第21話 癖はなかなか直らない
公爵様と観劇を楽しんだ翌日。
私は観劇の面白さに触れて興味が生まれていた。
(公爵様が大団円とか喜劇があるって言ってたんだよな)
他には一体どんな演目があるのか気になり、図書室に向かう。観劇も遠乗りも公爵様に誘われてばかりで、実は自分からも何か誘いたいと思っていた。
(誘われっぱなしも失礼な気がするんだよな)
私が知っているのは、公爵様は観劇が趣味ということだけなので、ひとまず他の演目を見に行こうと改めて誘うか考えていた。それにしても演目を知らなさすぎるので、今日は観劇について知識を身につけたかった。
「お、誰もいないな」
基本的に私は図書室には近寄らないので、母様やクリスタ姉様がいることが多い。どちらかに遭遇するかと思ったが、そんなことはなかった。
「観劇の本は確か、入って左奥にあるってレベッカが言ってたな」
侍女に教えられた通りに進めば、そこには観劇に関する本がずらりと並んでいた。
「おぉ……思ってた以上にあるな」
どれから読めばいいかわからないので、手あたり次第本を取っていく。大体八冊くらい持った所で、椅子のある場所に移動した。丸い机に本を置くと、上から順に読むことにした。
「オブタリア王国には、大きな劇場が三つある……小さいものを含めると、十一か所。へぇ、意外とあんだな」
私が知らないだけで、劇の歴史は長いようだ。それだけこの国で親しまれてきた文化らしい。ページをめくると、我が国の観劇の歴史と言う少々小難しい内容が始まった。
「うっ……こういう話題、今はいいかな」
もちろん嗜む上で背景を知っておくのは必要なことだろう。しかし、細かい文字と難しい話が苦手な私はそっと本を閉じた。
次の本はどうやら批評本の用だった。まず演目一覧というものが目に入る。どうやらこれが目次のようで、各演目に対して批評家が意見を述べているようだ。
「へぇ、こんなに演目があるのか」
想像以上に演目があったことに驚きつつ、これが全てではないことに衝撃を受ける。
「ヴィオラの初恋……これは昨日見たやつだな」
詳細が載っているページまでめくると、そこには批評家による舞台の評価が点数付きで書かれていた。
「十点満点中三点⁉ ふざけてんのかこの批評家」
個人的には凄く面白いと思った劇だった。それなのに三点はおかしいと思い、批評欄を見ていく。
「なになに……〝ヴィオラはジョンの手を取るべきであった。幸せになれる道が駆け落ちだとわかっていたのに、選択しなかったのは愚かとしかいいようがない〟……何を見てたんだコイツは。ヴィオラは筋を通したんだろうが。これ以上ない生き様だろ。それを愚かって、見る目無いな!」
駄目だ、これを書いた批評家とは感性が合わない。そう判断した私は、本を閉じて別の本を読み始めた。しかし、どの本も基本的に『ヴィオラの初恋』は不評で、私のように褒めている批評家は一人もいなかった。
「……どいつもこいつも話がわからない奴ばっかりだな」
『ヴィオラの初恋』は可哀想になるくらい不評の嵐で、何だか悔しくなってしまった。
「私が批評を書いてやりたいぐらいだ、ヴィオラ……」
どの批評家も似たり寄ったりな意見が多く、読んでいてあまり気分のいいものではなかった。持ってきた本はほとんどが意見の合わない批評本だったので、他の演目を見ずに戻すことにした。
「批評じゃなくて、純粋に演目を紹介してくれる本がいいな」
持ってきた本を戻すと、適当に選ぶのをやめてしっかり吟味することにした。本棚を隅々まで見ながら、背表紙とにらめっこをする。
「……この段は批評が多いな」
目当ての本がないか確認していくと、同じ段でもジャンルが切り替わった。
「乗馬の基本……馬の本か!」
観劇エリアの隣は乗馬エリアだったようで、自然と興味がそっちに行く。
「馬の育て方……育成論か。私にはいらないな」
他には馬と仲良くなる方法、なんてものもあった。これこそ私に不要だと思いながら他に目を移す。
「馬の種類図鑑……それは興味あるな」
上の段にあった一冊の本に興味が湧いた。手を伸ばすが届かない。それならとつま先立ちをして、ぐっと手を伸ばす。今度は本の角に少しだけ触れることができた。
「あと少し……!」
どうにか本を取ろうとジャンプすれば、本を掴み切れずに落としてしまった。
「あっ……やったな」
本を拾おうとしゃがみ込む。落ちた衝撃で、あるページが開かれていた。そこには黒い馬が絵付きで載っていた。
「黒い馬! 黒い馬もカッコいいよな」
拾わずにしゃがんだ状態で、夢中になって本を読みはじめる。膝に手を起きながらページをめくっていると、背後から名前を呼ぶ声が聞こえた。
「アンジェリカ?」
反応してすぐに振り返ると、そこにはクリスタ姉様が立っていた。
「姉様。……どうかされましたか」
(まずい。本を落としたの、見られてたのか……?)
口角が上がっているのに目が笑っていないクリスタ姉様。背筋に嫌な予感が過る。
「その体勢は何かしら?」
「え?」
予想していたこととは違う指摘に、驚きながらも自分の体勢を俯瞰して考える。そこで初めて、自分が両膝に手を置きながらヤンキー座りをしていたことに気が付いた。
「何でもないです!」
品のない座り方をしていた事実を消すように、慌てて本を拾って立ち上がる。
(あぁ、これはまずい場面を姉様に見られたな。すぐに立っておけばよかった)
後悔の気持ちが押し寄せるのには理由があって、既に座り方に関しては注意を受けていた。クリスタ姉様がヤンキー座りを見るのはこれで二度目になる。
「アンジェリカ。もう少し座り方のお勉強をしましょうか」
「うっ……わかりました」
二度目はさすがに見逃してもらえなかった。駄目だとわかっていたはずなのに、つい癖で体が自然にあの体勢を取ってしまった。
(……はぁ、直さないとなこの癖)
一人心の中でため息をつく。私は馬の図鑑を手にしたまま、クリスタ姉様によって淑女教育に連行されるのだった。
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