第60話 なんだか鼓動がうるさい
急いで、それでも走らずに玄関に向かい扉を開けると、既にギデオン様は馬車から降りて待機していた。
今日は銀髪によく合う紺を基調とした礼装をまとっており、いつも以上に落ち着いた雰囲気を感じさせた。半分だけでも前髪をかきあげているからか、圧を感じることはなかった。
(……今日は一段とかっこよく見える)
思わず見とれて声をかけるのを忘れてしまう。ギデオン様と目が合うと、彼は思い切り破顔した。
「アンジェリカ嬢……!」
(うっ……!)
心底嬉しそうな眩しい笑顔を不意打ちで向けられたからか、私の鼓動は大きな衝撃を受けてしまった。
「……お久しぶりです、ギデオン様。お迎えに来ていただきありがとうございます」
「いえ。私の方こそアーヴィング領を案内する機会をいただきありがとうございます。……では早速、参りましょうか」
平静を装いながら挨拶を交わすと、馬車に乗り込んだ。いつもと変わらないエスコートだというのに、なぜか鼓動が速くなっていた。
(やっぱりお宅訪問だからな……そりゃわくわくするよな)
前世でも、仲間の家に行く時と言えば楽しみでしかなかった。遊びに行く感覚が強く、初めて訪問する時はそこにわずかな緊張もあった。
(まさにあん時と同じだな)
家と領地では規模こそ違うものの、言ってしまえばギデオン様の家に違いはない。アーヴィング邸に行くのも初めてなのだが、一体どのような場所なのだろうと想像してみる。
(アーヴィング家は公爵家だからな……きっとレリオーズ邸よりも凄いんだろうな)
そんなことを考えていると、鼓動が収まるのと同時に馬車が動き出した。
「先程は言いそびれてしまったのですか、本日もとてもお綺麗ですね。特に赤いドレスがアンジェリカ嬢にぴったりで」
「ありがとうございます。ギデオン様も、やはり髪をあげられた方がより魅力的で、今日のお姿は凄く素敵です」
「ありがとうございます」
まずは見た目を褒めること、この教えを忠実に守りながら、今回も装いに関する話から始まった。今日は特に気合いを入れた一張羅だったからこそ、ギデオン様の言葉は嬉しかった。だからなのか、鼓動の動きが再び鳴り始めた。
(す、すげぇうるせぇ。どうしたんだ今日は……この音、まさかギデオン様に聞こえてないよな?)
褒め言葉に喜ぶことを知られるのは別に問題ない。ただ、友人の家に行くのにそわそわしている子どものような奴だとは思われたくなかった。
「ア、アーヴィング領はどのような所でしょうか?」
「そうですね……」
鼓動の音をごまかすように話題を振れば、ギデオン様は少し考え込む素振りを見せた。
「王都ほどではありませんが、賑やかな場所だと思います」
「賑やかな」
「はい。元々何代か前のアーヴィング家当主が、領地を活気溢れる場所にしたいという経営をされたのを引き継いでる形になるので。私も領民が過ごしやすくするには、経営方針を変える必要はないと思いまして」
「領民思いなんですね」
「そんな……当然のことですよ」
ギデオン様の優しい性格が存分に現れているからこその経営方針だと思った。クリスタ姉様による領地経営の勉強をしたので、少しは知識を持っていた。だからこそ、ギデオン様が素晴らしい人なのだと思う。
オブタリア王国内でもそこまで配慮した心優しき当主は少なく、私利私欲に目が眩むものが多いと教わった。
(アーヴィング領は、国内でも一二を争うほど治安がよく人気な領地。……領地と当主の人柄は関係あるって本に書いてあったけど、確かにギデオン様なら納得だな)
とはいえまだ知識しかないので、ますますアーヴィング領をこの目で見ることができるのが楽しみになっていた。
(……少し話を聞いただけでも、ギデオン様が領地経営に力を入れてるんだってわかるな)
そんな素敵な場所に案内してもらうのだと思うと、また緊張が走った。思わず背筋を伸ばせば、馬車がいきなり止まって大きく揺れた。
「‼」
「アンジェリカ嬢……!」
体が前方に放り出されそうになったかと思えば、ギデオン様がとっさに支えてくれた。その瞬間、あり得ないほど鼓動が速まり、思考が停止する。
「大丈夫ですか、お怪我はーー」
「だ、大丈夫です」
反射的に体勢を整えて、ギデオン様から離れた。笑顔を浮かべながら問題ないと伝えるものの、鼓動はうるさいままだった。
(わ、私、そわそわしすぎじゃないか……⁉)
収まる様子を見せない鼓動に、一人でそう突っ込むのだった。
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