霧雨
喫茶店で話がはずんで、かなり長居をしたのち、彼とわたしは、店を出た。
彼とはつきあってもう二年半になる。
そとには霧のような細かい雨が、音もなく降っていた。雨降りだというのに、やけに空が明るかった。
とても寒かったけれど、暖房の効きすぎた店内に長くいて火照ったからだには、むしろその冷たさがここちよかった。
彼は雨のなかをそのまま歩いていったが、わたしは立ち止まって、かばんから折りたたみ傘を取りだした。出かけに天気予報を見て用意していたのだ。雨足はそれほど強くなく、傘を差すほどでもなかったけれど、せっかく持ってきたのだから使わない手はない。
傘は買ってから一度も開いたことがなかったので、差すのに時間がかかった。そのあいだも、細かい霧のような雨が肩や髪をぬらした。寒い時期だったから、わたしはウールのコートを着、マフラーを巻いていた。雨はそのコートとマフラーの上に丸くなってとどまり、ガラス粒のようにきらきらと光った。
不思議なことに、雨はいつもよりずっとゆっくりと、まるでスローモーションのように落ちてきた。目をこらせば、小さな雨のひと粒ひと粒が、はっきりと捉えられるような気がした。
そうしている間にも彼はどんどん先へいってしまい、わたしはあわてて彼のあとを追った。彼の足取りはひどくゆったりとしていて、すぐに追いつけそうに思えたのだが、なかなか追いつけなかった。彼は振り返りもせず、どんどん先へいってしまう。
わたしは彼に声をかけようとしたのだけれど、なぜか声が出なかった。ただ、白い息を吐くだけだった。
わたしは必死に、ほとんど小走りのようになってあとを追った。しかし追いつくどころか、彼は雨のなかにだんだん白く霞んで、やがて見えなくなった。
タダ手帖 多田いづみ @tadaidumi
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