第28話 二人の遠乗り 後
料理長が用意してくれたのはベーグルサンドだった。種類が豊富で、トマトやレタスの乗った野菜中心のものがあれば、ブルーベリーやはちみつなどの甘いものまで作られていた。
(さすが料理長だな)
一つのランチボックスにまとめられていたので、取り出して二人の間に置く。
「ベーグルサンドですね。とても美味しそうです」
「料理長の腕前は、毎日食べている私が保証します」
「楽しみです」
私はベーグルサンドの種類を簡潔に説明した。
「甘いものまであるんですね」
「はい。もしよろしければデザート代わりに」
「ありがとうございます。……それにしても良かったです、被らなかったので」
今度はギデオン様がバックの中から昼食を取り出した。個包装されているようで、形は長方形だった。
(サンドイッチかな? ……それにしては少し小さい気がする)
見た目だけで何か当てようとしていれば、ギデオン様が一つ取って包装を開けて見せた。
「ミートパイになります」
「ミートパイ……!」
「お好きですか?」
「大好きです」
(基本肉料理は何でも好きだな)
実は自分の昼食を見た時、ベーグルサンドに肉が挟まっているものがなくベジタブルなラインナップだったので、ほんの少しだけ残念に思っていた。料理長が作るものは何でも美味しいとわかっているが、肉が食べたいというのも本心だった。
「我が家の料理長の腕前も素晴らしいものですので、よろしかったら」
「ありがたくいただきます」
感動しながら、ギデオン様からミートパイをもらう。
「ギデオン様は何から食べますか?」
「それでは、トマトの入ったものをいただいても?」
「もちろんです」
私達はそれぞれが持ってきたものを交換する形で手に取った。早速ミートパイを口にすると、あまりの美味しさに驚いてしまう。
「!!」
(何だこれ、美味しすぎる。思わず、美味いって言うところだった……危ない)
手にしたミートパイを凝視しながら、口の中で味わう。味付けが好みな上に、具材は肉を邪魔しない程度の大きさでちょうどよい食感だった。
「ギデオン様、このミートパイ美味しすぎます」
「お口に合ってよかったです。こちらのベーグルサンドも、非常に美味しいです」
「よかった。どんどん食べてください」
「アンジェリカ嬢も」
お互いに遠慮せずに食べる空気ができた結果、私はベーグルサンドよりもミートパイの方を多く食べていた。
(ギデオン様はベーグルサンドをよく食べているな……今食べてるのはブルーベリーのやつか)
チラリとギデオン様の方を見上げてみれば、他のベーグルサンドに比べて一段と美味しそうに食べていた。
(そんなにブルーベリーが美味しいのか?)
レリオーズ家の料理長が作るものなので、美味しく食べてもらっていることは嬉しい。ただ、その姿がどこか見覚えのあるものだったのだ。
(前にも見た気が……ってことは観劇の日だよな。何だったっけ)
観劇後のレストランでの料理を振り返る。確かにあった気がするのだ、ギデオン様がブルーベリーベーグルサンドを食べる時のように、美味しそうに食べているものが。
(……あ! 思い出したぞ、チョコレートケーキだ!)
答えが出たからか、鮮明に当時の姿が思い出される。あの時はデザートまで美味しいからそんな顔にもなるよなと思っていたが、今考えると繋がることがある。
(もしかして……甘いもの好きなのか?)
もしそうだとしたら、是非とも答えを知りたい。今度は自分から誘おうと思っていたので、答え次第では行き先を絞れるかもしれないのだ。
「ギデオン様。ギデオン様は、甘いものがお好きですか?」
「え」
「美味しそうに食べてらっしゃったので、そうなのかなと」
「あ…………実は、はい」
直球に尋ねれば、ギデオン様はどこか恥ずかしそうに頷いた。一体どうしたのだろうと思いながらも、私は自分がしたかった話に持っていく。
「そうなんですね。もしよろしければ今度、甘いものを食べにどこか出かけませんか?」
「えっ……⁉」
突然の誘いだったからか、ギデオン様は驚いてベーグルサンドを片手に固まってしまった。
「もちろん、お時間が合う日があればなのですが」
「……いいのですか?」
「ギデオン様さえよろしければ」
すぐさま頷けば、ギデオン様は信じられないという様子で動揺し始めた。
「だ、大丈夫ですか? 私と甘いものを食べに行って」
「スイーツなら好きですよ」
「あ、いえ。そうではなくて……私の顔で甘いものとなると、違和感かなと」
その瞬間、ギデオン様の目線が下がったのがわかった。どうやら彼は、自分の見た目で甘いものを食べに行くことに抵抗があるようだった。けれども私はそんなことを微塵も気にしない。
「何も問題ありませんよ。ギデオン様が甘いものを好きことは全くおかしくありませんし、それに二人で出かけるとなれば違和感も消えと思いますよ」
「アンジェリカ嬢……」
「なので、もしよろしければ行きませんか?」
むしろこの鋭い目つきで甘いものが好きとなると、中々のギャップで可愛らしいとさえ思う。ただ、これはあくまでも私の感覚で、ギデオン様の中に長年存在している抵抗感を否定するわけではない。
「是非、ご一緒させてください」
断られることも覚悟していれば、ギデオン様はぺこりと頭を下げながら返してくれた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
遠乗りが凄く楽しめていて、幸せな時間を過ごさせてもらっているからこそ、私も何かギデオン様に返したいと思った。この誘いは、それを達成するための第一歩だろう。
私達は昼食を食べ終わると、予定通り片づけをしながら馬術を見に行くことにした。
ティアラとシュバルツには少し木陰で休んでもらうことにして、私達は二人で移動し始めた。
「アンジェリカ嬢」
「ありがとうございます」
さっと差し出された手に、自分の手を重ねる。乗馬服でエスコートされるのは少し不思議な感覚だ。
馬術のエリアに近付くと、既に誰かが練習をしているようで、馬が美しく柵を飛び越えていた。馬に乗っているのは女性のようで、帽子から出ている髪の毛に視線が移った。
(綺麗な青い髪だな……)
そういえば以前にも似たような髪を見たなと思っていると、ギデオン様の足が止まった。
「ギ、ギデオン……」
(……この人はどこかで見たことがあるな)
目の前にいる男性は、ギデオン様を見て固まっている様子だった。
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