第29話 断り方がわからない
動揺する男性に対して、ギデオン様は軽く頭を下げた。
「ヒューバート殿下」
(殿下⁉ ってことは王族だよな)
私は失礼のないようにと切り替えながら、背筋を伸ばした。
「まさかここでお会いするとは思いませんでした」
「あぁ。俺も驚いてる」
口ぶりや様子を見る限り、二人は親しい間柄のような気がした。何よりも、ヒューバート殿下はしっかりとギデオン様の目を見て話していたのだ。
「君がレリオーズ嬢かな?」
「はい。レリオーズ侯爵家次女、アンジェリカと申します」
どんな時でもカーテシーは丁寧にというクリスタ姉様の教えを思い出しながら、焦らずに挨拶をこなした。
「オブタリア王国第一王子ヒューバートだ。ギデオンとは長い付き合いなんだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
(なるほど、二人は友人なんだな)
二人の関係性に納得していると、殿下は申し訳なさそうな眼差しで私の方を見た。
「すまないレリオーズ嬢。ほんの少しだけギデオンを借りても大丈夫か?」
「殿下、それは」
「すまない、すぐ終わる」
私が答えるよりも先にギデオン様が断ろうとしてくれた。上手く言葉にはできないが、自分を優先しようとしてくれたのは嬉しかった。
「私なら問題ありません」
「それならレリオーズ嬢はここにいてくれ。すぐに戻るから。……ギデオン」
「……はい」
殿下がギデオン様に会ってから落ち着きのない様子だったので、きっと何かあるのだろうとは思っていた。もしかしたら緊急の用事かもしれないので、すぐさま承諾したのだ。
「……それにしてもカッコイイな」
一人残された私は、先程まで見ていた馬術に再び視線を戻した。青髪の女性が乗った馬が、軽々と柵を飛び越えていた。今度は私側にある柵に近付いたところで、馬が止まった。
「あら、貴女……」
私の方を見ると、青髪の女性は馬から下りて私の方へ近付いた。
「もしかしてガーデンパーティーでお会いした方かしら?」
「あ……! その節はお世話になりました」
近付いてみると、ようやく相手が以前お会いした王女様であることがわかった。乗馬服であっても高貴な雰囲気が漏れ出ており、微笑み一つも品を感じさせられた。
「とても美しい馬術でした」
「ふふ、ありがとう」
「凄いですね。軽々と柵を越えられて」
「もう何年も続けているの。馬術はわたくしの国、ネスロダン国発祥の競技だから」
そうだったのかと感心しながらも、それにしても王女様の馬術は知識の浅い素人から見ても素晴らしいものだった。
「レリオーズ嬢、よね?」
「はい。覚えていただけて光栄です」
「印象的な赤い髪だったもの。改めて見ると、とても綺麗ね」
「あ、ありがとうございます」
それを言うなら王女様の髪も印象的なものだ。そう思いながらも、王女様から褒められるというのは純粋に嬉しかった。
「レリオーズ嬢は馬術に興味があるの?」
「はい。まだ何も知らないんですが、馬に乗ることが好きなので」
「まぁ。もしよければわたくしが教えましょうか?」
「えっ、そんな。申し訳ないです」
「遠慮しないで。せっかく馬術に興味を持ってくれたんですもの。是非ともお教えしたいわ」
グイっと迫られると、王女様からのお誘いを断っていいのかわからなくなっていた。困惑していれば、王女様を従者らしき人が呼びに来た。
「そんな時間なのね。ごめんなさい、レリオーズ嬢。一度この子を食事のために厩舎に連れて行かないといけなくて。すぐに戻ってくるから待っていてもらえる?」
「は、はい」
「よかった」
ここで待てませんと答えることが許されるのかわからず、私は反射的に頷いてしまった。王女様は再び馬に乗ると、颯爽と厩舎に向かって走っていった。
(あの馬、走りも速そうだな……)
馬術に興味を持ったことをここまで触れられると思わなかったので、どうしようかと頭を悩ませた。
(今日はギデオン様と一緒にいるから、また別の日にお願いしてみるか。……でもどうやって断ればいいんだ?)
うーんと考え込みながら、社交界での出来事をたどった。
(あ! 思い出したぞ。あれだ。いつか言われた〝今度ご一緒したい〟ってやつ。これを言うのが妥当かな)
いつか乗馬の約束をした令嬢がいたが、未だにそれは実現されていない。それくらいの言葉で流すことも、きっと大切なのだろう。
「アンジェリカ嬢」
断り方を考えていると、王女様より先にギデオン様が戻って来た。殿下はどこか挙動不審で、やはり何かあったのだろうと思わせる様子だった。
「アンジェリカ嬢、お待たせしました」
「ギデオン様。おかえりなさい」
「どうやら向こうでは馬が走る大会をするようで。もしよければそちらを見に行きませんか?」
「走る大会ですか! 凄く面白そうですね」
どうやら馬術とはまた違う大会が別の場所で行われているようだった。
「では行きましょう」
「あ、少しだけお待ちいただけますか? 今実は――」
「レリオーズ嬢……!」
説明しようとしたその時、こちらに向かって王女様が足早に向かって来た。
「待たせてごめんなさい。……え?」
私の隣に人がいることに驚いたのか、王女様は固まってしまった。王女様に事情を話そうとすれば、彼女が呟く方が先だった。
「……アーヴィング公爵」
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