第14話 三人の侍女が強すぎる
公爵様から返事の手紙がきた。
内容としては、自分も楽しかったというものと、新たに観劇へのお誘いが書かれていた。
「観劇って……なんだ?」
「お嬢様、観劇は演技を見に行くことですよ。演劇とも呼ばれております」
首を傾げていれば、侍女の一人であるドーラが簡潔に教えてくれた。
「そうか――って」
教えてくれたのはいいが、あまりの声の近さに思わず振り返る。するとそこには、侍女三名が期待の眼差しで私を見つめていた。
「なんでそんな近いんだ……! まさか読んだのか?」
「お嬢様の手紙を見るだなんて、不躾なことはしませんよ。ただ、お嬢様の恋路が上手くいったか私達は心配だったのです」
(それにしても近いな!)
三人の侍女は、私の手が届く距離に立っていた。
三人の中で最年長のドーラが、きっぱりと否定しながら優しい眼差しを送った。
ドーラは侯爵家に仕える侍女の中でも古株で、私を幼い頃から見守って来た一人だ。
「それにしてもお嬢様。観劇ということは……もしやお誘いですか」
「そ、そうだよレベッカ。顔が近い」
「まぁ……!」
ずいっと近付きながら眼鏡を光らせて確認をするのが、もう一人の侍女レベッカだった。彼女との付き合いも長く、私が十三歳から仕えてくれているので、五年の仲になる。
「ということは上手くいったのですね。おめでとうございますお嬢様」
「ありがとう、ミラ」
嬉しそうな声を上げたのが、三人の中では最年少のミラだ。今年で二十一歳になる。
彼女は商家の娘で、行儀見習いとして我が家やって来た。そして見習い期間を終えた後に、そのままレリオーズ侯爵家に就職して私の侍女をしている。ミラでさえ、三年以上の付き合いだ。
侍女は三人とも年上であり、連携が上手いので基本的に私が負けることが多い。長い付き合いだからか、私が多少令嬢らしくない口調でも何も珍しがることなく、むしろ「それがお嬢様ですから」と言って容認している。
もちろん家の外ではクリスタ姉様仕込みのお淑やかな口調になるが、家の中くらいならということで姉様でさえ崩れた口調は黙認してくれる。
侍女達が喜びに一息つくと、ドーラが私の方を見て嬉しそうに微笑んだ。
「改めておめでとうございます、お嬢様。お返事を書かれる準備は整っておりますよ」
「……相変わらず仕事が早いな」
ドーラは便箋と封筒、そしてペンとインクを持っていた。いつから持っていたんだというツッコミは、もう何度もしているので自分の心の中に留める。
「ささ、お返事は早いほど喜ばれますからね。これでお相手様のお気持ちを少しでも掴みましょう」
「いや、ドーラ。私は誘われている側なんだが……まぁ、でも一理あるな」
恐らく私がアプローチしている側だと誤解している侍女達は、積極的に手紙を書くよう勧めてくる。返事は早い方が良いというのは一定数理解できたので、私はドーラから手紙を書くための道具一式を受け取った。そして、観劇の誘いを受ける旨を手紙にしたためた。
「それじゃあ、これ頼めるか?」
「はい。早速出しに行って参ります」
「頼んだ」
ドーラが手紙を出しに行くのを見送ると、二人の侍女は私に向かってニッコリと微笑んだ。
「そんなに見つめてどうしたんだ。何かついてるか……?」
あまりにも不自然で熱烈な視線に、私は自分の頬を触った。
「いえお嬢様。お誘いが決まったからには、完璧に磨かなくては。ねぇ、ミラ」
「そうですねレベッカさん。お嬢様、今回も私達にお任せくださいね」
「……ははっ」
早起きからのきつめのコルセットと化粧という、個人的には辛すぎる三コンボを迎えなくてはいけない事実に、私は乾いた笑いしかでなかった。
(また地獄の朝を迎えるのか……前日は早く寝よう)
そう思っていたはずなのに。
約束当日、私はまたベッドの上で布団を勢いよく剥がされていた。
早寝はしたものの、乗馬で走り回ってしまったためベッドから起き上がるのが少し辛かった。
わかっていた。前日乗馬をするべきではないということは。ただ、世話をしようとティアラの様子を見に行けば、物凄く走りたそうに私を見ていたのだ。あの眼差しはもう、走りに行こうという一種のサインだ。結局、慌ただしい朝を送ることになったが後悔はしていない。
ドーラに叩き起こされ、レベッカにコルセットで絞められ、ミラに粉をはたかれた。
ここまでされれば準備が整う頃にはさすがに目が開いており、公爵様に会えることに楽しみを感じていた。
「今日は髪を下ろさせていただきました」
「何か関係あるのか?」
「個人的な見解ですが、お嬢様は髪を下ろした方が少し大人らしく見えます。お相手が年上の方と聞いておりますので、幼く見られるよりは良いかと。遠慮なくアタックしてきてください」
「……ありがとう、頑張るよ」
(アタックはしないと思うけど、ミラのおかげで堂々と歩けそうだ)
ここまで気合いを入れてくれたので、ミラの気持ちを素直に受け取ることにした。支度が終わると、ちょうど馬車がやってくる音が聞こえた。
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