擬人の宴

双六トウジ

擬人の宴


 静かな夜のことだった。

 鮫島さめじまが仕事から自宅アパートに帰ってくると、ポストに一枚のハガキが届いていた。

【擬人の宴】と書かれたそれは、交流パーティーへの招待状だった。

 会場は海と森が近い場所。日付は次の土曜日の夜。

 題名の意味はよく分からないが、自然を眺めながら食事をするのも悪くないかも、と思った鮫島は参加することにした。


 そして待ちかねたその夜。

 腹をすかせた鮫島がパーティー会場に入ると、そこには異常と言わざるを得ない光景が広がっていた。

 動物の頭をした人型が大勢いたのである。

 狼や熊、シャチやイルカの頭が、紳士服やドレスを身にまとった人間の手でフォークと皿を持ち、種族問わず団欒している。


 はてこれは何のパーティーだろうなと鮫島が冷や汗を書いていると、頭がキツネで下はウェイターの人型が鮫島のそばにやってきた。


「やぁどうもどうもそこの旦那様、招待状はございますかね」


 鮫島がハガキを渡すと、キツネがそれに息を吹きかける。

 するとハガキが一瞬にして青々しい葉っぱに変わった。


「サメの擬人、鮫島様ですね。お初にお目にかかりやす、擬人の怪へようこそいらっしゃいました。どうぞ変化を半分解いて、ご自由にお過ごしくださいませ」


 擬人の怪、という言葉を聞いて鮫島は合点がいった。

 擬人ギジンは人間に変化へんげし、人間社会に入り込む動物たちのことだ。しかしそれは妖怪や都市伝説の類にすぎないと思っていた。が、まさか本当にいるとは。きっとこのパーティーは彼らが羽、または羽に準ずる部位を伸ばすためのものなのだろう。

 鮫島は笑顔を保ちつつ、その心臓はドクンと跳ね上がっていた。

 「(困ったな……)」

 鮫島は確かに人相が悪いと会社で評判ではあるが、きちんと人間である。「実は私は人間なんです。帰らせてもらいます」などと言えば、擬人たちはけして無事に帰してはくれないだろう。

 鮫島は擬人のふりをすることに決めた。といっても、変化を解かなくては怪しまれる。さてどうしたものかと悩んでいると、シャチ頭が近寄ってきた。


「失礼そこの君。何故人の姿のままなんだい?」


 鮫島はええいままよ、と適当なウソを付くことにした。


「ええと、実は私、最近人間の姿に衰えを感じてきていまして。どうにか矯正しようと、しばらく人のままでいることにしているのです。皆様の輪を乱すようで申し訳ないので、早々にお暇させていただきます」


 これは上手い返しだったようで、シャチはなるほどなるほどと頷いた。


「おお友よ。君は勉強熱心で実に素晴らしい。ではぜひ、帰る前にメインディッシュを食していってくれたまえ」


 シャチは会場のど真ん中のテーブルの、大きな皿を指さした。その皿の上には良い匂いがする肉がどんと置かれている。

 その匂いに鮫島はついついよだれが出てきた。


 結局、鮫島は当初の目的通り腹を満たした。


 ≠≠≠


 会場から出た鮫島が帰りのタクシーを呼ぼうとスマートフォンを取り出すと、キキッとブレーキ音が近くで聞こえた。

 その音がした方向を向くと、ちょうどいい、タクシーだ。

 しかし鮫島はタクシーから出てきた男を見て固まった。

「マイッタ、マイッタ。遅刻シチャッタ」

 彼の顔つきが何だかホオジロザメみたいだ、と感じたからだ。


 ――サメ……、鮫島さめじま……。

 鮫島はもしやと思い彼に話しかけてみる。


「失礼、その方。貴方はさてや、サメの擬人さんでいらっしゃいますか」

「エッ、あ、はいそーデス」

「どうやら私は貴方に間違えられたようで……」


 鮫島が葉っぱに変わったハガキを手渡すと、彼はニッと笑った。それが一層ホオジロザメに似ている。


「どーもアリガトございマシタ!」

「いえいえ……では私はこれで……」


 鮫島はそそくさとその場を去り、

 サメの擬人はすぐさま会場に入った。



「え。じゃあなんだい、彼はただの人間だったのかい」

シャチは驚く。

「そーみたい、デス?」

先程の出来事を語ったサメはアホ面で首を傾げる。

「まあ確かに変化を解かないなとは思ったがねぇ」

 シャチはなるほどと頷いた。

 しかしその後すぐ、サメと同じく首を傾げる。


「あれ、でも待てよ」

「どーしますた?」

「彼、人肉を美味しく食べていたよなぁ」


 ***


 鮫島はアパートに帰るとすぐ自分のベッドに倒れこんだ。


「……擬人。人に変化し人間社会に紛れ込む畜生、か。皮肉なものだな。はは、ははは!」


 鮫島は笑った。長く、深く。

 そして笑い終わるとベッドから起き上がり、小さなキッチンへ向かう。

 冷蔵庫を開けると中には切り取られた左手があった。

 鮫島はそれを取り出し、じっくりと眺める。

 そしてその人差し指をべロリと舐めた。

「ああ、美味しい」

 鮫島はまた笑う。


 ――鮫島はいわゆる食人鬼であった。

 彼は人間を食すことに喜びを感じる舌を生まれながらに持っていた。そのことに気づいたとき、この世界では上手く立ち回って行かないといけないなと彼は悟った。さもなくば、消されるのは自分だ、と。

 以来鮫島は『普通の人間』を装っていた。

 ……けれど時折、欲望が露出することがある。

 この冷蔵庫の中の手も、その欲望の産物だ。


「だがこれは明日にしよう。今日はたらふく頂いたのだから」


 左手を冷蔵庫に戻し、鮫島はシャワーを浴びた。

 まだ暖かくならない水が頭にかかる。

 ふと、疑問が湧いた。


 ――どうして俺のもとにハガキが届いたのだろう。


「(擬人たちが俺を仲間だと思ったからか? ……では何故そう思ったのだろう)」


 鮫島サメジマという名前だからか?

 人相が悪いからか?

 それとも単に間違えただけ?


「(……或いは嗅ぎ付かれたのかもな。俺が、ヒトの擬人であることに。)」



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