第10話 話のはひれ 後編
「で? 高杉はショック受けてたってわけ? はは。ありえんだろ。栞がムカデになるとかさ。ないない」
放課後、三組の掃除を手伝う徹が居た。下手に謝ったことで美憂の掃除当番を押し付けられたのだ。
体よくつけいれられた徹を直美はくすくす笑う。
「……」
武則はそんな二人を後目にもくもくと掃除をしており、直美を待っている理恵は手伝うそぶりを見せない。
「でもよ、マジで二人とも、御崎さんもほっぺたに跡があったし、美憂だって鼻が」
「井上の鼻なんてつまんでやるぐらいがちょうどいいって。あいつ、まじで嫌味だしうぜーしさ」
「直美、悪口はよくないよ」
理恵は口だけはさんで手は出さない。それでも徹が居る分、いつもより作業が早い。
「……にしてもなんでタケノコしか掃除してないんだ?」
「あたしもいるだろうが」
「デカ女はさぼってる時間の方が長いだろ」
「いつものことだし、今更気にしてないよ。高杉君、今日はありがとう」
「まあ、いいけど」
お礼を言われて素直に謙遜する徹。理恵に視線で尋ねると、彼女は頷く。
どのクラスにもいじめはある。三組の志垣先生は若くて笑顔の多い明るい先生だが、まだ経験が少ないこともあってか対応が後手になっているのかもしれない。
もし彼が何か言うのであれば徹なりに担任の立脇先生に相談しようと考える。
「なあ、何かあったら俺に言えよ。相談ぐらい受けるぞ」
「高杉に相談しても頓珍漢なこと言いそうだけどなー」
「うっさい、でかおんな!」
けらけら笑う直美に徹はむっとする。ただ、彼女のような友達もいるみたいで奈々ほどの心配もなかった。
「……じゃあ一ついいかな? 最近ね」
最後のゴミ捨てに行こうとしたところで武則は徹に向かって言う。
――最近、変な噂話が多い。それが怖くてしょうがないから対処法を知りたい。
武則の依頼に徹は任せておけと胸を叩いた。だが、何から始めるべきかわからず、ヒントを求めて図書室に来た。
「真奈、昨日のムカデの話なんだけどさ、あれって本当に真奈が咄嗟に作ったのか?」
「うん。そのつもりだったんだけど、もしかしたら本当に昔からあったのかも。こういうのなんて言うんだっけ。瓢箪から……」
「駒ね」
受験勉強中の奈々の答えに軽く拍手が起きる。
「小さいコマぐらいなら入りそうだけどな」
「駒は騎兵ね。コマでも驚くかもしれないけど、そういうのが急に現れたらっていうことわざみたいよ」
「ふーん、急に現れたら……。本が急に落ちて真奈の手が出て……」
他人を驚かせる話の作り方は案外瓢箪から駒が出たと言い張るようなものかもしれない。徹は澪を驚かそうとしたときにことを思い出し案外噂の出どころもみんなが相手を脅かそうとしただけかも。だが、それなら美憂と澄子は?
「なあ、ムカデって毒あるのか?」
「ムカデってけっこうでかいんだぜ?」
健介が読書感想文用の本を探す手を止めて昆虫図鑑を持ってくる。
木をよじ登る写真からも大きさが分かる。そして牙も大きい。毒がなくともこれに噛まれたら跡が残りそうだった。
「……なあ、ムカデに噛まれたってのは嘘じゃないか?」
「そりゃそうだろ。鼻程度だったら簡単に齧り取れるって。大方、鼻を挟んで寝てたとかじゃないか?」
「くそ、井上のやつ、俺を騙したな!」
美憂の性格と徹の単純さに今更と誰も同調しない。ただ、これで美憂の鼻の件はわかった。多分、彼女は鼻の跡を言われるのが恥ずかしくて嘘をついたのだろう。となると澄子はおそらく自分をからかうつもりで顔に爪で痕をつけただけ。冷静になって考えれば全て辻褄が合う話だった。
「なるほど、真奈の咄嗟の話を利用したってわけか。井上らしいな」
澄子の話をすると説明が面倒なので隠しておく。これで三組に流れた噂は解決だが、残りの話はどうだろう。
「残りは鬼と蛇か。鬼が変装してるってのは……どうすりゃいいんだろ」
「頬をつねるでいいんじゃないのか? ほら、鬼はつままれた程度じゃひるまないみたいな」
「うーん……、つねるのはどうしてなんだろう」
「多分、狐につままれるっていう言葉と混ざってるんじゃないかしら? 最近、そんな言葉を教わったっていう子が居たわ」
「なるほど、最近の噂は教わったことが混ざって変化してったわけか」
