後編
『最後の日にこの通話アプリ消すよ。嫁さんに見られたらびっくりするだろうから。』
数日間やりとりをしていたメッセージアプリ。
月末まで出張中の彼とのやりとりは、タイムリミットを迎える。
私は仕方ないと割り切ってはいた。
お互い既婚者で、恋愛感情はない。良い友達が突然できて嬉しかった。
「大丈夫。わかってるよ。」
こんなたった1週間ちょっとで仲良しになれるなんて思っていなかった。
彼が優しくて気さくなおかげだ。
彼が名古屋から元の場所に帰る前日、少しだけ電話した。
(ちょっと寂しいかも)
これから呑み会に行くと言っていた。
明日にはアプリを消す。これで最後だ。
そう思っていたのに、突然スマートフォンの通知が鳴った。
夜中の1時だった。
『話せる?てか起きてる?』
私は寝ぼけた目を擦っていたが、このメッセージを見た途端に目が開いた。
二つ返事で「話せる」と返事をすると、すぐに電話がかかってきた。
『まだ寝てなかったの?』
「寝てたよ。通知で起きたの。」
『うわ、ごめんね。』
「大丈夫。連絡くれて嬉しかったよ。ありがとう。」
『由紀さん優しいね。』
「優しいね」の彼の声色が甘くて優しくてふわふわした。
『ふふ、眠そうな声だ。』
「眠いよ。」
『可愛いね。起きてくれたの嬉しいよ。』
「もう地元かえるんでしょ?だから電話できるの最後かなって。」
仕方ないことだと思っても、私も夫のいない日常に話し相手かできたのは嬉しかったのは本当だ。
『寂しい?』
「・・・寂しい。」
私は正直に言った。
『可愛いね。』
「うそばっかり。」
『本当だよ。ゆきさんは可愛いよ。』
「やめてよ・・・私すぐ絆されちゃうんだから。」
『え?そうなの?惚れっぽいってこと?』
正直、私は学生時代は恋愛体質だったと思う。
優しくされると好きになってしまう。それを打破したのが今の夫だ。
この少しの期間で胸のときめきを思い出した。しかしそれでも靡かなかった。靡くことができない。
現実的に考えて、結ばれることが絶対に無いのだから。
『あのさ・・・・』
「なあに?」
『ね、今のそれ超可愛い。なあに?って』
「そんなことないでしょ」
なんじゃそりゃ、と思いながら私は甘い声に耳を傾けていた。
優しい声色が、眠たい私を包む。
「てか可愛いって言い過ぎ。私別に可愛くないんだから。」
『可愛いじゃん。否定すんなよ。次そうゆうこと言ったら変なこと言って電話切るぞ』
彼がそう言った途端私はそわそわした。
「やだ・・・・まだ話す・・・切らないで。」
私は急いでそう返事した。私はわかってしまった。・・・気がする。
『変なこと言って電話切るぞ』は、本当に最後の別れだ。
私は彼が言う『変なこと』が想像ついた。
私達が一生口にできない言葉。口にしたら許されない言葉。
私達の間に流れている甘い空気と彼の甘くて優しい声色。
『やけに素直だね。本当可愛い。眠いと甘えん坊だ。俺も寂しい。』
「・・・ほんと?」
『ほんとだよ。あ、俺あの出会い系アプリもやめたよ。由紀さんは?』
「換金したらやめるつもりだよ」
『由紀さんにあんなアプリ勿体ない。ダメだよ。あれ変な男ばっかりなんだから。』
「うん・・・。やめる。」
『よし、いい子だね。由紀さんありがとね。』
「こちらこそ」
『起こしてごめんね。おやすみ。』
「おやすみ」と返して電話が切れた。
まるで、また明日も会えるかのようなさっぱりとした別れだった。
それから、彼からは連絡はない。
私も彼と連絡を取っていた通話アプリを消した。
私は不思議な虚無感に包まれた。
(私、彼が好きだったんだ・・・)
独身以来のときめきをくれた彼が。
優しく話してくれて、「可愛い」と言ってくれた彼が。
もう連絡先がわからないから一生連絡が取れない。
たった少しの間に人を好きになってしまうなんて、信じられない。
けれど、こんなに寂しいと思うなんて。
「会いたい・・・・」
そう言えたらいいのに。
絶対に会えない。
会ってはいけない。
「由紀ちゃん?大丈夫?どうしたの?」
事情を知らない夫は私を宥めてくれた。
それも私は罪悪感で溢れた。夫も裏切れない。
この気持ちは誰かに話すこともできない。
一生心の中に隠し通さなくてはいけない。
最後の電話の日、『変なこと言って電話切るぞ』と言った彼は多分私が本当は言いたかったことだ。
「好きだよ」
言えなかった。
壊せない。
彼の家庭も、自分の家庭も。
「会いたい」
「会えない」
それでも、仕方ない。
心の中に眠らせて忘れる時まで、私はこの気持ちを仕舞っておくことにした。
終
会いたい会えない 大路まりさ @tksknyttrp
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