第22話 二人の友人(ヒューバート視点)
友人に少し遅れて春がやって来た。
自分のことのように嬉しくて、俺は自分にできることなら何でもしたいと思っていた。
書類に一通り目を通し終わると、執務室で窓の外を眺めていた。
(ギデオンは今頃観劇か……)
どうか上手くいきますようにと、ギデオンの成功をただ願っていた。今まで色恋とは無縁だったこともあり、少し心配もしているのだが、ギデオンも一人の男だ。決める時は絶対に決める。
(頑張れよ、ギデオン……!)
劇場があるであろう方向を見つめながら友人を応援していると、扉がノックされた。
「失礼します。殿下、ネスロダン国ルクレツィア王女が間もなく到着されます」
「今行く」
ネスロダン国。この国はオブタリア王国が親交のある国の中で、最も親しいと言って過言ではない国だ。国同士は対等な関係で、現在も良好な状態が続いている。
王女を迎えると、簡単な挨拶をしながら早速来賓専用の部屋に通した。
今回王女が訪問した理由は主に外交関係で、少しの間滞在することになっている。ただ、元々予定していた外交の時期は後だったので、早めたことに疑問を抱いていた。
「久しぶり、ルクレツィア姫」
「ヒューバート様も。お元気そうで何よりだわ」
にこやかに微笑んでいる姿はとても淑やかで穏やかそうに見えるが、かなり優秀で強気な王女であることを知っている。
幼い頃から交流を続けた長年の付き合いがあり、友人でもあるので公式の場ではない今は気楽に話すことにした。
「今回はどうしたんだ? 時期をずらすなんて珍しい」
「その事について説明させてちょうだい。まずはこちらのわがままを受け入れてくれて、ありがとう」
深々と頭を下げるルクレツィア。
「実は、ベルーナ国がオブタリア王国に婚約を申し込んだと聞いて。詳細が気になったというのが理由の一つなの」
「なるほど」
結婚は国同士の関係をより強固なものにするといっても過言ではない。
(ベルーナ国の動向が気になったということか? けど、ベルーナ国とはあまり関係がないよな)
回答はもらえたものの、腑に落ちないものだった。もう少し掘り下げられないか試みようとすれば、ルクレツィアの方から質問が飛んできた。
「それで……その、婚約はどうなったのかと言う話は聞いても大丈夫かしら?」
どこか言い淀むルクレツィアに違和感を抱きながらも、すぐさま返答した。
「あぁ、問題ない。今回の話は断ったんだ」
「まぁ……!」
断ったという事実に、喜びを隠せないルクレツィア。そんな要素があったかと不安を覚えていれば、衝撃的な言葉が続いた。
「それでは、アーヴィング公爵は婚約されなかったのね」
「……ギデオン?」
ルクレツィアがどこまで今回の話を知っているかはわからないが、何故ギデオンが名指しで一人浮かび上がるのかがわからなかった。
「申し込みを断ったということは、アーヴィング公爵はまだどなたとも婚約なされていないのよね?」
「してないが……どうしてそんなことを聞くんだ?」
今は確かに婚約者がいない。ただ意中の相手がいて奮闘している最中だが、それを伝える必要はないだろう。そう高を括っていれば、ルクレツィアが衝撃的な発言をした。
「よかった。それなら私が婚約を申し込むことはできるかしら?」
「…………………え?」
(今、ルクレツィアは何を申し込んだんだ? まさか、婚約と言ったか? その相手が……ギデオン?)
予想外の申し出に、俺の思考は止まってしまう。それをお構いなしと言わんばかりに、ルクレツィアは告白し始めた。
「恥ずかしい話なのだけど、昨年アーヴィング公爵に困っているところを助けていただいたの。それ以来、お慕いしているのだけど、自分の気持ちに気が付いたのが最近の話で……」
これは夢なのかと思いたくなるような話だった。
決してギデオンに惚れるはずがないと言っているわけではなく、ルクレツィアがギデオンを好きになったという事実が俺には信じがたいものだった。
「そんな時、ベルーナ国から婚約を申し込まれたと聞いて」
(なるほど、だから焦って訪問したのか……って、誰がわかるんだそんなこと)
俺は頭を抱えたくなった。ベルーナ国から申し込まれた時は、こちらが断れる立場だった。今回は、親交の深いルクレツィアの申し出となると話が変わってくる。
(……ここは一度、損得なしで事実を伝えよう)
長い間ネスロダン国とは目立った婚姻がなかたったので、関係継続のために婚姻を結ぶのは良い手ではある。ただ、今ギデオンは自分で見つけた運命の相手と過ごしているのだ。
(ネスロダン国との婚姻は悪い話ではないが、必ず優先しないといけない話ではない)
そう結論に至ると、俺は事実を王女に伝えた。
「ルクレツィア。婚約の申し出自体は大変ありがたい話だが、ギデオンには今意中の相手がいるんだ」
だから諦めろとまで口にすることは、
「……まだ婚約は結ばれていないということよね?」
「それは……そう、なのだが」
「それなら、わたくしにもアーヴィング公爵を振り向かせる機会はあるんじゃないかしら。……ごめんなさい。そう簡単に諦められなくて」
「……そう、ですね」
ルクレツィアの論は間違ってはいない。本人が頑張らせてくれと言うのなら俺が止める権利はない。長年の友人でもあるルクレツィアが、誰かに恋をしたと言う話は初めて聞いた。
そんな彼女のことも応援してあげたいのが本心だが、ギデオンの恋路も応援したい。
(ギデオン……)
どうしようもできない状況に、俺は頭を抱えることになった。
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