第62話 期待を膨らませて
馬車から下りると、玄関前に男性が一人待機していた。
ギデオン様とは異なる暗めの白髪に、髭を生やした口元、丸い片眼鏡。ピシりと背広を着こなしていた。
(執事だ……あれは間違いなく執事だ! なんなら執事長だ‼)
レリオーズ侯爵家にいる執事長よりも貫禄のある見た目に、視線を奪われていると、男性は深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました。レリオーズ侯爵令嬢様」
「今日はよろしくお願いします……!」
反射的に頭を下げてから、令嬢らしくカーテシーをすればよかったと後悔する。執事長が微動だにしなかったので、なんとなく察して自分が先に頭を上げた。
「アンジェリカ嬢。こちらアーヴィング公爵家執事長のセバスチャンです」
(なんかそんな気がしたぞ……!)
もう一度軽く頭を下げながら「よろしくお願いします」とお互いに挨拶をした。
「長時間馬車に乗っていてお疲れかと思います。少し休憩してから、騎士団の訓練場の方へ行きましょう」
「わかりました……!」
何度聞いても騎士団という言葉に反応してしまう。上機嫌になっているのが自分でもわかった。ギデオン様のエスコートを受けて屋敷へ入ると、そのまま一室に案内された。屋敷内は外見を見た通り、華やかで落ち着きのある雰囲気を感じた。
ふかふかの椅子に座りながら、セバスチャンさんの淹れてくれる紅茶を飲んで一休憩した。
(うまっ! 姉様が紅茶は淹れる人によって味が変わるっていつか言ってたけど、本当だったのか……‼)
もちろん我が家の三侍女が淹れる紅茶だっておいしい。ただ、セバスチャンさんのいれる紅茶はまた違う味というか、また飲みたくなるような味だった。ちらりとセバスチャンさんの方を見れば、一つ一つの所作が洗練されていて品を感じさせた。
(まさかクリスタ姉様のような上品さを出せる人がいるなんて……すげぇ。尊敬する)
興味深い出会いがあったことで、改めて公爵家すげぇと思うのだった。
紅茶はほっとするような柔らかな味で、言葉通りゆったりと休憩することができた。
紅茶を飲み終えて少し経つと、早速訓練場に向かうことになった。
「今日は領民に向けて公開訓練をしているので、少し賑やかだと思います」
「公開訓練ですか?」
「はい。元々騎士団の志望者を増やすために始めた取り組みなんですが、今では子ども達や騎士の身内が見学しに来ています。時々他家の貴族も見に来るんですが、今日は連絡を受けていないので訪問がないかと」
「なるほど。素敵な試みですね」
(あれだよな……公開訓練でかっこいい騎士の姿を見た子どもが、騎士に憧れて目指すようになるんだなきっと。いいねぇ。夢を叶えるために頑張る子ども達)
二度目の人生だからか、なんだかしみじみと感じてしまった。
「賑やかなことが苦手だったら申し訳ないです。ただ、公開訓練の日の方が、見学側が楽しめるものなので……」
「普段と異なるんですか?」
「はい。普段はもっと自主練に特化した内容で、素振りだったり走り込みだったりと黙々と鍛錬していることが多いんです。ただ、それだけだと見ている方が退屈してしまうだろうと思って、公開訓練の日は模擬戦などの実践に特化した訓練にしているんです」
(模擬戦⁉ めちゃくちゃ見たい……‼ あぁでも、普段の鍛錬も気になるな……)
ギデオン様の丁寧な説明を受けながら、喜びながら葛藤をしていた。
「模擬戦は凄く面白そうですね……」
「アーヴィング騎士団の騎士は実力が高い者が多いので、見ごたえがあると思います」
誇らしげに言うギデオン様の姿を、なぜか少し可愛いと思ってしまった。
アーヴィング騎士団の強さは、どの文献でも評価は高かった。〝オブタリア王国最強の騎士団〟と説明しているものもあったので、ギデオン様の言う通り、実力者の集まりなのだろう。
(だからこそ期待してたとこもあるんだよなぁ……!)
強い者の鍛錬であれば、自分が参考にできる部分があると思ったのだ。しかし、今日は模擬戦というわけだが、そこから学べることもあるだろう。
期待に胸を膨らませていると、なにやら賑やかな声が聞こえてきた。すると、それに反応するかのようにギデオン様が足を止めた。
「着きました。こちらが訓練場です」
「す……広い」
思わずすげえと口に出しそうなのをどうにか消して、誤魔化しながら感想を呟いた。
屋敷から少し離れた場所に、レリオーズ侯爵家の裏庭よりもかなり広い訓練場が広がっていた。 既に公開訓練が始まっているようで、子ども達が楽しそうに見学をしている様子も見えた。
中でも目を引くのは、やはり騎士だった。
剣を交えながら鍛錬を積む者達、一人で黙々と鍛錬をする者、子ども達の相手をする者など、ギデオン様の言う通り賑やかな光景が広がっていた。
夢中で訓練場を見ていると、こちらに急いで駆け寄って来る足音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます