会いたい会えない
大路まりさ
前編
『メールをするだけでお小遣いゲット!』
『顔出し不要!』
『時給最大5000円!』
そんな甘い言葉に乗せられて、私はメールレディになれるアプリケーションに登録した。
おそらく、表向きは男性向けの出会い系アプリでその相手役が私たちのようなメールレディなのだろう。
甘い言葉に乗せられて始めたメールレディ。
蓋を開けてみると男性器の写真を送り付けてくるメールや、下着見せてなどの性的な写真の要求。
いつ会えるか、いつホテルに行けるかなどのメール。
(やっぱそうですよねー)
私はやっぱりそんなもんだよな、とため息をつきながら真顔で適当に返事をした。
実際問題、そんな簡単に上手くいくはずがない。
メールなんて1通10円くらいでそんな簡単にうまくいきっこないのだ。
ただ単に私が下手くそなだけなんだろうけれど、それにしたって稼ぎにならない。
結婚してからパートタイムになって、自分が使う分くらいの稼ぎになればいいやと思って始めたものの、(普通に働いた方がマシ)と思いながらもアプリは消さずにスマートフォンに入れていた。
(うわ、通知来た)
夫の出張中、アプリから通知が来た。
『暇だったら話しません?』
何故かその時、今までの男性からのメッセージと雰囲気が違う気がした。
これまでだったら通話などは断固拒否していたが、急に(この人大丈夫そうかも?)と思った。
『いいですよ!お話しましょう』
そう返事をして、メールレディのアプリとは別のアプリを使って通話することにした。
『お!まじで電話してくれると思わなかったっす!同い年?』
明るくて気さくな声が聞こえてきた。
「えっと、今25です。」
『あ、まじ?俺も25っす!同い年っすね!俺、新(あらた)って言います。』
「私、由紀です。」
『由紀さん?あれ?アプリだとみゆきさんじゃなかった?』
「あれはその・・・本名からもじってつけてて」
『そうっすよね!本名ではやらないか!ごめんね違うアプリ誘導して。あれさ、男側は金かかるんだよね。
てかさ、由紀さん何目的だった?彼氏探し?』
私は彼の言葉にドキリとした。
まさか既婚者とは言えない。
あのアプリは出会い系アプリなのだから、男性側は女の子を探しているのだ。
『あ、もしかして彼氏いる?』
「えっと・・・その・・・」
『正直に言っていいよ。俺、今出張中で気軽に飯食いに行ける子探してただけだからさ。こっちに知り合いいなくて。』
私の戸惑いに察してくれたのか、彼は明るい口調で言った。
「えっと・・・その・・・いますよ。」
『彼氏?』
「・・・パートナー」
『え?旦那さん!?』
「そうです。」
『あははっ!旦那さんいるのにアプリやっちゃダメでしょ!あれさ、女の子ポイント貰える?』
「はい。」
『やっぱり!あのアプリすげぇよ!?女の子が裸の写真とか送ってくんの!』
私は(ですよねー)と心の中で呟いた。
あのメールレディのアプリは、男性側が画像付きメールを開くとそれもまた稼ぎになる。
『由紀さんは画像も無かったし、普通のメッセージだったから返信してラッキー!
他の子まじすげーよ。
今暇な感じっすか?』
「はい、時間あります!」
『俺も俺も!てか旦那さんは?』
「今出張中で。月末まで帰って来ないです。」
『月末までか。俺もなんだ。あとね、俺も既婚者なんだ。だからまじで相手探ししてたらごめんね。』
なんてさっぱりしたいい人なんだろう、と思った。
初めて通話をしたのに、こんなに話しやすいのは夫以来初めてだった。
「話しやすい・・・・!」
私は思わず口に出して言った。
『え?ほんと?あと普通にタメ語で話してね』
「うん!」
『てかまじでなんであのアプリやってたの?』
「あれ、メールするとお金稼げるから。」
『旦那さんと上手くいってないとか?』
「いや、全然!!むしろ仲良し」
電話越しの笑い声が、私の心を和ませた。
夫以外の異性とこんな気さくに話したのはいつぶりだろう?
夫も別に束縛するタイプではないけれど、こんなふうに誰かと通話をしたのは独身振りだった。
『由紀さん見つけてまじでラッキー。既婚者同士なら後腐れなさそうだし、話しやすいし。』
「どうゆうこと?」
『変に拗れないじゃん。お互いパートナーには言えないってか言わないし。』
「確かにね。」
『どこ住み?俺出張先が名古屋なんだ』
「東京だよ。」
『じゃあ飯は無理だな。でもほんと話し相手できて嬉しいわ。出張中退屈しないや。ゆきさんは旦那さんいなくて寂しくないの?』
「うちは仕事柄いないこと多くて。」
『そうなんだ。ひとまず月末まで仲良くしてくれる?』
「うん!」
話しやすい。
それから沢山話をした。
同い年だから、話が弾む。
アプリに登録していた顔写真の話、お互いのパートナーの話、恋愛の話。
時間はあっという間に過ぎた。
お互い、仕事の合間にメールもした。
私は不思議だった。
夫がいて、異性とやり取りする。
夫も大好きだけど、それとは違うベクトルで好意が目覚めているのは感じていた。
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