第27話 二人の遠乗り 中
自信なさげに名前を呼んでみれば、公爵様は固まってしまった。
(これも違ったか……だとしたら何が正解なんだ⁉)
焦りを抱き始めた瞬間、公爵様の頬が段々赤くなっていった。
「す、すみません。耐性がないばかりに……」
「いえ、最初は慣れないですよね」
ぎこちなく感じるのは当然だとは思うが、私はまだ引っかかっていた。呼び捨てを口に下はいいものの、貴族という立場を考えた時何か違う気がしたのだ。
「あの、この呼び方で大丈夫ですか?」
「わ、私は問題ないのですが」
公爵様に返された言葉から、どうにか最適な呼び方がないか思考する。
(本人は問題ない。でもやっぱり呼び捨てはやりすぎというところか? でも名前呼びを望んでいたとすれば……)
考えた結果、一つの答えが見つかった。
「ギデオン様、の方が良いですかね」
「そう、ですね。……では私は、アンジェリカ嬢と」
(やっぱり様は外しちゃ駄目だったな)
公爵様――ギデオン様の反応を見ながら、少し反省をする。ぎこちなくなりながらも、ようやく呼び方が定まった。
アンジェリカ嬢。確かに名前で呼ばれるのは、確かに印象が変わる。
(……うん、悪くないな)
ふっと口元を緩ませていれば、いつの間にか森を抜けて街が見えていた。細道が見えると、ギデオン様がこちらを見た。
「では、ここからは一列になります。先導しますね」
「はい、お願いします」
小さく頷きながら、私はティアラに少し止まるよう手綱を引いた。ギデオン様が動き出すと、その後ろに着いて細道を走り出す。細道は建物の陰になっている、隠れ道のような場所で気持ちが躍った。
ゆっくりと走るのだから長く感じるものだと思っていたが、時々街が見えて景色を楽しむことができたのであっという間だった。広い道が見えると、ギデオン様が待機してくれていた。
「お疲れ様です。目的地までもう少しかかりますが、当初の予定通りここからは少し足を早めましょうか」
(ついに走りが解禁か……!)
ギデオン様の提案に私はさらに心が躍った。自然と口角が上がってしまうが、それを抑える理由もなかったので笑みをこぼしながら頷いた。
「走りましょう!」
ギデオン様も走るのが楽しみだったのか、微笑みながら頷き返してくれた
「それでは、行きましょう」
まるでその言葉が合図のように、私達はスピードを上げた。速く走るとはいえ並走になるので、決して飛び出さず速度はシュバルツに合わせた。
(それにしても、シュバルツも中々速いな……!)
ティアラと競ったらいい勝負になりそうだなと思いながら、広大な自然の中を駆け抜けていった。風を切りながら長い距離を走り続けるのは爽快で、屋敷の裏にある草原では体験できないことだった。
「アンジェリカ嬢、速度は問題ないですか?」
「はい、凄く楽しいです!」
こちらを気遣う余裕がある辺り、まだまだシュバルツは速く走れそうだ。それでも今はこの速さが心地よく、ギデオン様と並走していることが楽しかった。
(やっぱり並走っていいよな……!)
今日はずっと口角が緩みっぱなしだが、それほどまでに楽しく気分が上がっていた。ティアラもきっと同じ気持ちで、走る速度は一度も緩まなかった。
一本道をしばらく走りきると、何やら建物が見えてきた。
「アンジェリカ嬢、あれが本日の目的地です」
「ここですか……!」
建物の正体は小屋で、近付けばそれが厩舎だとわかった。
厩舎の奥には、人が休める様整えられたスペースがあり、木陰や川も見えた。進んでいくと、たくさん馬がいるのが見えた。その中でも、飛んでいる馬が目に入った。
「あれは……何でしょうか?」
「馬術をするための施設ですね。隣国発祥の競技で、我が国でも挑戦する人が多いんです」
「馬術……」
よく見ると馬は柵を超えており、非常に綺麗なフォームだった。
(凄いな……馬術って馬の障害物走みたいなことか? 馬は走るだけじゃないんだな……)
感心しながら眺めていると、ギデオン様が一つ提案してくれた。
「後でゆっくり観戦してみますか? ここは馬術の大会に向けて、模擬練習も行っていますので」
「いいんですか?」
「もちろんですよ。ですがまずはお昼にしませんか? お疲れだと思いますので」
「そうしましょう」
馬術の観戦は後にして、ひとまずは昼食を取りながら休むことにした。木陰の方に向かうと、私達はそれぞれ馬から下りた。
「ティアラ、お疲れ様。今ご飯用意するからな」
長い距離を走らせたこともあって、まずは馬への食事を先にすることにした。クリスタ姉様が持たせてくれた食事を取り出してティアラに食べさせる。
(いい食いっぷりだな)
ティアラの食事が終わると、シュバルツの方を見る。すると、既に食事を終えていたギデオン様が持参したシートを敷いてくれる。
「アンジェリカ嬢、よろしければここに」
「ありがとうございます」
ティアラを撫でながら「私も食べてくる」と伝えると、ギデオン様の方へ近付いた。
「ギデオン様、二人分の昼食を持ってきたのですが」
「……実は私も持ってきまして」
「本当ですか」
「すみません、先にお伝えするべきでした」
「いえ、あるに越したことはないですよ。両方食べましょう」
「それもそうですね」
私達はお互い二人分の食事を出しながら、昼食を始めるのだった。
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