第20話 耳を疑いたくなるような一日(ギデオン視点)


 面白かったというのは幻聴ではなくて、その後もレリオーズ嬢は事細かに劇の内容を評価してくれた。あまりにも嬉しくて、思わず不安だったという本音が漏れてしまう。


「本当に楽しかったですよ。大団円……今回のお話も面白かったですが、確かに後味がいいお話も好きなので、今度は大団円の演目も見に行きましょう。」


(今度……見に行きましょう……見に行きましょう……⁉)


 さらりと誘われたことに、衝撃が大きすぎて正しく頭の中で処理できなかった。


(これって誘ってもらえたという認識でいいのか……? というか今度ってことはまだ次の機会をもらえると受け取っていいのだろうか)


 俺にとって良いことしかない発言に、口元が緩んでしまう。浮かれないように、気を引き締め直してレリオーズ嬢に小さく頭を下げた。


「……是非ともご一緒させてください」


「よろしくお願いします」


 この返答によって、聞き間違いではないことが判明した。

 今日は耳の調子が悪いのではないかと疑ってしまうほど、自分にとって良いことが続いていた。でも全て現実なのだ。その喜びを強く噛み締めた。


 良い雰囲気になっているのを肌で感じていたので、そのまま準備していた食事に誘う。快く頷いてもらえると、早速立ち上がってエスコートを始める。


 ヒューバート殿下の言う通り、観劇を選択したおかげで会話に困ることはなかった。レリオーズ嬢が興味深く聞いてくれるのが嬉しくて、わかりやすく伝えられるように説明を心掛けた。


 演劇には様々な種類があるのだと伝えれば、耳を疑う言葉が返って来た。


「喜劇……いいですね。いつか喜劇も見に行きましょう」


 先程の大団円の下りに続き、喜劇も見に行こうというお誘い。社交辞令かもしれないが、また一緒に劇に行きたいと思ってもらえていると思うと、嬉しくて口角が自然と上がってしまう。


「……喜んで」


 息を吐くようにレリオーズ嬢から誘いの言葉をもらうので、俺の心は高揚し続けていた。


(嘘でも嬉しい……でも、現実なのがもっと嬉しい)


 あふれ出そうになる感情に蓋をして、食事に集中した。


 むしろここからが本番なのだ。これから先お誘いができるとして、観劇だけではつまらない。今回は自分の趣味に付き合わせてしまったこともあるので、レリオーズ嬢が何を好むのか知りたかった。


「定番かもしれませんが、ご趣味は……?」


 頭の中で何度も練習した言葉を口にする。よかった、噛まずに言えた。

 一安心していると、レリオーズ嬢からの返答は〝乗馬〟と返って来た。


 何と言う幸運だろう。乗馬は個人的にも大好きで、よく遠乗りをしていた。話を聞く限り、遠乗りには行ったことがないようだったので、提案すれば喜んで受けてもらえた。


(レリオーズ嬢と遠乗り……あぁ、凄く楽しみだ)


 今日一日過ごすのでさえ楽しいのに、まだ楽しみが増えることが心を躍らせた。

 一週間後に約束を交わしたところで、食事が終了した。レリオーズ嬢を屋敷に送り届けると、彼女に見送られながら帰路に着いた。


 帰りの馬車では、次の誘いができた事への喜びがあふれ出てきた。抑えていた嬉しさと喜びが、どんどん顔をにやけさせる。口元を覆って、馬車の中で一人笑う。誰かが見たら不審がりそうな状況だったが、それでも笑みを抑えられなかった。


(早く、一週間が経つといいな。……いや、その前に計画を念入りに立てないと)


 屋敷についてからもふわふわとした感覚は消えずに残り続けていた。計画を練るために、遠乗りの準備をし始めると、ようやく気持ちが落ち着くのだった。


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