから、理論化しているわけではないけれど……他は似たり寄ったりでも、防御魔法だけは呼吸するくらい得意みたいなの、私」
「ああ、やはりか」
恐れおののいたような顔をして、レナンドルは低く呟く。彼がこんな反応をするには理由があった。
通常、魔法使いの得意魔法と言うのは、五大属性……火、水、地、風、空(無)のいずれかだ。私なら風、レナンドルは強いて言えば地、と言ったように。
防御魔法は、このうちの空属性……俗に、無属性と呼ばれる分類の魔法だ。
そして、この無属性の魔法を得意とする魔法使いと言うのは、極めて希少とされている。
そも、他の四属性は、魔法使いにとって知覚しやすく、身近にあるものなので、それを操るイメージがしやすい。しかし、空……所謂、エーテルだとか、魔力そのものだとか、物理法則だとか、魂だとか……の概念は、人間の五感では知覚しづらく、存在を実感しながら生活するなど不可能に近い。
そのため、魔力というものを扱う上で初心者が習得しやすい属性であるにも関わらず、これを極める事の出来る魔法使いと言うのは、非常に珍しいのだ。
魔法においても、攻めるは易く守るは難しの法則は適用されるらしいのである。
相手に防御魔法を展開させたらジリ貧のサインとまで言われるほど、防御魔法は戦闘における隙を作りだしやすい、頭を使う魔法だ。
故に……息をするように防御魔法を展開できると言うのは、魔法使いのパワーバランスを覆しかねない、まさしく異能というべき無二の才能なのである。
私は、ようやくここで得心がいった。ああ、そうか、だから、リューシェ様は、主人公の母親なのだ、と。つくづく私の人格はポンコツ極まれりだ。こんな簡単で肝心なことに気付かないなんて。
「レナンドル殿下……」
「ああ、そうだな、シルヴィ」
「えっ、何、何なの、二人とも……!」
深刻な顔をして見つめ合う婚約者どもに、置いてぼりを食らったリューシェ様がワタワタと戸惑う。落ち着きのないリューシェ様も最高にキュートだ。
私たちは揃って頷きあい、グインッと同時にリューシェ様の方へ顔を向け、それぞれ両側から彼女の肩を掴み、ぎゅう、と手を握った。そして、叫んだ。
「リュー」
「リュー様」
「「この戦い、我々の勝利」」
「だ」
「です……!」
一般の魔法戦闘の型に彼女をはめ込もうとしたのが間違いだったのだ。彼女の特性を生かせば、十把一絡げの魔法使いなど、赤子も同然。やはり、リューシェ様が最強なのだ。
「はへ……?」
今は旧き魔法使いの理想郷で育まれた筋金入りの魔法戦闘熟練者であるノース出身成績優秀者二人にそう断言されたリューシェ様は、キョトン……! と目を見開いては、困惑の吐息を漏らした。
私は夢見心地に、宝石みたいで美味しそうなおめめだなあ、などと猟奇的なことを考えてしまったので、やはりレナンドルに両腕をそろえて差し出したのだった。
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