第2話 裏切り

高校二年の冬、翔琉は大学へ進学するため、勉強に励んでいた。特に、英語が得意で、英語の成績はトップだった。好きなことへの執着心は人一倍強く、努力は惜しまない性格だった。冬休みに入る前、翔琉は二年連続でクラスが同じだった陽向に告白し、交際していた。二人は、とにかく仲が良く、いつのまにか離れている時間を極端に少なくするほどお互いに依存してしまっていた。翔琉は、依存してしまっていたことを、その後死ぬほど後悔することになる。

陽向はサッカー部のマネージャーで、天然な性格だったため、よくからかわれてはいたが、立派にマネージャーの仕事を果たしていた。

二人の高校のサッカー部は、全国大会に出場するほどの強豪校で、部内恋愛禁止などかなり厳しいルールが多かった。

陽向は、部活の長い練習のサポートで疲れた後でも、迷わず翔琉の家まで会いに行っていた。

そんな幸せな日々が続き、新年を迎えた。

翔琉は、正月だからと言って、なまけもののようにだらだらと過ごしていた。

ある日、陽向から電話がしたいという連絡がきた。

翔琉のことがとにかく好きだった陽向は、なぜか電話は嫌いだった。

翔琉はすぐに返信して、電話をかけた。

「どうしたの?電話なんてめずらしいじゃん」

「ごめんね、急に。ちょっとはなしたいことあって。」

「全然いいけど。どうしたの?なんかあった?」

「翔琉にはちょっと聞きたくない話かもしれないんだけど、聞いてくれる?」

翔琉は優しく相槌を打ちながら、陽向の話を聞いていた。

陽向の声は、今まで聞いたことがないほど暗く、落ち込んでいるように感じた。

「同じクラスにさ、サッカー部の正樹いるじゃん。なんか私の噂を流してるみたいで」

「どんな噂?」

「前にね、私と正樹が付き合ってたことがあるの」

聞いたこともない話を聞いて翔琉はかなり驚いたが、何も言わずに話を聞き続けた。

「うん。それで?」

「一回カラオケに誘われてね、その時は何も思わずに遊びに行ったの」

「まあカラオケくらいならね」

「でも、部屋に入った途端急に押し倒されて、その、」

陽向はかなり話しづらそうにしていた。

「ちゃんと聞くから大丈夫だよ。それで?」

「その、無理やりだったんだけど、いれられたの」

心臓がぎゅっと絞まる感覚がした。まさかこんな話を聞かされるとは思っていなかったからだ。

陽向はまた話し始めた。

「その時は、痛くて私が泣いちゃって、途中で帰ったんだけど。その後から正樹から返信も来なくなって。学校でも無視されるようになったの。それで最近、私がすごい乗り気でヤらせてくれたって部活で話してるらしくて。翔琉に変な話のまま伝わる前に話しておきたかったんだよね」

淡々と話す陽向の声を翔琉はただ聞くことしかできなかった。好きな人の、ましてや恋人のこんな話を聞かされてしまっては無理もない。

必死に心の驚きとショックを抑えながら、翔琉は話し始めた。

「そうだったんだ。言いにくかったよね。話してくれてありがとう。俺と付き合う前のことだし、陽向を一番信用してるから大丈夫だよ。」

「私、部活に行ってもみんなからそういう目で見られてる気がして、すごく怖くて、もう学校も行きたくないの」

かなり思いつめた様子だった。

翔琉は、とてつもないショックと共に、

「この子は俺が守らないと」という正義感を感じていた。

「大丈夫だよ。俺がいるから」

そう言って陽向を安心させ、その日の電話は終わったが、心がざわついて翔琉は眠れなかった。

新学期が始まり、陽向への心配をしながら翔琉は学校へ向かった。

教室に入ると、そこには教室の端っこの席にぽつんと座る陽向の姿があった。

かなり暗い表情で今にも泣きそうな状態だった。

「陽向。大丈夫?」

「うん。クラスまた一緒だったね」

陽向は明るそうに返事をしたが、明らかに無理をしている。

翔琉はチャイムがなるまで陽向の傍に座っていた。

何と声をかければいいか分からず、ただ傍に座っていることしかできない自分を情けなく感じた。

その日は無事に終わり、ずっと暗い表情で歩く陽向を家まで送ってから、翔琉は家に帰った。

家に着いた瞬間、電話がかかってきた。

陽向からだった。

翔琉は陽向から驚く話を聞かされた。

陽向が言うには、カラオケで襲われた際、途中で痛くてやめたというのは本当だが、実際には行為を受け入れていたらしい。よく考えれば、泣くほど嫌ならば、無理やりにでも振り払って逃げればよかったのではないかと翔琉は思った。

それをしなかったということは、彼女は乗り気とまでは言わなくても、受け入れたということだ。彼氏を傷つけたくなくて、嘘をついたのだろうと思うのと同時に、翔琉は陽向に不信感を覚えた。

さらに、噂はどんどん広がっており、サッカー部だけではなく、クラスメイトまで広がっているという。だれも信用できなくなっている状況の中でどうしたらいいか分からなくなっているという話を、突然に翔琉は聞かされた。

この時、翔琉は内心、陽向への心配よりも、嘘をつかれたことへのショックのほうが大きかった。高校生とは言っても精神的にはまだまだ子供だった。

それでも翔琉は必死にショックを抑えて、陽向を安心させる言葉をかけた。

「翔琉。私が今信用してるのは翔琉だけなの。だから、翔琉もクラスで誰とも話さないでほしいの。私のところに来て、私とだけ話をして。」

この時、翔琉は陽向を心配するあまり、そのお願いを受けれてしまった。

その後、陽向と翔琉はクラスで完全に孤立し、二人でたまに話す程度だった。

しかし、陽向は部活のマネージャーということもあり、部員から話しかけられれば

無視するわけにはいかなかった。陽向が楽しそうに笑いながら話している。翔琉が感じたのは陽向が話せるようになった安堵ではなく、嫉妬と怒りだった。どうして自分は誰とも話さないようにしているのにあいつはあんなに楽しそうにしているのだと。

それからしばらく経ち、陽向はだんだん気持ちが回復してきたのか、普通にクラスメイトと話をするようになった。一方、翔琉はクラスで完全に孤立し、友達関係を修復しようにも、どうしたらいいか分からなくなっていた。さらに、陽向は翔琉と話しているところを部員に見られると、また変な噂を流されるかもしれないという理由で学校内では翔琉とはまったく話さなくなった。翔琉にとって、陽向は唯一の話し相手で信用できる存在だったのに、その彼女にも裏切られたと翔琉は思った。

涙が流れてくる。いろいろな感情が入り乱れて、心がぐちゃぐちゃになった。


そして、次の日、翔琉は別れを切り出した。

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あの頃の後悔 @f_slh28

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