第16話 初めての観劇
劇の内容は、身分差の恋愛を題材にしたものだった。
主人公のヴィオラには幼い頃から決まっている婚約者がいたが、ある日家に働きに来た使用人ジョンに心を奪われてしまう。それがヴィオラの初恋だった。紆余曲折あり、ジョンもヴィオラに強い好意を抱いたため、彼はヴィオラに駆け落ちしようと持ち掛ける。しかし、最終的にヴィオラは家のために生きると言って恋を諦めるという物語だった。
(……なるほど、これが観劇か)
幕が下がり始めると、拍手をしながら演者を見送った。演者が深々と頭を下げているのが見える。演じきったことに対する敬意をと思って、できる限り拍手を続けたが意外にも拍手はすぐに鳴りやんだ。
「何だか拍手が小さいですね」
私は率直な疑問を公爵様に尋ねた。
「内容に納得がいかなかったり、つまらないと感じたりした方は必要以上に拍手をしないんです。今回だと、結末に不満がある方が多いのかもしれません」
「結末?」
「はい。観劇で悲劇を題材にしたものは多いのですが、どの演目も衝撃的な結末を迎えることが多くて。それと比べると、今回は少し刺激が足りなかったのかもしれません」
公爵様曰く、もっと刺激のあるお話だと主人公が身投げをするものや、恋人と心中してしまうお話もあるんだとか。
「それは随分刺激的ですね……」
「盛り上げることが重要なので、より刺激的な演出や内容で、見る側の心を掴みにいくんだと思います」
クライマックスが最大の見せ場というのは理解できた。その上で今日の演目を振り返ると、確かに盛り上がりに欠ける気がした。
「……その、レリオーズ嬢はいかがだったでしょうか?」
公爵様はどこか目を伏せていて、表情は少し固かった。
「面白かったです。個人的にはヴィオラが好きになりました」
「そう、ですか……?」
公爵様が私の言葉に反応するように目線を上げると、バッチリと目が合う。瞳が揺れ動いているのが見え、それが不安だと感じ取ると表情が硬い理由までわかった。恐らく公爵様は私が退屈しなかったのか気になっていたのだろう。
「はい。もしかしたら駆け落ちを選んだ方が、内容として好まれるのかもしれませんが……私は最初から最後まで考えを貫いたヴィオラが好きです」
ヴィオラの政略結婚は、本人が家のためになる結婚を望んだ故の選択だった。不幸にも結婚が決まった後に、別の人に恋に落ちてしまったがそれは仕方のないことでもある。苦難の末に、ヴィオラは最後まで意思を貫き通した。まさに初志貫徹。評価されるべき心意気だろう。
(いいよなぁ、初志貫徹。カッコいい生き方だ)
私の感想を聞けて公爵様は安堵した様だった。
(確かに、自分が連れて来た観劇が微妙な演目だったり、つまんなかったりしたら心配になるよな)
公爵様の気持ちは十分に理解できたので、私はできるだけ良かったという旨を伝えようと思った。
「初めての観劇だったのですが、凄くわかりやすい内容で楽しめました。劇団の方の演技も、本当に引き込まれるほど上手だったので、見ていてあっという間でした」
私の感想を受けて、公爵様の表情から少しずつ硬さが消えていった。
「……女性は大団円が好きだという話を聞いていたので、今回の結末を見て実は不安になってしまって。ですが、レリオーズ嬢に楽しんでいただけたようで安心しました」
「本当に楽しかったですよ。大団円……今回のお話も面白かったですが、確かに後味がいいお話も好きなので、今度は大団円の演目も見に行きましょう」
観劇自体が初めてなので、好き嫌いがまだあまりはっきりしていない。ただそれでも大団円な物語は、純粋に見てみたいと思う。貴族の嗜みは乗馬しか理解できないと思っていたが、意外に観劇も好きになりそうだ。
(これが生き様だ! とか決闘! みたいな内容があると、もっと面白そうだよな)
一人で他の演目がないか考えていると、公爵様が少し間を空けてわずかに口角を緩めた。
「……是非ともご一緒させてください」
「よろしくお願いします」
小さな会釈に同じくらいの会釈を返した。
「レリオーズ嬢……まだお時間よろしければ、お食事もいかがでしょうか」
「是非。一緒に食べましょう」
以前、公爵様が連れて行ってくれたレストランは本当に美味しかった。それに加えて今日の演劇も申し分ない面白さだったので、公爵様はかなりセンスがあると思う。
「では行きましょう」
「はい」
どんな時でも公爵様はエスコートしてくれる。これが当たり前なのかはわからないが、ただ隣を歩くより一緒に時間を過ごしている感じがして気分が良かった。
「劇場の隣に、良いお店があるんです。少しだけ歩くのですが、大丈夫ですか?」
「はい、問題ないです」
ヒールで歩く練習は、クリスタ姉様によって嫌と言うほどやらされた。それに、社交界で何度も歩いてきたので、かなり慣れてきている。
「観劇には他にどのような演目があるんですか?」
「基本的には今日のような悲劇が多いですね。より刺激のある内容が好まれやすい傾向にあるので、必然的にそのような演目が多くなっています。ですが、もちろん大団円のお話や喜劇もありますよ」
「喜劇……いいですね。いつか喜劇も見に行きましょう」
「……喜んで」
公爵様の口角が、また上がった気がした。先程に続き二回目の笑みは、とても貴重に思えたので、その理由を一人で考察した。関連性を考えると、すぐに答えが出た。
(わかったぞ……公爵様も大団円と喜劇が好きなんだな)
好みが合うというのは、将来やっていく上で利点しかない。
(これ、婿として見極める判断材料になるな)
よい収穫ができたことがわかると、私も公爵様のようにそっと微笑むのだった。
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