第18話 唯一無二の視線(ギデオン視点)


 一度目の失言なら許してくれるという、ヒューバート殿下の言葉を胸にレリオーズ侯爵邸に向かった。


 誠心誠意の謝罪をすれば、予想外にもレリオーズ嬢は自分の方に非があると口にした。最初はどういうことかわからなかったが、俺の目付きの悪さに対抗するように睨み返したのだと教えてくれた。


(俺の顔が怖いだけじゃなく、睨み返すことまでできるなんて……やはり強かだな)


 自分でさえ、鏡を見た時に嫌な目付きだと感じることがあるのに、レリオーズ嬢は初対面から一切臆することなく俺の目を見つめ返した。その上、この目を羨ましいとまで言ってくれた。レリオーズ嬢の考え方にまで、強く興味を引かれた。


 それだけでは終わらず、目を見て話すことが当たり前なのだと言ってくれた。

 レリオーズ嬢からすれば何気ない一言かもしれない。けれども、俺にとっては救われるような言葉だった。


 ずっと自分の目を疎んで、周囲から話しかけられないのはどうしようもないことだと決めつけていたのだ。だからこそ、レリオーズ嬢の視線は温かく優しい、俺にとって唯一無二のものだった。


 一日をもらうことになると、食事を共にすることに決めた。まだ初回なので、相手を疲れさせないように、負担にならないようにと考えた結果だった。

 

 当日になれば、侯爵邸にレリオーズ嬢を迎えに行った。


 自分が思っている以上に緊張していて、内心はずっと鼓動が速く動いていた。馬車に乗り込むと、彼女と向かい合わせになる。それだけで十分緊張を高めるものだが、どうにか会話を試みた。


 今日は食事をしたいという旨を伝えれば、レリオーズ嬢は好意的な反応を見せてくれた。安心していれば、会話が途切れてしまう。何か話そうと頭を回転させていれば、真っすぐな視線を感じた。


(……こ、こんなに見られるなんて)


 あり得ないほどじっと見つめてくるレリオーズ嬢に、俺の心臓はどうにかなりそうだった。


 基本的に、誰かに見つめられるという経験は少ない。ヒューバート殿下は稀有な存在だが、異性にここまで見つめられたことは人生で一度もなかった。嬉しさを感じる反面、緊張も相まって恥ずかしさの方が上回ってしまった。


 俺の事情で大変申し訳ないが、見つめるのに慣れていないと伝えれば、レリオーズ嬢は嫌な顔一つせず「少しずつ見る」という選択を取ってくれた。


 この日一番の収穫は、レリオーズ嬢から年上も婚約者として選択肢に入ると聞けたことだった。その上好感触で終わったので、俺は胸を撫でおろしながら屋敷へと戻った。


 その夜はレリオーズ嬢と過ごした時間を振り返りながら、ひたすら余韻に浸っていた。こんなにも胸が温かくて満たされるような出来事は、生まれて初めてかもしれない。



 翌日、事情を知るヒューバート殿下が我が家を訪ねた。

 想像以上に殿下は心配していたようで、第一声が「どうだったんだ、ギデオン……⁉」だった。俺は殿下を落ち着かせるように、順を追って話した。


 問題なく過ごせたこと、次もあるということなどを伝えれば、自分のことのように喜んでくれた。


「やったじゃないかギデオン! これは可能性があるぞ。しかもかなりある……! 次の機会が重要だな……何をするかは決めてるのか?」


「食事以外の何かをしたいなとは思っているのですが……まだ漠然としていて」


「なるほどな」


 食べるのが好きだとレリオーズ嬢は言っていたが、二度も同じことをするのは味気ないものだ。それに、相手を退屈させてしまうかもしれない。


「純粋な疑問なんだが、ギデオンは今回令嬢と上手く話せたのか?」


「……いえ。緊張してしまって。正直、たくさん話せたわけではありません」


 今まで女性と関わることが皆無だったわけではない。社交界で一緒になることがあった。しかし、どの機会も話す前に女性がその場を去るのでまともに話したことがないのが現状なのだ。

 それを殿下は知っているので、改めて確認という意味で尋ねたようだ。


「それなら話せるような立ち回りがいいな」


「話せるような立ち回り、ですか?」


「あぁ。話題に詰まった時に、何か共通の話があると安心するだろう?」


「……確かに」


「それならギデオンの知識が豊富なものがいい。……たしか観劇が趣味だったよな?」


「はい」


 殿下の的確過ぎる助言に大きく頷く。

 

「それなら観劇はどうだ? いざ困ったら、演目について話せばいいから話題には困らないはずだ」


「観劇にします」


 俺は即答で頷いた。他の選択肢がないと思えるほど、殿下が観劇を勧める理由が素晴らしかった。


「観劇……女性はどのような演目が好まれるんですか?」


「基本的には大団円だな。悲劇であって、主人公が幸せになれば満足するみたいだ。個人的には喜劇が好みだから、あくまでも推測になるんだが」


「いえ。私に必要な貴重な助言です。ありがとうございます」


 殿下曰く、後味の良い演目や大団円に拘らずとも、とにかく面白い内容なら問題ないとのことだった。


(確かに、面白いことが一番重要だよな)


 他にも、殿下に数々の助言をもらった。さすが婚約者がいることもあり、説得力が違う。経験者の話ほど重要なものはないので、俺は忘れないように全て書き記しながら聞いた。


 殿下は最後に俺を激励すると、王城へと戻るのだった。


 少し経つと、レリオーズ嬢から観劇の誘いを受けるという手紙が返ってきた。


(こんなにも早く返事が来るなんて……あぁ、良かった)


 観劇が好みでなければ断られてしまうだろうなという不安を抱きつつ、お誘いの手紙を送っていたので、承諾の手紙は舞い上がるほど嬉しかった。


 自分が観劇を楽しめる理由もそこにあったので、難しく考え過ぎずに面白そうな演目を探すことにした。すると、いつも楽しみにしている劇団が新しい公演をするということで迷わずそれに決めたのだ。


(……どうか、レリオーズ嬢に楽しんでもらえますように)


 切実にそう願いながら、観劇までの日を落ち着かない気持ちで過ごすのだった。

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