第61話 鼓動の法則がわからない


 どうやら馬が少し大きな石を踏みそうになったようで、一時停止したようだった。


 私達に怪我はなく、馬や御者にも問題がないとわかると、再びアーヴィング領に向かって出発した。


 話題は今日の流れについて変化した。


「まずは屋敷で一休みした後、騎士団をご案内します。その後領地の視察へ行こうかと」


「騎士団ですか……‼」


 初っぱなから見たかったものが見れることに、期待が膨らむ。嬉しいはずなのに、わずかに違和感を感じた。


(……あれ?)


 先程までうるさくしていた鼓動は落ち着いており、通常運転に戻っていた。


(あの騎士が見れるんだぞ……? どうしちまったんだ私)


 個人的に、今日最もわくわくしていた出来事と言っても過言ではないのに、心が動かないことが少し不思議だった。


(……まぁ、さっきわくわくし過ぎたってことだな!)


 そこまで大きな疑問ではなかったので、適当な答えで片付けると、改めて背筋を伸ばした。


「アンジェリカ嬢。もしかして訓練を見るのは初めてですか?」


「初めてです! レリオーズ家には護衛騎士はいても騎士団はないので」


 やはり前世で喧嘩しまくっていて血の気の多かった人間としては、騎士という職業に興味を持たずにはいられない。


(昔はよく護衛騎士に鍛え方を聞いたんだよな)


 しかし、残念なことに私の細い腕は鍛えても筋肉がなかなかつかなかった。力のない腕では、剣を持つことができなかったのだ。スタートラインにすら立てなかったので、興味があっても剣術を学ぶことはできずにいた。


(人によって鍛え方は違うって言うだろ。……てなると、やっぱり参考にすべきは最強の人物。絶対それは騎士団長なんだがーー)


 訓練を見たいと思っていた理由の一つに、自分の鍛え方改善も含まれていた。訓練の様子を想像しようとすれば、あることに気が付いてしまった。


「あっ」


「どうされました、アンジェリカ嬢」


「……ギデオン様は今日、訓練されませんよね?」


「そうですね。今日はアンジェリカ嬢の案内人を務めますので」


「そう、ですか」


 なんということだ。一番見たかった人の訓練及び鍛え方が見れないだなんて。


「ア、アンジェリカ嬢? 何かお気にさわることをしてしまいましたか?」


「いえ! ただ……ギデオン様の訓練も見たかったなと思っていただけですので、お気になさらないでください」


 不安げな声で尋ねたギデオン様に、慌てて首を横に振った。そして本心をこぼすと、意外な答えだったのか彼は目をパチリとさせていた。


「……あの。もしよろしければ、また別の日にいらっしゃいませんか? 私が訓練の指揮を取る日もあるので」


「よろしいんですか……⁉」


「もちろんです」


「ありがとうございます……!」


 快諾されると、私は嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべた。


(指揮を取るギデオン様か……それはカッコ良さそうだな)


 楽しみが増えたからか、私の鼓動が再び動き始めた。


 話に一段落つくと、アーヴィング邸らしきものが見えてきた。


「もしかして、今前方に見えるのが公爵邸ですか?」


「はい、アーヴィング家の本邸になります」


 近付くにつれ、屋敷の大きさが明らかになっていく。


(さすが公爵邸だな。うちより広い)


 門をくぐってから屋敷に到着するまでの時間は、レリオーズ邸よりも長い気がした。窓から外の景色を見れば、落ち着いた雰囲気の庭が見えてきた。


 うちとは少し異なる雰囲気の庭園に加えて、貴族の屋敷では見慣れないものまで見えてきた。


(うん……? 敷地内に畑?)


 花とは違う、恐らく野菜が植えられた場所がチラリと見えた。


(もしかして家庭菜園でもしてんのか……?)


 疑問が払拭するよりも先に、大きな噴水に意識を奪われる方が先だった。


(すげぇ! 王城にあるやつと同じくらいでかい噴水だ……!)


 まだ屋敷の中に入っていないというのに、アーヴィング公爵邸の凄さをひしひしと感じ始めた。


 まるで前世でいうテーマパークに来た感覚に近いものを感じていると、馬車が停止した。反対の窓を見れば、いつの間にか大きなお屋敷の玄関前に到着していた。


(……公爵邸、すげぇ)

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