奈々の話に健介が頷く。徹も真奈も話に尾ひれを付けた時を思い出し、図星だと照れてしまう。
「でも、そうなると対処法は無いってことか? うーん、困ったな」
「そんなの簡単だろ? 要するに対処法を追加すりゃいいんだよ」
健介は顎に手を当てて斜め上を見る。何かあるのかと上を見ると、天井の隅にクモが居た……。
黒蛇を閉じ込めると災厄がとどまってしまう。だから逃がして追い出し、追い払う必要がある。蛇は身を隠すために花壇や叢を移動するので、水を撒いていづらくさせる。生き物の死骸は餌になるからみだりにつかまえず、死骸は埋める。
対処法の噂を作った徹は女子バレー部やサッカー部、鬼瓦アイアンズにと吹聴してまわった。
これらは花壇への水やりや、花壇の整備をさせる意味合いを持たせた。
最初こそ熱心に水やりをしていたが、面倒になったのか簡単な方法が追加されていき、最後には鬼や蛇への恐怖も昔話程度になって誰も話題にしなくなった。
「おーい、タケノコ~!」
放課後、今日も掃除当番な武則を呼び止める徹。彼がのそのそ歩いているのを見てゴミ箱を奪い取ると、さっさとゴミ箱にすてると息を切らして戻ってくる。
「ありがと、高杉君」
「どうだ、噂話の対処法つくったぞ! 噂自体誰もしてないけどな」
「え? あ、ああうん。ありがと」
彼は一瞬目を泳がせた後、笑顔を返す。
「そっか。だから最近聞かなくなったんだ。高杉君は凄いなあ」
「いやあ、それほどでも。ま、ほとんど奈々とか健介が考えたんだけどな。その後も大変だったぜ。サッカー部とか野球部とかに一日入部して噂をしてたんだ」
「流石だなあ。僕にはとてもできないよ」
素直に感心した様子で武則は言う。普段、勘違いだの読み間違いなど言われ放題な徹は彼の誉め言葉がこそばゆい。へらへらした顔もしまりが無いと、図書室へと急いだ。
「それにしても変だよな。なんでそんな噂が急に流れたんだろ」
健介は未だに終わらない読書感想文に四苦八苦していた。論理性を優先してしまう彼は登場人物に寄り添うよりも自分の考える解決策を書いてしまう。そのせいで真面目で堅物な担任の立脇真一の頭を悩ませていた。
「え? そりゃあ……やっぱり」
ここ数週間を思い出す。最初は演劇部の研修を愛から伝え聞いた。もしかしたら愛も人気を惹きたくて何か追加をしていたかもしれない。
「なあ、中倉は……」
綾子の名前を出すと奈々と真奈の表情が硬くなる。彼女がいじめっ子だったと思い出し、一人図書室を出る。
少しだけ気になった。彼女も例の話を聞いていたはずだから……。
綾子はたまに旧校舎を探検しており、今日は音楽室を歩いていた。もし夜に訪れたら音色が流れそうな雰囲気だ。よく一人で歩けるものだと感心してしまう。
「私が噂を吹聴? しないわよ。あんた達みたいな田舎者じゃないんだから」
つまらないことで呼び止めるなと言いたそうな彼女は半眼で徹を睨む。
「そうだ、柳瀬の話は正確だったか?」
「いいえ」
「え!? やっぱりそうなのか」
こともなげに言い切る綾子に徹は愛が原因なのかと考える。
「そりゃそうでしょ。だって演劇部員達がみんなでつくる物語だって言ってたもの。自分が怖いと思うものを追加して噂を作ろうってさ」
「え? じゃあ、なんだ、みんなそれで噂を作ってたのか。じゃあ俺はみんなが遊んでたのを無理やり終わらせちゃったのか」
「高杉、それってどういう意味?」
「ああ、タケノコに頼まれて噂の対処法を知りたいっていうから、健介たちと考えて噂を流したんだ」
「ふーん。なるほど? でも対処法を作っただけで、なんで無くなるのよ」
「面倒な対処法にしたからだんだん面倒くさくなってじゃないかって」
「ふふふ。ある意味お手柄なんじゃないの?」
「でも、みんなが遊んでるのに邪魔しちゃったんだぞ」
「口裂け女ってしってるかしら?」
「……いくら田舎でもそれぐらい知ってるぞ。人の顔した犬を飼ってる2メートルのコートの女だろ?」
「色々混ざってるわね。まあモデル像はどうでもいいわ。重要なのはそれを信じる人。トレンチコートを着た人を見て、それでヒステリーを起こした子が居もしない怪物を見たと警察に電話したのよ。迷惑な話よね」
