終章 旅の終わりに、あるいは始まりに

 京都駅構内にはあらゆるお土産が揃っている。箱詰めのお菓子に、お酒に漬物、ゴテゴテと装飾が施された刀のキーホルダーもあるし、「日本」とでかでかと書かれた扇子だってある。特に京都で売らなくてもいいのではないかと思う物もあるが、学ラン姿の中学生が、目の前でその扇子を二本買っていったのでルディは商いの奥深さを身につまされた。需要バランスがぶっ壊れている。

 ルディが他の人たちの買い物を眺めている間、隣のミーナは頭を抱えて唸っていた。

「本当に買わなくて大丈夫なんですか?」

「全然平気よ……」

 新幹線が来るまでにまだ余裕があったので、意気揚々とお店の新商品予備軍となるお土産を選び始めたミーナだったが、未だ戦利品はゼロ。巫女さんに言われた通り、自分のフィーリングでお土産を決めようとしているらしいのだが、何かを手に取る度に「ダメね……」と悲しく呟いてはそのお土産を元に戻す作業を繰り返している。

「雑念が……あの巫女さんて神様だったのよね。ちゃんと守らなきゃなのに……」

 話を聞くと、どうしても手に取る度に『お店でどう使うか』という邪な感情が混じってしまい、何も買えないのだそう。ここら辺には進歩がないようだ。

 腕時計を見るとまだ午後七時。一時間程出発時刻まで余裕がある。

「一回お茶でも飲んでリフレッシュしましょうか」

 中央口地下のお土産屋さんを後にして、そのまま二階へ上がると、昨日京都に着いた時に見ていた和菓子屋が目についた。

 お茶を飲みながらあれやこれや話すが、その間ミーナはお菓子に手を付けない。食べるよりも眺めていた方が楽しいようだ。

「お爺さんはちゃんとあそこから帰れたかしらね」

「大丈夫ですよ。結界というのは入るのは難しいですが出るのは簡単です」

「そうじゃなくて、……え~と、折り合いっていうか。……結局離れ離れになるからまた寂しがるんじゃないかしら」

「あのお爺さん演技得意ですからね……。でもほら、恐らく来年も会えるんですよ。遠野さん自身が輝夜さんを呼ぶ儀式を作る……いや改めて凄いですね、それ。行動力がもう化け物のそれですよ」

「化け物……ねぇ」

 ミーナは呟いてお茶を啜る。

「そんなに気になるなら会いに行ってみますか? あれだけ顔が広い人ですから、適当にそこら辺の人に聞けばすぐ見つかるでしょう」

「う~んそれはいいわ。明日からまた仕事だし。輝夜ちゃんと話してるの見たら大丈夫だってわかるのよ。それなのに気になるのは私のただの好奇心。…………好奇心で首を突っ込まれたり見世物みたいになるのは嫌だもの。お爺さんだってそうだと思うわ」

 その時、店の入り口が勢いよく開き、店員が挨拶するよりも早く店内にずかずかと入って来る人影が見えた。店の落ち着いた雰囲気をぶち壊すような大きな足音を持つその人物はルディたちが座っている席の前に辿り着くと、テーブルにバンと手を突く。

「見つけたぁぞぃぃ!」

「うっるさ……」

 遠野が手に紙袋を沢山提げて現れた。

 店員に注意されて頭をペコペコ頭を下げながら、遠野はミーナの隣に当たり前のように座る。ミーナは食べかけの羊羹をススと自分の方に寄せていた。

「さすがに人の羊羹は取らんわい」

「どうかしら」

 遠野は紙袋の中身をテーブルにいそいそと並べ始める。それは日本酒や飴、唐辛子など、京都のお土産ばかり。

「これは昨日川床で飲んだ日本酒じゃな。そんでこれは祇園の飴屋の季節限定、あと……ああ、これも祇園じゃな。この唐辛子めっちゃ辛い。金色なだけあるわい。おっと、あぶり餅も持ち帰り用を買って来てもらったぞ。金閣と一緒に入れておいた」

