第15話 眼光は活かすもの


 急ぎ足で玄関に向かうと、既に公爵様が我が家の執事によって迎えられていた。


「お久しぶりです、レリオーズ嬢」


「ご無沙汰しております、公爵様」


 初めて見る人が見れば、公爵様は不機嫌だと捉える眼光だ。けれども見慣れた私にとっては、とても穏やかな微笑みに目が行く。


「では行きましょうか」


「はい、よろしくお願いします」


 今回もエスコートの存在を忘れず、しっかりと手を取ってから馬車に乗り込んだ。前回同様公爵様と向き合ったところで、馬車が出発した。


「髪を下ろされたんですね。……とても素敵です」


「ありがとうございます。公爵様も――」


 褒められたら相手を褒め返す。

 これはエスコートの講義で学んだことだったが、一つ気になることがあった。私は前回と違って髪を下ろしたが、公爵様はずっと前髪を下ろしたままで髪型に変化がなかった。


「……公爵様は、髪ずっと下ろされたままなんですか?」


「あ……私の目は他の方を怖がらせますので」


 その考えは一定数理解できる。正直コンプレックスを感じるものは隠そうとするのが、自然なのだろう。


(前世で、公爵様みたいに眼光の鋭いヤンキーはたくさんいたけど……)


 じっと公爵様を見つめる。確かに見る人が見れば、彼の目付きは怖いと感じるものだろう。けれども、印象を変えることができるはずだ。怖いだけが、与えられる印象じゃない。私は前世の経験談を思い出しながら、どうにか引っ張り出した。


「……あくまで私の感想なのですが」


「はい」


「目付きが悪いから前髪を下ろしたままだと、余計に怖がられるのではないかと思いまして」


「そう、なのでしょうか?」


「はい。前髪があると、余計に圧を感じるのかなと思って。眉毛も見えませんし」


「眉毛……」


 意に反する話かもしれないのに、公爵様は真剣に耳を傾けてくれた。


「髪をかき上げてセットし、前髪を取っ払えば公爵様の瞳がはっきりと見えると思います。鋭い目が見えてしまう。それは決して悪いことじゃなくて、男らしさを演出できるとも取れる気がして」


「男らしい、ですか?」


 不安げな声色に、私はすぐさま頷く。

 怖がられることを気にしている公爵様。だが、髪方次第で印象は変わると思った。余計なお世話かもしれないが、そういう考え方もあると伝えたかった。


「はい。鋭い目って圧を与えやすいとは思いますけど、同時にカッコいいとも思うんですキリッとした顔立ちになるので。それに公爵様の瞳は、とても綺麗な青色をされているのでもったいないなと。……あくまで私個人の感想なのですが」


 私がかき上げのヤンキーを見すぎたこともあって、男らしいと繋げてしまったが、世の女性方にどう映るかまではわからない。念のためを考えて、個人の感想と伝えた。


「……レリオーズ嬢は、かき上げた方がお好きですか?」


「そうですね。より魅力的になるかと」


「なるほど……貴重なご意見ありがとうございます」


「いえ、思ったことをそのまま口に出しただけなので」


 律儀に頭を下げる公爵様に、私も反射的に同じくらい深く頭を下げた。

 その瞬間、自分はまだ褒め返していないことに気が付いた。


「あの……ここまで言いましたが、本日の公爵様のお姿も十分素敵です。決して否定しているわけではなくて」


「光栄です。もちろん伝わっています。レリオーズ嬢が親身に考えてくださったのが」


「……それはよかったです」


 ほっと安堵しながら、小さく笑みを漏らした。


(前髪ありも似合っているけど、やっぱりあの瞳と眼光を活かすならかき上げだよな)


 せっかくガタイもいいのだ。かき上げが似合わないはずがない。いつか公爵様のかき上げを見れるといいな、と密かに期待するのだった。


 話に区切りがついたところで、ちょうど劇場に到着した。


「ここが劇場……」


 馬車から下りると、想像以上に立派な劇場が目に入る。


「観劇は初めてでしたか?」


「はい。なので凄く楽しみです」


「それは良かった」


 前世含めて、演劇を見に行ったことはない。ただ興味はあったので、純粋に観覧できるのを楽しみにしていた。


 公爵様のエスコートで、劇場の二階へと向かう。そこには、貴族らしき人が多く見られた。どうやら二階席は貴族専用の席のようだ。その中でも、真ん中の席に向かった。


(……凄いよく見える)


 視界が良好で、舞台が良く見える。知識のない私でも良席だとわかった。


「こんなに良い席を用意していただき、ありがとうございます」


「喜んでいただけたのなら何よりです」


 席に着くと開演までの間、談笑を楽しむことにした。


「公爵様は、観劇は何度かご覧になられたことがあるんですか?」


「はい。嗜む程度なのですが……今日の演目は、私が好きな劇団の初演と言うことで実は楽しみにしていて。レリオーズ嬢と一緒に来れたらと思ってお誘いしたんです」


「誘っていただけて嬉しかったです。初演ですか、特別感がありますね」


「確かにそうですね」


 それに加えて公爵様お墨付きの劇団となれば、まず退屈することはないだろう。

 心を躍らせながら開演を待っていれば、会場が暗くなり幕が上がった。

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