第13話 走りは命だ 後



 それから私は暴れ馬に謝罪をして、世話をしながら交流を深めた。


 暴走しないように細心の注意を払いながら、丁寧に接していった。時々暴れる予兆を感じ取ったが、その度に落ち着かせていた。


 その甲斐があったからか、私達は段々打ち解けていった。

 速く走りたいんだという理想を度々語っていれば、馬もそれに反応するようになっていた。


「私は走るなら全速力がいいんだ。ゆったりしてる走りを否定するわけじゃないけど、あれは私の好きな走りじゃないからな。それをお前とならできると思うんだけど……どうだ?」


 出会った頃に比べて、仲が深まった気がしていた私は本音を打ち明けた。すると、馬はブルッと大きな声で反応してくれたのだ。


「本当か! それなら一緒に走ろう。思う存分、速く走ろう!」


 暴れ馬を厩舎から出せたのは、暴走してから一週間後のことだった。


「乗るぞ、いいか?」


 もしかしたらコイツは人を乗せるのを嫌うかもしれないと思っていた私は、少し心配しながら尋ねた。心なしか頷いたように見えたので、私は安心して乗ることができた。


「よし、行こう。好きなだけ走っていいからな。そう簡単に私は振り落とされないから」


 馬を撫でながらそう伝えれば、早速草原の中を走り始めた。


「うわっ、凄いな……!」


 乗馬の練習で扱った馬とは比べ物にならないほどのスピードに、私はますますこの馬が好きになっていった。


「楽しいか? 私もだ!」


 思い切り走れていることに、馬から嬉しそうな様子を感じ取った。私も口角が上がりっぱなしで、気分も高揚しっぱなしだった。


 風を切って、草むらを駆け抜ける快感はきっとコイツとじゃないと味わえない。

 だけど、コイツとなら私の望む走りができる。これから先もずっと一緒に走りたい、そう強く願った。


「……なぁ。これからも私と一緒に走らないか?」


 少し緊張しながら尋ねてみれば、間を空けずにヒヒーン! と高らかな声が返って来た。


「本当か⁉」


 思わず聞き返せば、これが答えだと言わんばかりに再び走り出した。


「ははっ、これからよろしくな……!」


 嬉しさのあまり、私はにやけが止まらなかった。

 一通り走りきると、私は馬と一緒に厩舎に戻り始めた。


「これから一緒に走るのに、お前呼びはないよな。名前を付けないと」


 実は既に名前は決めていた。厩舎に着くと、手入れをしながら私は話しかける。


「やっぱり最高速で走るからには頂上をとらないとだろ? だとしたら、胸張れる名前にしようと思うんだ」


 ニッと笑うと、私は馬の正面に立った。


「ズバり、名前はキングだ! 男らしくていいだろ?」


 自慢げに名前を伝えたが、反応はあまりよくなかった。うんともすんとも言わないので、伝わらなかったかと思い、もう一度説明する。


「名前はキングだ。頂上取るならそれくらいカッコいい名前じゃないとな」


 ニッと微笑みながら名前を教えるものの、やはり反応は悪かった。


「ど、どうしたんだ……? もしかして何か悪いもんでも食べたか?」


 心配そうに見つめていれば、厩舎の入り口から誰かがやって来た。


「あ、あのお嬢様……」


「なんだ?」


 入り口には御者が立っており、困惑気にこちらを見ていた。


「先程男らしいという声が聞こえて」


「あぁ。男らしくてカッコいい名前をつけようと思って」


「大変申し上げにくいのですが、その子は雌なんです」


「えっ……ええぇぇっっ⁉」


 予想外過ぎる情報に、私は開いた口がふさがらなかった。


「女の子だったのか……!」


 私が驚いている隣で、御者は苦笑いを浮かべながら続けた。


「ですので、もしかしたら男らしい名前がお気に召さなかったのかなと思いまして」


「……いや、そうだな。そうだよな! ありがとう、教えてくれて!」


「いえ、お役に立てたのなら光栄です」


 安堵した様子で、御者はその場を去った。私は自分が乗っていた馬が女の子だという事実が衝撃的過ぎて、改めて馬を観察していた。


「そりゃ、キングは嫌だよな……うーん。てなると女王にしたらいいんだよな? ……あれ? 女王って何て言うんだっけ」


 前世の知識を引っ張り出そうとしたが、遠い過去のことだからか、私が勉強不足だったからかあまり思い出せない。


「……でも女の子だろ? だったら女の子らしい名前がいいよな」


 まるでそれを望んでいるかのように、馬はブルッと力強く反応した。

 足りない頭を働かせて、どうにかそれらしい言葉を見つけ出した。


「それならティアラはどうだ? 確かこれは王冠って意味じゃなかったっけ。これなら女の子らしいし、私の願いも込められるんだけど」


 すると、すぐさまヒヒーン! と反応してくれた。どうやらティアラという名前は気に入ってくれたらしい。


「よし、今日からお前はティアラだ! よろしくな」


 こうして私は、相棒となるティアラと関係を築くことができたのだった。




 三年経った今は、関係により磨きがかかり、自信を持って愛馬といえるまでになっていた。


「今なら、女王はクイーンだってわかるんだけどなぁ……」


 あの後クイーンと思い出したものの、既にティアラという名前を気に入っていたようなので、変えることはしなかった。


「よし、走ろう。ティアラ」


 レースみたいなのがあるわけじゃないので、どの馬が最速かはわからない。だけど私は、ティアラなら頂上をとれると勝手に思っている。


 今日も愛馬と、草原を駆け抜けるのだった。

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