第26話 二人の遠乗り 前
今回は初めての遠乗りということもあって、公爵様はほどほどに遠い場所を選んだとのことだった。目的地は広大な草原で、侯爵邸の裏にあるものとは比べ物にならないほど広く、走り回れるらしい。
(ティアラも楽しめる場所って聞くと、ますます楽しみだな)
レリオーズ侯爵邸の後ろにある草原を抜け、森の前に到着すると二頭の馬が並ぶ。公爵様は目的地までの道を説明してくれた。
「この森を抜けると、街が見えます。街の中ではなく、外れにある細道を通りますので、そこは一列で行きましょう。街を抜ければ、広い道になりますのでまた並走して行ければと思っております」
「わかりました」
「街を抜けるまでは、足慣らしも兼ねて比較的ゆっくりと走りましょう。その後は少し早く走るという想定でいかがでしょうか」
「それがいいです」
「よかった。では、早速ですが参りましょう」
「はい」
コクリと頷けば、まずは森を並走し始めた。緑に囲まれながらも、日の光が差し込んできている。
「レリオーズ嬢は乗馬服のお姿も素敵ですね。以前と比べて凛々しさを感じます」
「本当ですか? それは嬉しいです」
〝綺麗だ〟〝可愛らしい〟という褒め言葉よりも、〝凛々しい〟という言葉の方が断然嬉しかった。改めて公爵様の乗馬服姿を見る。この人は何を着ても気品が漏れ出る所が純粋に凄いと思う。
「公爵様は何を着ても似合いますね」
「そ、そうでしょうか。ありがとうございます」
少し驚いたように頭を小さく下げる公爵様。
(褒められ慣れてないのか、毎回反応が新鮮だな)
褒められたら褒め返すことが、以前は意識的に行っていたが今では自然に会話としてこなせるようになっていた。
「公爵様の黒い馬、凄くカッコいいですね。名前はありますか?」
「シュバルツと言います。子どもの頃につけた名前なので、少し安直ですが」
名前を聞くと、少し前かがみになってシュバルツの方を見た。
「シュバルツ……シュバルツ、今日はよろしくな」
本当は面と向かって挨拶しておきたかったが、走行中なのでひとまずは声をかけるだけになった。体勢を戻すと、話も再開した。
「子どもの頃から一緒に過ごしているんですか?」
「はい。父が誕生日の時にプレゼントしてくれて」
「それは嬉しいですね」
「凄く嬉しかったです」
話を聞くと、先代公爵様は無類の乗馬好きなんだそう。今でも公爵様とは時々乗馬に出掛けるほど仲が良いのだとか。
「レリオーズ嬢。この子の名前は何と言うんですか?」
「ティアラです。女の子なので、女の子らしい名前を付けました」
「女の子なんですね。とても可愛らしい名前ですね」
(なんとなくだが……頂点取りたいからという理由は伏せておこう)
隠したいという訳ではないが、何で頂点を取るのかと聞かれた時に上手く言語化ができる気がしなかったのだ。クリスタ姉様に、発展しなさそうな話は口にしなくてもいいと教わった。
名前を教えたところで、今度は公爵様が少し前かがみになった。
「ティアラさん。今日はよろしくお願いします」
馬も含めた挨拶を終えると、体勢を戻した公爵様がそのまま口を開いた。
「……あの、レリオーズ嬢」
「はい」
名前を呼ばれたものの、公爵様はどこか緊張した様子で次の言葉を発することを迷っているようだった。その様子を見守ることしかできないが、意を決した様な表情になった公爵様は、改めてこちらを見つめた。
「その、もしよろしければなのですが」
「どうしましたか」
「……呼び方を変えたいなと」
「呼び方、ですか」
「はい。まだ三度目ではありますが、もう三度目でもあるので」
「確かにもう三回目ですね」
公爵様の呼び方を変えたいという理由に納得する。
「もしよろしければ、公爵様よりも固くない呼び方をしていただけると嬉しいなと」
「固くない呼び方……」
確かにいつまでも公爵様だと失礼だろうかと思いつつ、私は彼をどう呼ぶべきか考え始めた。
(固くない呼び方とはいえ、相手の家格の方が高いからそこはわきまえるべきだよな。うーん、公爵様……どういう呼び方が正しいんだ? クリスタ姉様に聞いておくべきだったか)
前世の私だったら、躊躇いなく呼び捨てをしていただろう。ただ今は貴族で、公爵と侯爵令嬢という身分が存在している。失礼にならない上で固くならない呼び方を摸索する。
(固い……そもそも固いってなんだろう。公爵様……確かに様ついてると固いな)
結論が出た私は、慎重に公爵様の方を見つめた。
「公爵、ですかね?」
「こ、公爵……」
様を外しただけかもしれないが、少しは親近感が生まれるはずだ。そう考えていたのだが、呼ばれた本人は少し困惑しているようだった。
「す、すみません。何だか部下に呼ばれているようで。団長、じゃないですけど」
「言われてみれば確かに。すみません、名前呼びは失礼かなと思って」
「いえ! 名前呼びで問題ありません。私の方こそ、伝え方が下手で申し訳ないです」
公爵様の様子を見る限り、どうやら名前呼びは失礼ではないようだ。
疑問が残りつつも、首をほんの少し傾げる形で問いかけた。
「それなら……ギデオン?」
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