「ちょ、ちょっと何なのよこんな所でお店広げて」

「いや、わしのおすすめお土産じゃ。わしというか帰省する大学生の人気っちゅうか」

「だから何でそれを急に」

「わしが持たせたいからじゃ!」

「いやだから何で」

 遠野はミーナを無視して、紙袋に詰めなおした後強引に押し付けている。

「お礼ぐらいさせて欲しいからに決まってるじゃろ」

 ミーナに握らせたパンパンの紙袋を満足そうに見ながら、遠野は静かに零した。

「ありがとう。最後に会えて良かったわい」

 呵々と笑う遠野。その顔を見ていたミーナは、溜め息をつくと紙袋に入れてもらったお土産を覗き込んだ。

「……ありがと。お土産決まらなくて困ってたの」

「お礼はお互い様じゃろう。わしの方はまだ言い足りないがの」

「……そんな、らしくない事言わないでよ、気持ち悪いわね。別に私達も楽しんでたし。案内もしてもらったし、いい旅行だったわ。むしろお土産まで何だか悪いわね」

 遠野が何処でも誰とでも楽しく飲み明かす事が出来る理由がルディにはわかった気がした。図々しくやかましいが、こうして何でも全力で、感謝だって何だって、どんどん行動に起こせるからこそ、遠野は遠野なのだ。

 ミーナが「ししし」と笑っている。

 それに合わせて遠野もにやりと笑った。

「今、悪い、って言ったか?」

「え、言ったけど」

「ルディ君、聞いたか?」

「え、聞きましたけど」

 ふはは、と今度は悪魔みたいな笑い方をして立ち上がると、遠野はミーナの眉間目がけて指を差した。

「そんなに悪いと思ったなら恩返しせい! 来年はおごって貰うとするかの! 一年待ちの京懐石があってのう、一度食べてみたかったんじゃ!」

「はぁ!? 何よそれ! それならいらないわ!」

「いや、もう渡したからのう! 連絡先も入れたから、頼んだぞ!」

 がははと笑いながら、遠野は嵐のように去って行った。笑い方のバリエーションの多い事多い事。

 店員はあっけに取られて挨拶を忘れていたし、他の人の会話も一瞬止まってしまっていた。シンとした店内で扉の閉まる音が虚しく響く時間の気まずさ。

「何なのあのじいさん!」

「最後までやかましかったですね……。あ、言わなくて良かったですかね。来年また輝夜さんに会えるって事」

「いいわよ内緒で。来年びっくりすれば良いんだわ。その時の泣いた顔を見てやりましょうよ。絶対からかう事にしたわ」

 ぷんすかしながらミーナは遠野に入れられた土産を探り、名刺サイズの紙を見つけ出した。そこに書きなぐってあった遠野の文字を見て、ルディは思わず吹き出してしまう。

「ふふふ、こんなこと言われるのは初めてですね」

「ほんと、勝手過ぎよ。仕方ないわね」

 ミーナが指でくるくる弄ぶそのメッセージカードを、ルディたちはしばらく眺めていた。

『いつでも帰って来い!』

 連絡先と共にそんなメッセージが書いてあった。

 帰る。

「悪くないわね」

「ですねぇ」

 ミーナと顔を見合わせて、何だかおかしくなって笑った。


        ☆


 地鳴りのような音が微かに空間を包む、新幹線の車内。時折来る車内販売の落ち着いた声の他には喋り声は聞こえず、車両ごと眠りに落ちているようだった。

 新幹線は予定通りルディたちを乗せて、景色を飛ばして東へと。

「何も見えませんねぇ……」

 せっかく窓際の席に座ったルディだったが、日はとっぷり暮れていて外の景色は黒一色。

 諦めて隣の席を見ると、ミーナがお土産を抱きしめながらすぅすぅと寝息を立ててた。

 足元に置けばいいのに。

 そんなに抱きしめたら、中のお土産が潰れてしまいますよ。

「…………」

 そんな事を思っていると、ルディの瞼も重くなって来た。

 一定のリズムで揺れる座席が心地いい。

 目を瞑ったら、もう新横浜まですぐだろう。


 夢でも見ながら帰る事にしよう。

 きっといい夢に決まっている。


 起きた時に、温かくなるような。

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まにまに吸血紀行 紫野一歩 @4no1ho

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