第44話 転戦

 南にいた魔族を打ち倒し、再び防壁の内側へと帰ってきた。レッサーデーモンの何匹かは飛んで逃げてしまったが、長居はできず置いてきた。最後尾が入場するなり、急ぎ門が閉ざされた。瞬間、辺り一帯を揺るがす大歓声が揚がった。防壁の上では、なおも弓兵が休むことなく矢を放ち続けている。

 ざっと見回したところ、仲間の被害は当初想定したより、かなり少なかった。アークデーモンが突出してきたときは慌てたが、結果的には好転した形だ。唯一の懸念は魔石を失った中級魔族サジャ=イナンが復活した経緯だが、これは考えても仕方なかった。

『次は、どこへ向かう。東か西か、それとも一気に北へ向かうか』

『心情としては北に行きたいが、作戦全体を考慮すれば東か西だろうな』

 だが、しかし。

「西門に急変ありっ。魔族を倒しに向かった一行が全滅したものと思われますっ」

 頭上で旗を上下に振って、作戦の失敗を伝えていた。

「バカなっ、いくらなんでも早すぎるっ」

 魔族を討伐する兵以外、大盾と長槍を装備しての速攻だった。それでいて守りに重点を置くように何度もいった。それが、こんなに早く敗北するとは考えられない。

「まさか、あの貴族連中、こっちの作戦を無視したのかっ」

 南門の早期達成は、あくまでも相手の不用意な突出が要因だった。

『でも、ここは行くしかないぞ』

『わかっているが……くそっ、魔族よりも忌ま忌ましいっ』

 内心で悪態をつきながら、エキドナは馬首を西へと向けた。

「西だっ。西に向かうぞっ。戦意を失っていない者はついて来てくれっ」

 なかには馬が、なかなか言うことを聞いてくれない者もいたが、それでもダンタリオンが走り出すと、ほとんどの部隊がついて来てくれた。

 どうやらアークデーモン撃破により、士気は思いのほか上がっているようだ。

「これならまだ戦えるっ」

 そんな仲間たちを心強く思いながら、

「……頼むぞ、ライナス。そっちは簡単にやられてくれるなよ」

 心の一端は、しかし今も戦っているはずの北門へと向けられていた。

『……エキドナ、ちょっと考えたんだけど聞いてくれるか?』

 そして僕は、あるいは馬鹿げた提案をエキドナにした。


「くっ」

 奥歯を強く噛みしめて、ライナスが大きく横へと回避する。その脇を、圧倒的破壊力を秘めた不可視の波動が通りすぎて行った。

 ついで弾けた破砕音は、数人の兵士と一緒に、複数体の魔物が同時だった。

「こいつ、敵も味方もお構いなしかっ」

 魔族にとって魔物は手下であって仲間ではなかった。その証拠に、難敵アークデーモン以外の魔族もまた、魔物たちの死を物ともしなかった。

(ルールカ様とベルガンさんは、無事だろうかっ)

 不幸なことに、ルールカたちの部隊はアークデーモンと接敵した当初に放たれた巨大火炎球の被害に遭って、その時点でほとんど半壊してしまった。とっさに回避できたのはルールカとベルガン、そしてライナスくらいのものだった。

 ほかは直撃を食らって塵も残さず消し飛んだか、余波で吹き飛ぶかして重症になった。

(不幸中の幸いは、そんなアークデーモンを恐れて、魔物どころか魔族連中も近づいてこないことくらいか……)

 だが、それを幸いというには、あまりにも心許ない。

 アークデーモンが突き出す手がキラリと閃き、ライナスは反射的に横へと跳んだ。

 直後、さっきまで立っていた地面が大きく弾けて大穴が空いた。さっきから、ずっとこうだった。アークデーモンがライナスを近づけさせてくれない。

「ハルトが言った通りだな。チャンスは一度、初撃に全身全霊を込めるしかないっ」

 その瞬間は、もうライナスの中では決めてあった。

 アークデーモンの手が閃き、ライナスが回避する。そしてデーモンの右手が動き、

(いまだっ)

