第24話 直感には従え
私の真っ赤な髪と対照的なほど、青々とした美しい髪がなびいている。ふわりと広がるドレスではなく、ボリュームを抑えたドレスはスラリとしたシルエットはとても綺麗だった。
にっこりと微笑む姿は、先程のハルスウェル公爵令嬢を思い出させた。
(これは……)
直感で高貴さを感じ取った私は、伸ばしていた手を引っ込めてドレスの裾を掴んだ。
「お初にお目にかかります。レリオーズ侯爵家次女、アンジェリカと申します」
(この人、絶対に偉い人だろ)
カーテシーをしながら自己紹介を済ませると、青髪の女性と向き合った。
「ご丁寧にありがとう。初めまして。エスロダン国第一王女、ルクレツィアですわ」
(王女……! よかった、挨拶しといて)
顔に出さないように、内心ではほっと安堵の息を吐いていた。
「レリオーズ嬢。こちらのイヤリング、貴女のではないかしら?」
差し出された手のひらの上には、見覚えのあるイヤリングがあった。私は慌てて耳に触れる。
「はい、私のものです……!」
「よかった。落とされていたようだから」
王女殿下からイヤリングを受け取ると、私は深々と頭を下げた。
「拾ってくださり、ありがとうございます」
「持ち主が見つかって良かったわ。では、私はこれで」
くるりと翻して去っていく所作でさえ品を感じさせる。
(あれが本物のお姫様か……すげぇな)
少しの間感嘆していたが、手のひらに乗せたイヤリングを耳につけて直す。
(イヤリング……慣れないんだよな。ピアスの方がいいだろ)
耳たぶを挟む感覚は少し苦手なので、侍女達に装着されるたびに内心は嫌がっていた。
(でも、貴族令嬢がピアスはないな)
想像しただけでも合いそうにない。ふっと小さく笑いながら、私は改めて飲み物に手を伸ばした。飲み終わった所で、見知らぬ令嬢に声をかけられた。
「ごきげんよう」
一人の令嬢に声をかけられる。彼女の背後には二人ほど立っていた。
「ごきげんよう」
(この人達は初対面だな。……どこの家の人だろう)
顔を覚える記憶力に関しては自信があるので、淑やかに見えるよう微笑みを浮かべながら一言返した。クリスタ姉様は基本的に向こうの挨拶を待つべきだが、同等の侯爵家であれば先に名乗っても良いと言っていた。
(……何だかあんまり名乗りたくないな)
これもまた直感だが、あまり好意的な視線には見えなかった。どちらかというと値踏みをするような眼差しに、少しばかり不快感を覚えていた。
しかし、話しかけた割には名乗るつもりがないのか、相手の令嬢は喋る様子が見えなかった。けれども私は自分から名乗る理由がない。痺れを切らしたのか、相手は明らかな作り笑顔でこちらを見つめ直した。
「……名前を教えてはいただけないのかしら?」
(……わかった。多分だけどこの人は同じ侯爵家だ。その上で私から挨拶をさせたがってる)
理由はわからないが、相手の思惑に乗りたいとは思わなかった。私は彼女のような明らかな作り笑顔ではなく、先程の王女殿下のような品のある雰囲気を意識して微笑んだ。
「名前を知りたい時は、ご自分から名乗るものでは?」
「!!」
私が返答した瞬間、相手の令嬢は大きく目を見開いた。
「姉にそっくりね」
「はい?」
「いいわ」
ふいっとこちらに背を向けたかと思えば、すぐに私から離れていった。両隣にいた令嬢は少し慌ててその場を去った令嬢を追いかけていた。
(いや、名乗らないのかよ。……何だったんだ?)
一人首を傾げていると、後ろから名前を呼ぶ声がした。
「アンジェ……!」
「姉様」
「何もされてない?」
「え? あぁ、はい」
どうしてそう聞くのだろうと不思議に思いつつもコクりと頷けば、クリスタ姉様はふうっと息を吐いた。
「友人が教えてくれたの。アンジェがヴァネッサに絡まれていると」
(あれは絡まれてるには入らないな。……でも心配してくれたのは嬉しい)
珍しく心配してくれるクリスタ姉様に胸が温かくなりつつも、私は純粋な疑問を返した。
「ヴァネッサという名前なんですか、さっきの人」
「……もしかして彼女、名乗らなかったの?」
「はい。声をかけてきたのは向こうなのに、名を名乗れと言われて。何だか嫌な感じがしたので名乗りませんでした」
「はぁ……相変わらずね。それでいいわ、アンジェ」
肯定してくれるクリスタ姉様だが、表情はどこか曇っていた。
「……お知り合いなんですか?」
「お知り合い……そうね。親しくはないの。何故か向こうに意識されているみたいだけど」
「意識、ですか?」
「えぇ。ヴァネッサとは同じ侯爵家で同い年なの。昔はよく張り合われたのだけど、今は嫌みを言われるくらいかしら」
(それはつまり……ライバル視ってやつか?)
女同士の戦いのように聞こえた私は、興味を抱いた。
「その延長でアンジェに接触したと思うの。ごめんなさいね」
「姉様が謝ることじゃありませんよ。それに、上手くかわせたので」
「それなら良かったわ。ああいう相手にまで笑顔を向ける必要はないのよ。お淑やかにと言ったけど、誰にでも笑みを向けなくていいの」
「それは嫌な顔してもいいってことですか」
「えぇ。嫌悪感はほんのりと醸し出すだけでも、相手には伝わるから。」
「嫌悪感……こうですかね」
私はかつて公爵様に向けて行った、鋭い睨みを披露した。追い払うと言ったらやはり全力の睨みだろう。
「……帰ったらあとで表情管理の練習をしましょう」
「あ……はい」
どうやらクリスタ姉様には不評のようで、この睨みは不採用となった。
「とにかく。アンジェが何事もなくて良かったわ」
「心配してくれてありがとうございます」
安堵の息を吐くクリスタ姉様に感謝を伝えた。その後、ハルスウェル様と談笑をしながらパーティーの終わりまで過ごすのだった。
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