第19話 待ち望んだ観劇(ギデオン視点)
観劇当日。
いつも以上に早く目が覚めてしまった。カーテンを開けて窓の外を見てみれば、まだ日が昇り始めた時間だった。
早くレリオーズ嬢に会いたくて、会えることが嬉しくて、夜もすぐに眠ることはできなかった。それでも寝不足とは全く感じずに、頭はスッキリとしていた。
「よし」
約束の時間はお昼過ぎなので、まだ十分時間はある。それでも入念に準備をしようと、ベッドから下りた。
朝食を終え、着替えを済ませると鏡に映る自分の顔を見る
(相変わらず、酷い目付きだな)
いつもならここで自嘲してしまうが、レリオーズ嬢からもらった考えを思い出して暗い気持ちを追い払った。いつも通り髪を整えつつ、前髪は下ろしたままにした。
出発よりも大分早めに支度が終わったので、今日の動きを何度か想像した。どんな立ち居振る舞いがいいか、どんな話題がいいか等、頭の中で何度も練習した。
時間が来てレリオーズ侯爵邸に向かい始めると、馬車の中ではどうにか緊張を沈めることに努めた。前回の二の舞になってはいけないと自身に言い聞かせれば、段々と冷静になっていった。
(……大丈夫だ)
深呼吸をして背筋を伸ばすと、幾分かマシになる。緊張が消えたわけではないけれど、平常心にはなれた。
侯爵邸に到着すると、レリオーズ嬢と対面する。
あまりの美しさに言葉を失ってしまった。見とれてしまいそうになるが、心を落ち着かせてエスコートする。
今日のレリオーズ嬢は髪を下ろしていて、以前より落ち着いた大人の女性という印象を受けた。何とか言葉に伝えようとするものの、出てきた言葉は「素敵」というありふれた言葉だった。
(あぁ……もっといい言葉があるはずなのに)
緊張で頭が上手く回らないことを悔やんでいると、レリオーズ嬢に前髪について尋ねられた。まさか触れられるとは思わなかったので、少したどたどしくなりながら返すことになった。
レリオーズ嬢が言うには、前髪を下ろしているから余計に怖がられてしまうということだった。
その助言に、俺はただ驚くことしかできなかった。
そんなに真面目に俺の前髪のことを考えてもらえるだなんて、少しも想像していなかったからだ。自分でさえ誤魔化すように整えていたのに、レリオーズ嬢は改善点と理由まで細かく教えてくれた。
その心遣いが、言葉では言い表せないほど嬉しかった。
男らしい目付き、そしてそれがカッコいいとまで言い切ってくれるレリオーズ嬢。
(瞳が綺麗……俺の目が? 本当に?)
そして、にわかに信じがたいことまで耳にすると、もはや自分に都合の良い幻聴が聞こえているような錯覚に陥った。それでも信じられたのは、レリオーズ嬢が嘘偽りのないと思える真剣な表情をしていたからだった。
そうわかると反射で、レリオーズ嬢の好みを聞いてしまった。返答は、かき上げの方が魅力的に映るということだった。
今までずっと、鏡を見ることは嫌いだった。どうしてこんな目付きなんだろうと、悔やむこともたくさんあった。それでも今、凄く鏡を見たい。レリオーズ嬢が褒めてくれた瞳を確認したかった。
(……鏡が見たい。そんな風に思える日が来るなんて)
自分の目を見たいと思えたのは、初めてのことだ。そんな自身に驚きながらも、レリオーズ嬢にまた惹かれていった。彼女は臆せず強かなだけでなく、優しくて相手のことをしっかりと考えてくれる人だ。
(……今度の機会があれば、その時は必ず髪をかき上げよう)
レリオーズ嬢は、自分にはもったいないほど魅力的な女性だろう。そうとわかっているからこそ、レリオーズ嬢に少しでも良い印象を持ってもらえるようにしたかった。
いつの間にか喜びが緊張を上回り、自然と心が落ち着いてきた。これなら二の舞にはならなそうだと安心しつつ、しっかりとエスコートできるように改めて気を引き締めた。
劇場に到着してからは、基本的に観劇の話題になったので焦ることなく話すことができた。演劇が始まると、レリオーズ嬢に楽しんでもらえるかという不安を抱きながらも自分も集中した。
なるほど駆け落ちが題材なのかと興味深く見ていたものの、全ては結末でひっくり返された。
(これは……大団円ではないな)
主人公の女性が幸せになったのかと聞かれれば微妙な所だし、盛り上がりに欠けてしまったように思えた。観客からの拍手がそれを裏付けており、レリオーズ嬢に対して申し訳ない気持ちが膨らんでしまった。
(自分が見たことのある劇が再演されるのを待った方が賢明だったか……)
顔には出さないようにしていたが、俺は一人で酷く落ち込んでいた。個人的には楽しめるものだったが、それは俺がこの劇団が好きだという前提条件があったからだった。観劇自体初めてのレリオーズ嬢には、あまり相応しくない劇だっただろう。
暗い気持ちがどんどん広がる中、レリオーズ嬢が拍手の小ささに気が付いた。
ここはひとまず説明しつつ、レリオーズ嬢の反応を尋ねることにした。
「面白かったです。個人的には特にヴィオラが好きになりました」
「そう、ですか……?」
レリオーズ嬢から伝えられたのは、予想とは反して〝面白かった〟という明るい評価だった。それが嬉しくて、でも信じがたかった。聞き間違えではないかと思ってしまうほどに。
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