第9話 誘われたのには意味がある



 父と一緒に公爵様を見送った。何も知らない父は、公爵様の表情に緊張していた。

 

「……アンジェ。謝罪と聞いたが何があったんだ」


「なんというか……誤解でした。どちらも非がないということで話が落ち着きました」


「そうか。それなら良かった」


 安堵のため息を吐く父様。

 どうやらアーヴィング公爵ともあろう方が、自分の娘に謝罪なんて一体何があったのかと不安に思っていたらしい。


「他には何もないだろう?」


「あぁ……何か一日がほしいと言われましたけど」


「何だって?」


「え?」


 父様が物凄く驚愕した顔で私を見て来るので、私もそれに少しだけ驚いてしまった。


「い、一日がほしい。そう言われたんだな……?」


「はい。間違いないですよ。私、記憶力には自信がありますから」


 特に誰に何を言われたかはよく覚えている。……勉強になるとあまり力が発揮されないけど。


「ア、アンジェ。その誘いがどういう意味だかわかってるのか」


「何ですか、もしかして受けてはまずい勧誘でした?」


「やっぱりわかってなかった……!」


 私が真剣に問い返すものの、父様は頭を抱え始めた。一体何だって言うんだ。


「クリスタ……! クリスタはいないか……!」


 おまけにクリスタ姉様を呼びに行く始末。もしかして悪いことをしたかと冷や汗が流れるものの、私はただ公爵様と喋っただけなので後ろめなくてはいけないことは何もない。こういう時こそ、堂々としてなくては。


 ……そう、思っていたのが五分前の私だった。


「アンジェ。それは立派なお誘いよ」


「お誘い……それって何かまずいんですか」


「別にまずくはないわ。ただ明確なのは、アーヴィング公爵様はアンジェのことが気になっているということよ。異性としてね」


「……異性として?」


 クリスタ姉様は淡々と紅茶を口に運びながら説明してくれたが、その内容が私からするとぶっ飛んだもので理解が追い付かなかった。


「えっと……どうしてお誘いが異性として気になるからなんですか。普通に友人としてという考えもあるんじゃ」


「その考えを否定するわけではないけれど、年頃の男女なら友情よりも恋情が優先されると思うわ。何よりもお互いに結婚適齢期ですもの」


「……なるほど」


 まさかお誘いがデートだったとは思いもしなかった。もしかして軽く受けるべきではない誘いだったのかもしれない。


 悪いことはしていないと思っていたが、結局無責任なことをしてしまったので後悔が生まれた。


(今からでも断るべきか? でもあんだけ真剣な瞳してたし……断るにも理由が)


 どうしようかと悩んでいれば、クリスタ姉様はティーカップをテーブルに置いた。


「アンジェ。いい機会だから言うけれど、貴女はいずれこのレリオーズ侯爵家を出ないといけないわ」


「えっ、私追い出されるんですか」


「それは違うわ。この家を継ぐのは長女である私だから、アンジェはいずれどこかの家に嫁がないといけないということよ。お父様が候補を決めてはいるけれど、私はアンジェの意思も尊重すべきだと思っているわ」


 社交界デビューをしたばかりの私に、どこかに嫁ぐだなんて考えは全くなかった。しかしデビューと結婚適齢期の始まりは同じ。私はもう結婚について向き合わないといけないようだ。


「幼い頃から家同士の話し合いで婚約を交わす方もいらっしゃるけれど、私にもアンジェにもその縁はなかったでしょう。だから私達は、婚約者及びに結婚相手を探さないといけないのよ」


「……結婚しないという選択はないんですか」


「あまり聞かないわね。もしアンジェがそれを望むのならお父様とお母様と考えはするけれど……一つ言えるのは、私やアンジェの結婚はレリオーズ侯爵家のためになる可能性があるということよ」


「家のために?」


 正直、前世から恋愛というものとは縁遠かった。今でもあまり実感が湧かないし、恋愛を経験したいのかと聞かれても首を傾げてしまう。しかし、結婚が家のためになるというのなら話は別だ。


「えぇ。貴族同士の結婚とは繋がりを生み、その上で強固にする手段の一つよ。よく政略結婚と言われるでしょう。今はまだデビュタント終わりで話が進んでいないけど、いずれアンジェにも婚約のお話は舞い込んでくるはずよ」


 クリスタ姉様の話を聞く限り、良い結婚は自分を育ててくれた家に恩返しができるということだった。それなら恋愛や結婚を拒む理由はない。


「アンジェ。アーヴィング公爵様はもちろんお相手として非の打ち所がないほど素晴らしい方よ。だから明後日は婚約者の一人として、考えながら一日を過ごしてごらんなさい。少なくとも、向こうはそのつもりでお誘いされたんですから」


 なるほど。婿としてふさわしいかどうか見極めてこいって話か。

 でもうちの方が家格が下となると、私が嫁としてふさわしいかの話になるかもしれない。


「一つ伝えておくわ。もし一日を過ごしてみて、貴女にその気がないのならアーヴィング公爵様から婚約を申し込まれても断れるということを。それだけの力がレリオーズ侯爵家にはあるわ」


「……それなら気が楽です」


「えぇ。だからと言って失礼な態度をとってよいというわけではないわよ?」


「は、はい」


 にこりと微笑むクリスタ姉様の圧は相変わらずだ。


「ただ、身分を気にして卑下する必要は一切ないということ。……簡単に言えば、楽しんでらっしゃいということね」


「わかりました」


 身分を気にしすぎないでいいとなれば、やっぱり婿としての見極めをするべきだろうな。

 何をするかは全く想像つかないけど、姉様が楽しめと言うならそうしよう。

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