第8話 睨み合いの真実
申し訳ありません。06.衝撃的な出会いの冒頭にて、ギデオンは「生まれつき目が悪い」とありましたが、正しくは「生まれつき目付きが悪い」になります。よろしくお願いします。
▽▼▽▼
ガン飛ばし野郎がアーヴィング公爵だと発覚した三日後、なぜか公爵様はレリオーズ侯爵家を訪れていた。
父様かクリスタ姉様に用事があるのだろうかと考えたのも束の間で、要件はまさかの私に対する謝罪だった。
そして今、私は応接室でアーヴィング公爵様と向き合っている。
侍女によって紅茶が運びこまれる。随分と侍女は震えた手で、机の上にティーカップを置いた。大丈夫かと心配しながらも、彼女の退出まで見届けた。
誰もいなくなると、アーヴィング公爵様はすぐに頭を下げた。
「申し訳ありません」
「……あ、あの」
自分より高位な人が頭を下げるのは、恐らくいけないことだろうとわかっていたので、私は動揺してしまう。それでもアーヴィング公爵様は続けた。
「レリオーズ嬢。貴女に失言をしてしまいました。いい度胸というのは、皮肉ではなくて、その。度胸があることに敬意を払いたかったんです」
「あっ、そっちなんですね……」
「そっち……といいますと」
やばい、声に出してしまった。心の中で反応したつもりだったのだが、発してしまった以上説明しなくては。
「えっと……実はなぜ睨まれていたのか、教えてくれるのかと思っていたので」
「……そちらも申し訳ありません。私の目は、生まれつきこれなので……睨んでいるつもりはないんです」
どこか覇気のない様子で目を伏せる公爵様。確かに、睨むにしては殺気がなかった気がする。じっと目を見てみれば、あの時と同じ私が睨まれたと感じた目だった。
「ただ見ているだけなのですが、睨んでいるという誤解を生みやすく……今回はそれに加えて失言もしてしまいました。お気を悪くされるのも当然かと」
ただ見ていただけ。
この事実がわかると、私の方が悪いことをしていたのが発覚した。その瞬間、今度は私が勢いよく頭を下げる。
「謝るのは私の方です!」
「え?」
「睨まれていると思って、私は睨み返してしまいました。公爵様相手に大変申し訳ございません」
「……睨んでいたんですか?」
おっと、これはバレていなかったパターンのようだ。
そうだとしても、悪いことをしたら謝罪をするのは当然のこと。私は自分の非をすぐに認めた。
「はい。睨んでました。大変申し訳ございません」
「あ、頭をお上げください。……誤解させてしまった私に非があるので」
「そんなことはないかと」
「いえ、私が……」
私が勝手に喧嘩を売られていると勘違いをした挙げ句、威嚇し返したのだ。
(……あれ? だとしたらどっちが悪いんだ?)
公爵様が自分に非があると言い続けるので、どちらが悪いのかわからなくなってしまった。
「それなら両方悪くなかったということでは駄目ですか?」
「……それで、よいのですか?」
公爵様が不安げな声色でこちらを見つめる。
ああ、やっぱりこの人の目つきの悪さは元々なんだ。今も睨まれてる気がするから。
それでも殺気や不穏な気配はまるで感じ取れず、むしろ不安感を持っているように見えた。
「私は公爵様が悪くないと思います。公爵様が私を悪くないと思うのなら、相殺でもよいのかなと」
「……そう、ですね。では、そうしましょう」
どこかぎこちない様子の公爵様だが、彼のまとう空気が一気に和らいだように感じた。
それにしてもわざわざ謝罪に来てくれるとは思わなかった。どこか不安げな姿も、目つきを気にしている様子からも、彼が冷酷とは随分思えない。
極度の人嫌いというか、自分の目を気にして避けているだけなんじゃないのか。
(……噂は噂に過ぎないんだろうな)
誤解を解きに来た公爵には、そんな印象を受けた。
「レリオーズ嬢に、一つお聞きしたいことがあって」
「はい」
「レリオーズ嬢は、この目が怖くないのでしょうか」
改めて公爵様の目を見るものの、怖いとは全く思わなかった。
「……怖くはないですね。むしろ羨ましいと思います」
「羨ましい、ですか?」
「はい。怖がられやすい顔立ちって、それだけで相手に侮られないので」
素直に答えると、公爵様はぽかんとした顔になっていた。
(……しまった。本音で答え過ぎた)
レリオーズ侯爵家という自宅にいるからか、どうしても気が抜けて淑女らしさが抜け落ちてしまう。
ただ、羨ましいと思ったのは事実だ。
人から舐められないのは、社交界で考えれば得でしかない。私ももう少しキツイつり目だったら良かったのにと思ったことが何度もあった。
「……そんなことを言われたのは初めてです」
「そうなのですか?」
「はい。……今までは怖がられてきて、人が寄り付かなかったもので」
なるほど、自分の魅力に気が付く機会がなかったということか。
それは何というか、もったいないなと思ってしまった。
「怖がられるって、何も悪いことだけではないと思います。圧が凄ければ、相手に舐められ――こほん。下に見られることはないと思うので。もちろん、公爵という肩書があればそもそも下に見てくる方はいらっしゃらないかもしれませんが」
この論は公爵という肩書があれば関係ないかもしれないが、悪いことばかりではないと知ってほしかった。
「とても……素敵な考え方ですね」
「……良いように考えるようにはしています」
褒められるほどのことではないと思いつつも、公爵様が嬉しそうにしているのは気分が良かった。
「レリオーズ嬢はとても素敵な方だと思います。今もこうして、私の目を見てくださるので」
「人と目を見て話すのは当然のことですよ」
そう当たり前のことを言ったつもりだったが、公爵様は嬉しそうに口元を緩めた。すると、真剣そうな面持ちでじっと私の目を見た。
「レリオーズ嬢。私に貴女の一日をいただけませんか?」
「一日……ですか?」
「はい」
突然の申し出にキョトンとしてしまう。
私を誘って何がしたかったかわからなかったけど、男がこんな真剣な顔で頼むんだ。断る理由はない。
「私でいいのなら、喜んで」
「ありがとうございます……!」
こんなことを言うのも失礼だが、とても鋭い目つきの人とは思えないほどの喜びようだった。
(……なるほどな。喜んでる時でも目つきは変わらないのか。これは相当苦労してきただろうな)
私も偏見というのはそう簡単に変えられるものではない。特に見た目から醸し出される雰囲気は、話してみないと解消しないはずだ。公爵様の場合、その話す機会が少なかったが故にあんな噂が流れ続けているのだろうと勝手に推測した。
一日を渡すことになったので、お互いに都合のいい日がないか調整した。
「では、二日後。またお迎えに上がります」
「はい、お待ちしております」
こうして公爵様はレリオーズ侯爵家を後にした。
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