第2話 ガン飛ばされたら睨み返すのが基本
その後も、同い年の令嬢方に挨拶をして知り合いになったり、たまたま遭遇した両親の挨拶に顔を出したりと、順調にデビュタントをこなしていた。
「よくできているわよ、アンジェ」
「ありがとうございます」
今日の私はどうやら調子がいいようで、まだ一度たりともボロが出ていない。
穏やかな気持ちで挨拶を続けていると、どこからか視線を感じ始めた。
(なんだ、この気配……)
誰かにじっと見られている気がする。理由はわからないけど、とにかく視線の主を探すべきだ。
姉様が軽食を口にしている隣で、私は周囲を見渡し始めた。
(あそこか……!)
視線の正体を見つけた瞬間、私は男性とバッチリ目が合った。
(……なんだあれ。なんであんなガン飛ばしてくるんだ?)
視線の主は、少し離れた場所からこっちを睨んでいた。その相手は私なのかと疑ってしまうくらい強い視線だったけれど、周囲をもう一度確認してもそれらしき人物はいなかった。
(姉様は舐められるなって言ってた。……ガン飛ばされたら、睨み返すのは基本だろ。ここで目を背けたらひよったと思われる)
私は負けるかという気持ちで、睨み返した。
(睨むってことは、私のことが気に食わないんだろうけど、それなら直接言えよな。女じゃなくて男なんだから)
相手はいかにもガタイの良い男性で、圧のある雰囲気があった。他にわかるのは、綺麗な銀髪だというだけだ。
(もしかしてビビらそうとしてんのか? ……理由はわかんないけど)
色々考えながらも、明確に頭の中にあったのは目を逸らしたら負けと言うことだった。
「何しているの、アンジェリカ」
クリスタ姉様の声に、私は瞬時に目を伏せた。証拠隠滅のためだ。
(まずい、クリスタ姉様が私を愛称で呼ばない時は怒ってる時だ……!)
隣にいたのだから、睨んでいるのも絶対にバレた。そうわかっていても、ごまかしてしまう。
「な、何も」
「そうかしら? 私にはアンジェリカが誰かを睨んでいるように見えたけど」
丁寧な口調だけど、声色は冷ややかなものだった。私は観念して理由を話そうと顔を上げる。
「あれは誰かじゃなくて――」
いない。そこには睨んできたはずの男は立っておらず、周囲を見渡しても見つからなかった。
「……いない。姉様、確かにあそこに人がいたんですけど」
「いいわ、後で聞きますから」
(あ、終わった)
有無を言わせない笑みを向けられると、私は一人心の中で合掌するのだった。
パーティーも終わりを迎え、ぞろぞろと貴族が馬車に乗り始めた。
私はと言うと、馬車に乗ってクリスタ姉様と向き合っていた。姉様の無言の圧が強すぎて、私は永遠に足元を見ていたけど。
「ねぇアンジェリカ」
「はいっ」
名前を呼ばれたので、バッと顔を上げて反応する。クリスタ姉様はじっと私の方を見つめている。
「人を睨むことは品のあることかしら?」
「いえ。ありません」
ブンブンと勢いよく首を振る。
睨み返してから馬車に来る途中、私は一人で反省をしていた。何があったとしても、喧嘩を買ってしまったのは自分なのだ。
「そうよね? ……わかっているならいいわ」
「はい……」
淡々とされたお説教は、クリスタ姉様の気持ちが見えないからなお怖い。相手の顔色を窺うだなんて、前世ではやって来なかったこと。それでも、クリスタ姉様相手にはしないといけない。下手をすると地雷を踏むからだ。
しばしの沈黙が流れる中、私は声を出さないのが正解だと判断した。
「……ふぅ。いいわ。今日のアンジェは、それ以外は完璧だったもの。褒めないとね」
「姉様……」
「お疲れ様、アンジェ。これからも頑張るのよ」
「……はいっ」
クリスタ姉様のお説教は愛があるとわかるから、素直に聞き入れられる。私はようやく、作り笑顔から解放されて、心からの微笑みを浮かべることができるのだった。
確かに睨み返したのは淑女らしくなかった。それでも、私はあの男がどう見ても喧嘩を売っているようにしか思わなかったのだ。目線を外したらもういなかったのは気になったけど。
(……結局あれは私の負けか)
ほんの少しだけしょんぼりとしながら、馬車に揺られるのだった。
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