 炎の鞭が繰り出される一瞬の動きに反応して突っ込んでいった――。


「うわぁーっ」

 悲鳴を上げて、ルールカが馬から転がり落ちた。

 そこへ目掛け、一匹のレッサーデーモンが上空から飛来する。

「させるかぁ!」

 だが瞬時に駆けつけたベルガンがレッサーデーモンを後ろから斬りつけ、上半身と下半身を別々に引き裂いた。魔族はしばらく生きていたが、やがて動きを止めるとボロボロになって崩れていった。あとには鈍く輝く、赤ん坊の拳大の魔石が残された。

 魔族を屠ったベルガンは駆けつけた勢いのまま馬を飛び下り、ルールカの安否を確認する。見たところ、大きな怪我をしている様子はなかった。ほぉーっと大きく息を吐く。

「すまない、助かった……」

 すぐさま起き上がり、ベルガンの勧めで彼の馬に騎乗した。ルールカの馬はレッサーデーモンが放った魔法の直撃を受けて、両前足を失っていた。ひどい話だが、このまま居れば血の匂いに引かれた魔物が集まってきてしまう。すぐに離れないといけなかった。

「ライナスは無事だろうか?」

 最初にあった巨大火炎球の大爆発の際、彼とは離れてしまった。同じ方向に逃れたベルガンとは、すぐに合流したが、多くの仲間を失ったことは把握している。

「なぁに、あやつのことです。上手くやっているに決まっています」

 落ちた魔石を無造作に拾い、ベルガンは移動を始めた。

「そう、だな。あいつは私なんかより、よっぽど強いのだ。……無事に決まっている」

 馬を歩かせ、ルールカがついていく。

「…………前から思っていたのですが」

 唐突に、ベルガンが切り出した。

「もしやルールカ様は、あやつのことが好きなのですか?」

「………………」

 かなりの間を置いてから、「ぶふぅーっ」ルールカが盛大に吹き出した。

「なっ、おまえっ、ベルガンっ。おまえはこんなときにっ、一体なにを言い出すのだっ。もしかしてバカなのかっ。いやっ、もしかしなくてもバカなのかっ」

「いえ、こんなときだからこそ、むしろお聞きしているのです」

 ベルガンは一貫して茶化すことなく、真面目な顔で聞いていた。

 ルールカも理解したらしく、彼女なりに真面目に考えてみたが、

「正直わからん。もちろん、友として、仲間としては好意的に思っているぞ。だが、そんなことは考えたこともなかったからな。私には、よくわからんよ」

「そうですか」

「ああ、そうだ」

「………………」

「………………」

 しばし沈黙が続き、ベルガンは前方に仲間の騎兵を見かけ、駆け足になった。

「え? 終わり? なに? それでいいのか?」

 馬を速歩に進ませ、ルールカが隣に並んだ。

「あ、はい、やはりこんなときに長々と聞くようなことではありませんからな」

「いや、それは私もわかっているが、さっきの会話は一体なんだったのだ?」

「あ、いえ、私もそのように聞けと言われただけでして……」

 後半はほとんど、周囲の喧騒に紛れて聞こえなかった。

「……ん? いま、なんと言った?」

 だが返事は、抜剣する動作だった。

「敵ですっ。ルールカ様っ。オークが三と……グレーターデーモンが一っ」

 新たなデーモンの出現に、ルールカも気持ちを引き締めた。だがグレーターデーモンは上空を飛行していて、まだこちらには気づいていない様子だった。

「よしっ。あれに気づかれる前に、ほかの魔物を一掃するぞっ」

 その意気込みを笑い飛ばすかのように、突如前方の魔物が騎兵とともに吹き飛んだ。

 爆発の余波が、こちらまで吹きつけてくる。

「くっ、なにが起きたっ」

 見ると、一人の戦士が魔族を戦っていた。しかも相手は上級魔族アークデーモンで。

「あれはっ、ライナスかっ」

 次々と繰り出される不可視の魔力弾を、ライナスは相手の視線や手の動きから先読みして、これを全部回避している。

「なんとっ。あいつ、あそこまで戦えたのかっ」

 そして。魔力弾と合わせて振るわれたアークデーモンの鞭の動きに合わせ、さらに深く踏み込んだライナスの身体が、

「なっ、消えたっ」

 刹那、視界から姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る