第42話 開戦
城の門を抜けたところで、ルールカたちと別れた。最後に一言「では、また」それだけを互いに告げた。これから向かう先は北と南だ、けっして交わることはない。次に会うのは闘いが終わった後だった。
ふと、脇を行く一団に目を向けると、西に貴族連中、東に騎士の一団が見えた。騎士たちは視線が合うと黙礼して通りすぎたが、貴族連中は睨みを利かせて去っていった。
『ルールカじゃないけど、騎士は礼節を尊ぶのだな』
お互い相容れるとは思わなかったが、なんとも下品な連中だと嘆かわしくなる。それでも、何もいってこないだけマシだった。
大通りを馬で歩いていくと、進行方向からやって来る市民の姿が多く目についた。
『どうやらあの領主、噂どおりの傑物らしいな』
『そうだね。城を街の人たちの避難場所として開放してるみたいだ。……それでいて、どうしてほかの貴族連中は、ああなのだろうか』
それが不思議で堪らなかった。
『貴族なんて連中は、その多くが誇りと見栄を履き違えている連中ばかりということだ。ほんとうに下らない』
『ふふっ。なんだか久しぶりに聞いた気がするよ、エキドナのそういう台詞』
なんとなく懐かしくなる。
『ほっといてくれ。どうせ私は下品な連中と同じだよ』
深読みしたらしく拗ねてしまった。
『そういうことが言いたかったわけじゃない。思い返せば、ここの人たちはいい人ばかりだったって、そう思っただけだよ』
ほんとうに、エキドナの愚痴が止まるぐらい、いい人たちだった。
エキドナが顔を背けて息を吐く。そちらに見知った顔を見つけ、軽く手を挙げた。
向こうも気づき、深く頭を下げた。一緒にいた女性二人は訳がわからない顔で、エキドナと母親を交互に見比べた。一番下の娘は母親を真似、おそらく意味もわからず頭を下げた。
『……一年か。思えば最初の半年くらいは、ロクに街には出なかったな』
そのため街の思い出は極端に少ない。多くを城の中で過ごしてしまった。だが、そこで出会った兵士たちとの交流は、そんなに悪いものじゃなかった。いや、楽しかった。
『そうだな。あいつらが帰ってくる場所くらいは、残しておいてやらないとな』
さきほど聞いたルールカの言葉が、今更のように胸の奥にじんわりと滲みた。
〈別れは寂しいかもしれないが、死に別れるよりはマシだからな〉
そんな胸の痛みを僕もエキドナも、もうとっくに知っている。
刻一刻と迫る開戦のときを待ちながら、エキドナは集まる皆を見回した。すべて騎兵で揃えられ、歩兵はいない。今回は迅速が最優先だ。彼らは全員が大きな盾と長槍を装備していた。当然、エキドナが用意させた。彼らの一番の目的は時間稼ぐことだった。
「最後に、みんなに言っておくことがある。この南の戦いは、はっきり言って外れだ。明らかに割りを食っている」
一体誰の差し金か、兵士のなかには見知った顔が多かった。かつてエキドナの指示を仰ぎ、けれど音を上げて去っていた者が多数いた。これを不満とも不安とも思わないが、生還できるかという意味においては不安が残る。
「だがそれは、アークデーモンがいるからじゃない。私はここの魔族を一掃したら、その足ですぐさま、ほかの場所にも駆けつけるつもりでいるからだ」
兵士は皆、真剣な顔をして聞いていた。
「だがそれは、けっして一人で成し得ることじゃない。だからみんなの力を貸してほしい。他人の命を助けるために、みんなの命を私に預けてほしい。ムチャな願い、酷いことを言っているのは承知の上だ。だが、その上で頼む。皆が生きて明日を迎えるために、この戦をともに闘い、そして勝とうっ」
手にする戟を頭上に掲げた瞬間、
「「おおおおおおおおぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~っ!」」
唱和する声が一斉に上がった。
『これでよかったのか、ロレン?』
『聞いての通りだ。申し分ない』
『だが私は、ロレンに言われたことを、そのまま言っただけだ。正直私には不釣り合いな言葉だよ。この声はロレン、キミに向けられたものだ』
『そんなことはない。この声は同時に、これまでのあなたの行いに対する当然の返答だ。仮に、僕が伝えた言葉が彼らの琴線に触れるものだったとしても、これを口にした人物がふさわしくなかった場合、きっと彼らは応えてくれなかったはずだ』
ふっと、エキドナが笑った。
『なら、ここは私も、ロレンの口車に乗せられるとしよう』
そして、そのときは来た。
頭上、防壁の上で旗が振られた。大きく円を描く動きだった。
きっと同じように東西、そして北でも振られているはずだった。
がっこんっ! 歯車が起動する音がした。
ギッ、ギギィ~っ! 軋む音を立てて、重たい鉄の扉が開いていく。
徐々に見えてくる草原と、その先に魔物たちの異形の姿が見えてきた。
「全騎っ、突撃ぃ~っ!」
エキドナが挙げた号令に、再度鬨の声が唱和した。
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