第1話 大切なのは舐められないことらしい



 王城に到着するまでの間、クリスタ姉様は私に最後の助言を送った。


「アンジェ。レリオーズ侯爵家の一員であることを忘れないで。たくさん知識を詰め込ませたし、立ち居振る舞いも教えたわ。それでも、今日何よりも大切にしないといけないのは相手に下に見られないことよ」


 その瞳は真剣なもので、私は一字一句逃さずに頭に入れる。その上で気になることは確認した。


「下に、ですか?」


「えぇ。何事も最初が肝心でしょう。アンジェは外に全く出なかったから、社交界では引きこもりと噂されているの。でも、他に社交界デビューまで顔を出していない令嬢方はいるから気にする必要はないのだけれど」


「引きこもりか」


 社交界デビューする前でも、ご令嬢方と交流する機会は何度もあるしするべきだ。


 しかし、私の場合は家族……主にクリスタ姉様から交流することを止められていたのだ。


(気を抜くとすぐに動きが雑になっちゃうんだよなぁ……)


私は一人前の淑女として外に出すのは早すぎると判断されていただけで、決して引きこもっていたわけではない。


「くだらない噂ですね」


「えぇ。憶測で物を語ることが大好きな人が多いのが社交界ですもの。だからこそ、その噂を吹き飛ばすくらい堂々としていなさい。アンジェは堂々とするのは得意でしょう」


「そうですね」


 即答すれば、クリスタ姉様はふっと微笑む。

 実際堂々とするのは得意だ。そこは前世が役に立つ。


(下に見られるなってことは、ようは舐められるなってことだよな)


 社交界は未知数な所があるけれど、姉様の言う通りにしていれば何も怖くないしそもそも怯えてもない。


 舐められない為には、威圧するのも手段だよな。よし、頑張ろう。そう気合いを密かに入れれば、姉様は先程と違って圧のある笑みを私に向けた。


「あと、どんな時もおしとやかにね」


「……はい」


 念を押す一言は、さすが姉様と言える。


 クリスタ姉様の凄いところは、〝元ヤン〟という概念を知らないにもかかわらず、私にある元ヤンの習性をどことなく察知してそれを理解しているということだ。だから今も、私が何かやらかすと思って釘を刺したのだと思う。


 クリスタ姉様の一言で背筋を伸ばしていると、王城に到着した。



 馬車の窓から外を眺めてみれば、周囲には既にたくさんの令嬢方であふれかえっていた。


「凄いな……」


 こんなにいるとは思いもしなかったので、姉様の〝下に見られるな〟という言葉の意図がわかった気がする。


 私と姉様もそこに交ざりながら、パーティー会場へと向かった。


 今日のパーティーは、年に一回王城で開催されるデビュタントがメインのパーティーだ。

 国中の十八歳の令嬢が集まり、社交界デビューを果たす会となっている。もちろん、参加者はそれだけでなく、国中の貴族が集まる場所だ。


「今日はなかったけれど、アンジェにはエスコートの練習もさせないとよね……」


 まだ何かあるんですか姉様。もう私は十分ですよ。


 そう面と向かって言えたらどんなに良かったことか。真剣な表情をしている辺り、エスコートの練習は貴族女性にとって恐らく大切なことなんだろう。


「クリスタル、アンジェリカ。そろそろ挨拶の時間だよ」


「わかりましたわ、お父様」


 私達を呼びに来た父様と母様と共に、国王陛下に謁見しに向かう。


「アンジェ。失礼のないようにね」


「はい」


 さすがの私でも、国王陛下の謁見がいかに重要で、下手をしてはいけないということくらいわかっている。私の最適解の動きとしては、とにかく喋らないということだ。もちろん淑女教育で口調は直してきたけど、中身のある話ができるかと言えば首を横に振ることになる。


(……よかった、無事終わった)


 何事もなく謁見を済ませると、各所に挨拶へ向かう両親と分かれた。私は、まずはクリスタ姉様のご友人方に挨拶をすることになった。


「クリスタル様。お久しぶりですわ」


「クリスタル様。本日のお召し物もとても素敵ですわ」


「クリスタル様、よろしければ今度お茶会に来てくださいませ」


 おぉ、クリスタ姉様はこんなにも人気なのか。それにしても、一気に話しかけるのはどうかと思うけど。姉様の耳は二つしかないんだから。


「皆様ありがとうございます。お誘いはもしよろしかったら招待状を後でいただけるかしら?」


「は、はい!」


 どうやら心配はいらなかったみたいで、クリスタ姉様は全員に丁寧な対応をしていく。私は顔には出さなかったけど、内心「姉様すげぇ」と思っていた。


「皆様、よろしければ私の妹を紹介させてくださらない?」


「もちろんですわ」


「クリスタル様の妹君……」


 ひそひそと聞こえる声が気になるものの、クリスタ姉様に視線を向けられた私は頑張って貴族らしい綺麗な笑みを作った。


「皆様初めまして。妹のアンジェリカ・レリオーズと申します。今年十八になりましたので、今回デビュタントとして参加させていただいております。よろしくお願いします」


 クリスタ姉様に教わったカーテシーを披露しながら、個人的には無駄のない挨拶を済ませた。


「まぁ、とっても素敵ね」


「クリスタル様の妹君って引きこもりじゃなかったのね」


「とてもしっかりしていらっしゃるように見えるけど」


「噂はうわさなんじゃないかしら?」


 あれで聞こえていないつもりなのだろうか。本人を目の前にしてこそこそと話す姿は気分が悪いけれど、決してそれは顔に出していけないと教わったので笑顔でい続けた。


「皆様、妹をよろしくお願いします」


「もちろんですわ」


「私の方こそ」


「よろしくお願いいたします」


 ひそひそと言っていた令嬢でもクリスタ姉様への敬意はあるようで、にこにこと返してくれた。本当に好意的に見られているかはわからないけど。


 なるほど、これが社交界か。


 クリスタ姉様の言葉を思い出した私は、改めて背筋を伸ばして堂々とあり続けた。


 

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