『終焉』
「君にも視えるだろう、星の煌めきが」
そう云って、隣に座っている長身痩躯の男は
「あっちぃ、どうせ今から熱くなるんだから、冷コーにしておけば良かった」
冷コーなんてもう僕らの世代に伝わるかどうか怪しいですよ、とアルカが口に出すことはなかった。
研究所の硬いベンチは日夜続いた観測の疲れを癒すには聊か不十分なものであったが、研究所の喧騒から少し離れていて宙がよく見える、二人のお気に入りスポットだった。
地表に大気がほとんどないこの星——惑星Hは常夜のようで、一番近くに見える恒星ニコラウスの他にも、あまたの星々が明々と、その命を灯していた。
「ん、視えないのか? 君の
何か言おうとして黙っているアルカの様子を見てペータは云う。
「視えますよ。ええ、視えます。少なくとも先輩よりは鮮明に、ね」
悪戯っぽい表情でペータの横顔をちらと見やる。その顔に年増扱いされたことや後輩におちょくられたことへの不満や怒りは無く、先程までと同じように時折マグに口を付けては宙に光る星をぼうっと眺めている。
「星導の民、か」
アルカはぽつりと呟く。
それは、彼ら惑星Hに住む者たちに付けられた名だった。先祖代々伝え継がれてきた教えに従い、彼らは自身の動力源である恒星ニコラウスと共にこの日まで生きてきた。しかし、その恒星は今日、滅びの時を迎える。それが彼らの研究と観測が導き出した結論だった。
「星が堕ちる時、僕たちは何処へ導かれるのでしょうね」
「さあ、我々に解ることは無い問い、つまり知る必要の無い問いさ」
ペータは穏やかに、けれども確かにそう断じた。
「導くも何も、こうして刻一刻と迫る破滅の時をただ見守ることしか出来ないのではな」
ため息をつくペータにアルカは言葉を返すことが出来ず、彼と同じように、ただ星を眺めた。
「そういえば」
ペータはふとアルカの方を向いた。定められた休憩時間はとうに過ぎていたが、二人とも戻る気にはなれなかった。
「我々はどうして、今日この星のおわりに至るまで、明けても暮れても観測に没頭したのだろうな」
「どうしちゃったんですか先輩。それは『星戒書』で決められてる事じゃないですか。『ひとは、星を神秘として、その様相を
「んなことは俺だって分かってんだよ。だけど、だからこそどうしてそんなことを決めたのかが気になってな」
考えてみたことはないか、とペータは続ける。
「戒ってのは主として罪人、もしくはそれを起こしかねない者に科すものだ。『星戒書』の内容を鑑みても、おそらく我々の先祖は星を、宇宙を害する何か大きな罪を犯したのだろう」
アルカは黙っている。
「しかし、仮に先祖が、我々が知り得る智慧でもって何らかの過ちを犯したとしても、今後罪を犯さぬためならば『宇宙にみだりに干渉するな』と、戒に記されるのはこれだけの文言で良いはずなのだ。いったい何故、我々に研究と観測を要求する? それはまるで、我々に何かを発見させなおそうとするようで、それは——」
——太古、彼らが辿った知られざる、けれども悲愴であっただろう
「そこまでですよ先輩。それ以上は駄目です」
アルカは人差し指をペータの口にそっと置いた。
「僕だから良いですけどね、もしあの傲慢で堅物な所長が聞いていたら」
今度はさっきよりももうちょっとだけ悪い、悪戯っぽい表情を浮かべながらあなおそろし、とわざとらしく自らの肩を抱く。
まったくここぞとばかりにおちょくりよって、とペータは云いながらも、ちゃっかりと「まあ、俺も奴の事はいけ好かんがな」と付け加える。
「けれど、そんなことは杞憂だよ。あのガミガミ所長とも今日でおさらばだ。……ああ、今から『杞憂』が本当に起こるんだったな。何せ天が……『星』が堕ちてくるのだから」
さあ、来るぞ——。
漠として宙を視ていた彼の眼がきゅっと絞られる。燦然と輝いていたそれは、ひときわ激しく瞬いた。まさに爆発だった。
これが、ほしのおわり。
導き手を失った、我々のおわり。
なぜ、先祖はあのような教えを遺したのだろう。
なぜ、多くを語ってはくれなかったのだろう。
運命とは、なんと身勝手で酷なのだろう。
意識を失う前、ペータが最期に考えたのはそんなことだった。
ほしのいのち 小野進 @susumu-ono
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