「ヒステリーって怒るとか?」
「極度の不満や不安を感じたときに感情が制御できない状態。端的に言うと動物的な状態かしらね。そういう事件が昔いろいろなところであったから、私のいた学校でもそういう話は禁止だったわ。鬼瓦ではそういうの無いみたいだけどね」
「そうだったのか。じゃあ、怖い噂は無い方がいいってことか?」
「端的に言うとそういうことね。というか、そいつら怪しくないかしら?」
「そいつら?」
「演劇部よ」
始まりは彼らの道路での演劇だった……。
大城大学演劇サークルが公民館でたまに行う敬老会への慰問公演。徹は綾子と一緒に公民館に訪れていた。
普段ならイベント事を楽しむ性格だが、今日は毛色が違った。徹は険しい顔で劇を見つめていた。
一様の拍手に合わせて手を叩き、舞台袖で片付けを始めたところで代表らしき男性に声をかける。
「あの、どうして噂を追加するように言ったんですか?」
「え? ああ、キミ達は鬼瓦校の子かな? 追加というと、何のことかなあ」
「この前、通学路で演劇してたでしょ? その時に怪談話をみんなで作って話そうって」
「ああ、そのことか。うんそうだね。ぼくはみんなにお話を作る、創作活動の楽しさを知ってほしいんだ。だからさ。それに今年度は始まったばかり。みんなが新しい友達と話すきっかけづくりを兼ねてのことなんだよ。キミ達は仲の良い友達同士、いやそれ以上の関係かな? でも、そうでもない子達が一歩を踏み出すためのきっかけ作りをしたいんだ。おせっかい、だったかなあ?」
「いえ、それはいいことだと……」
創作の授業は国語の授業で行ったことがある。その時は勉強なので義務感が強くて面白くなかった。けれど学外でみんなであーでもないこーでもないと話すのは楽しいことかもしれない。確かに彼の言うように話すきっかけに適しているような気がした。
「そうね。余計なことだわ」
しかし、綾子はきっぱりと断言する。男はふっと噴き出す。彼女の失礼な態度を笑い飛ばす程度には鬼瓦校生の生意気ぶりへの理解があるのだろう。
「創作といえば聞こえはいいけどこの場合、対処法という強制力をもたせた嘘をつかせることだわ。口裂け女と一緒。目立ちたがりに嘘をつかせてエスカレートさせるようなやり口は自己顕示欲を悪い意味で育てることになるかもね」
「おいおい中倉、そんな言い方はないだろ。すみません、こいつすーぐこうやって生意気なことを言う奴で」
年上への敬意をみせない綾子に徹は驚いて謝意を示す。彼女は澄子と同じで猫を被るタイプなのに、今日に限ってどこに捨てて来たのか。
「あっくんがいってた、いーちゃんがしってる……。私、転校してきたんだけど前の学校でもみんなが怖い噂を作っていった結果、集団ヒステリーを起こして泡拭いて倒れた子がいたわ。自分達で作ったはずなのに強く信じ込んでしまって今も電気をつけてないと眠れない子も居るの。そういうのは軽はずみで作った怖い話が原因。あなた達、そういう事故を起こすのが目的なんじゃない?」
「心外だなあ。私たちはそんなつもりではないよ」
「嘘。だからあなた達は言ったのよ。怖い噂を作ろうって。大方地元で起きた事件を元に演劇のシナリオでも作るつもりだったとか? 老人相手にしか演劇ができない劇団なら、耳目を誘えるニュースが欲しいのかもね」
「……」
「お、おい、中倉。その辺で……」
やめさせるべきなのだろうか? 徹も実のところ気になっていたことであり、自分と違って疑い深い彼女なら相応の指摘ができるのかもと期待してしまう。
「なんていう話を作ったんですけど、どうですか? 怖いと思うんですけど」
「……はは、そうだねえ。面白い怖い話だったよ。次の演劇の台本にしたいぐらいだ」
口元は笑っているが瞳は別。怒っているわけでもなく、光が見えないそんな視線を向けていた。
「それじゃあ高杉、帰るわよ」
「え? あ、ああ、うん。それじゃあ今日はお疲れ様でした。また鬼瓦の敬老会に劇をお願いします」
「うん、それじゃあね」
今度はにっこり目をつぶる。そのせいでやはり瞳が見えなかった。
鬼瓦村奇譚 小春十三 @koharu13
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