第11話 婿として見極める


 

 アーヴィング公爵様は宣言通り馬車で迎えに来てくれた。家族に見送られながら馬車に乗ろうとすれば、公爵様から手を差し出される。


(……これは昨日勉強したところだ!)


 エスコートの一つで、男性から手を差し出されたらその手を取る。優しく重ねるだけでいいとクリスタ姉様に言われたのを思い出しながら、その言葉通りに手を置いた。


(よし、練習通りできた)


 続けて公爵様が馬車に乗り込んだところで、レリオーズ侯爵邸を出発した。公爵様と向かい合う形になりながら、会話が始まる。


「今日の装いはとても素敵ですね」


「ありがとうございます。公爵様も、よくお似合いかと」


 昨日クリスタ姉様に叩き込まれた、男性にエスコートされる練習だけでなく、立ち居振る舞いを思い出しながら返していく。


(褒められたらまず返さないとな)


 公爵様は褒め言葉が嬉しかったのか、口元をきゅっとさせた。


(……目つきは変わらないままだけど、口元は動くんだな)


 表情が固い訳ではなさそうだ。あくまでも目の形は変えることができないので、圧が必然と生まれてしまうのかもしれない。


(ここから婿として見極めるんだよな。気合い入れないと)


 私は一人静かに意気込みながら目的を尋ねた。


「今日は何をするんですか?」


「個人的に美味しいと思うお店を予約していますので、お食事を。もし他のことが良ければ」


「食べることは好きなので、とても楽しみです」


「それはよかった」


 公爵様は相変わらず目つきこそ鋭いものの、声色や所作、今感じる雰囲気は間違いなく品格者だった。


(単純に勉強になるな)


 無意識に公爵様をじっと観察していれば、公爵様の頬がほんのりと頬を赤くなり始めた。そしてゆっくり目を逸らされた。


「レ、レリオーズ嬢。その、あまり人に見られ慣れてないので」


「あっ、すみません」


 これは配慮が足りなかったなと思いながら、慌てて目をつむる。

 きっと目線に慣れていないんだろう。


「……レリオーズ嬢。目は開けていただいて大丈夫です」


「そうですか」


「はい。目が合うのに慣れていないだけなので」


「それなら」


 ぱっちりと目を開けながら、視線は足元の方に向けておいた。


「申し訳ないです。私の身勝手で」


「いえ。慣れないことなら無理もありません。……少しずつなら見ても大丈夫でしょうか」


「はい。よろしくお願いします」


 いい機会なので、少しでも公爵様の〝誰にも見られない〟という当たり前を崩したいなと思った。


(そんな悲しいことが当たり前になるのは、私まで胸が痛い)


 ちょうど許可をもらったところで、レストランに到着した。



「では、行きましょう」


「はい」


 まるでこちらを見ていそうな声色なのに、ちらっと見上げてみれば公爵様はお店の方を見ていた。慣れていないのもわかるし、照れているのも感じる。


(……なんか面白いな)


 年上で大人の余裕があるように見えて、どこか初々しさもあるように見える公爵様。そのちぐはぐさに興味が強まっていった。


 さすがはアーヴィング公爵様なのか、ただのレストランではなく明らかに高級そうな上に個室へ案内された。


 食事が運ばれてくるまでの間、私は一つ気になることを尋ねた。


「どうして今日誘ってくださったんですか?」


「レリオーズ嬢ともう少し話したくて」


「なるほど……純粋に嬉しいです」


 公爵様の目線は私の手元に向いていることを確認しつつ、私も同じように手元を見るよう心掛けた。


「レリオーズ嬢。私はあまり遠回しに言うことができないので、直接聞いてしまうのですが……年上は婚約者として選択肢に入るでしょうか」


 声色が少し震えているのがわかった。

 正直に言おう。年上か年下かはあまり興味がない。それよりも、臆せずはっきりと聞きたいことを聞いてくれる男の方が好みだ。


 ただ、この価値観が貴族らしいかはわからなかったので、隠すことにした。


「入りますよ」


「そうですか……!」


 随分と嬉しそうな声が聞こえた。

 ちらりと目線を上げれば、公爵様はまだ私の手元を見ていた。


 話を広げようとすれば、すぐに食事が運ばれてきた。


「凄く美味しいです」


「お口に合ってよかった」


 公爵様は目線を固定していたようなので、私も目線は手元に固定した。それでも少しなら見て良いと言われたので、チラリと目線を上げる。


(伏目になると、鋭さは半減するんだな)


 ほんのりと優しい雰囲気が見えるなと思いながら食事を終えれば、その後のエスコートも非常にスマートだった。段々緊張が抜けて来たのか、私の方を見るようになってくれた。


「それでは今日はこれで。レリオーズ侯爵邸にもどりましょうか」


「……はい」


 もう終わりなのか。そう素直に感じてしまった。


 一日を渡したつもりだったので、てっきり日が暮れるまでは一緒にいられると思ったが違ったようだ。


 こうして私は屋敷へと送り届けられた。


「レリオーズ嬢。また、お誘いしてもよいでしょうか」


「はい。いつでもお待ちしております」


 公爵様の乗った馬車を見送ると、私は屋敷の中に入った。そこにはクリスタ姉様が立っており、私を迎えてくれた。


「おかえりなさい、アンジェ」


「ただいま戻りました」


「お疲れ様。……どうだったかしら?」


 どう、というのは恐らく婿としてはどのように見えるのかという話だろう。


「そうですね……私の目には魅力的な方に映りました」


「そう」


 クリスタ姉様の笑みを見る限り、求めていた答えのようだ。


 結婚とかはまだ実感が湧かないままだし、恋愛はよくわからない。


 だけど一つ明確なのは、もう一度公爵様――ギデオン・アーヴィング様に会いたいということだった。

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