第40話 円卓会議
「私の従者の話を聞いた限りでは、魔物は森の中に忽然と現れたようです」
城に戻り、伯爵の許可を得て会議の場に同席させてもらった。城にある一室、巨大な円卓が置かれる広間でのこと。今はエキドナ一人が起立していた。ベルガンやライナス、卓に座った騎士や貴族連中の従者は全員、部屋の壁際に控えて立っている。
「そんなことはどうだっていいっ。問題はこれからどうするかということだっ」
集まった顔ぶれの、意外と若い者たちの中で、一際年上の初老の男が口を挟んだ。
「そんなこととは聞き捨てならないな。今回忽然と現れたということは、増援もまた忽然と現れるかもしれないということだ。それを理解した上での発言か」
「よさないかハルトっ」
叱責は見知った顔、隣に座るルールカだった。最近、様々な分野で実績が著しいとはいえ、基本的には女であり小娘でしかない立場は変わらなかった。
「私が黙ることで事態が改善するなら、いくらでも黙りましょう。ですが、そうはなりません。奴らはすでに街を囲んでいて、いつ攻めてきてもおかしくない状況なのをお忘れなく」
今も兵士たちが着々と戦の準備を進めていた。城にいる戦力は六万ほどで、敵の数を考えれば充分とはいえない。それでも守りに徹して戦えば切り抜けられない数ではなかった。
だが、それはお互いの今の戦力が基準であり、敵にだけ増援がやって来た時には一瞬で蹂躙されてもおかしくなかった。
『ガイナたちがこの場にいないのは、思いのほか厳しいな』
まだまだ不完全とはいえ、闘気法を修めていたのは現在遠征中である彼らだけだった。最初はエキドナの実験に付き合わせた彼らだったが、今となっては貴重な戦力に育っていた。あとはヨハンとライナス、手慰み程度にルールカ。ベルガンはエキドナを嫌っていたので、満月の夜に僕が教えた基礎程度しか修めていない。……独力で、どこまで成長したか。
「オルビスのいうことも一理ある」
バルツシルト伯爵が口を開いた。オルビスとは初老の男のことだ。
「私の目にも、どのみち守備を固めて戦う以外、ほかに方法がないように思える」
「「はいっ」」返事は、エキドナとオルビスがほとんど同時だった。一瞬視線を交わしたあと、先に口を開いたのはエキドナだった。
「ですが、戦いの最中に敵方にのみ増援が降って湧いた時には、私たちだけは慌てることなく、これに冷静に対処しなくてはなりません」
「それもまた然りだ」
では、どのようにして戦う。その目が語っていた。
「さきほど伯爵様が仰った籠城は、本来援軍が見込める場合にのみ取られる方法です。そして今、街を包囲された我らに増援の要請は出来ません。ですが今回の場合、奴らに糧食があるとは思えません。なのでここは時間をかけて戦えば、奴らは自滅すると思われます」
「だがそうすると、奴らは一刻も早く城を落とそうと躍起になるのではないのか?」
短期決戦が奴らの狙いだ。それ以外は考えられない。エキドナは深く頷いた。
「おそらくは、奴らは死兵と化して戦うでしょう」
死兵とは、死んだ兵士や動く死体のことじゃない。死を恐れぬ狂戦士のことだ。そして今、魔物たちは邪悪の波動によって操られ、その凶暴性を増している。
「ですが、どれだけ数が多かろうと、一度に当たることの出来る数は前面に展開している連中だけです」
「うむ」頷く声は、そこら中から上がった。飛び道具以外、これを疑う余地はない。
「そこで、お聞きしたいのですが。街の東西南北を囲む魔物たちの中で、レッサーデーモンをはじめとする魔族の姿を見かけたという報告は、どの程度上がってきているでしょうか。それというのも、さきほど南の門を抜けた直線上に魔族の姿を、アークデーモンと思しき姿を見かけたものですから、その所在と、出来れば数の確認をしておきたいのです」
アークデーモンという単語がでた瞬間、周囲からは、どよめきの声が次々と上がった。
それもそのはず。アークデーモンは有史以来、数体しか観測されたことのない上級魔族に相当する難敵だ。レッサーデーモンは準魔族、グレーターデーモンは下級魔族とされていた。
以前エキドナが倒した中級魔族は無から生じた魔族であって、例外的に自力で進化する異形の存在だった。
「でたらめを申すなっ、この痴れ者がっ。そうまでして手柄が欲しいかっ」
叫んだのは、またしてもオルビスだ。エキドナは静かに首を振る。
「手柄はいりません。今回の件が片づけば、私はここを出て行くつもりです。そんな私が手柄を欲しがるとお思いですか」
「ハルトっ」
縋る目をしてルールカが見る。だが、もう決めたことだった。
「一年前から、こんな日がくるのを想定していた。本当はもっと早いと思っていたが、それが今になっただけだ。それはルールカも知っているはずだ」
ルールカはうつむいて口を閉ざした。なにか言いたそうな気配を感じるが、だが何もいえないでいる。
「そもそも奴らは、あれだけの軍を一度に送り込んできた魔力を持ちます。そこにアークデーモンの力が働いていたとして、一体なんの不思議がありましょう。そして奴らは最初、このデーモンたちを使った魔法攻撃を仕掛けてくるはずです。ですからなんとしても、まずはデーモンたちを倒さなければいけません」
本来ならここに、ガイナたち闘気法の使い手を送りたかった。生存率が少しでも上がるからだ。できれば決死隊にはしたくない。
「だが、そうなるとやはり……」
誰かの声に、エキドナは頷いた。
「守りの厚い防壁から出て、こちらから攻めなくてはなりません」
そうなれば当然、アークデーモンを見かけた南門は、エキドナが担当することになる。
「相手の出方にもよりますが、デーモンを討つ部隊に500、これを護衛する部隊にそれぞれ1000の兵が必要になるでしょう」
「バカなっ、それが東西南北で6000だとっ。さすがに馬鹿げているぞっ」
「デーモンは翼を持った魔族のため、飛んで逃げられないようにするための弓兵が多く必要になります。こればかりは仕方ありません。ですが、この数でさえ開戦した直後でなければ意味がありません。相手の魔法攻撃によって防壁上の兵士が削られてからでは遅いのです」
しんと静まり返る円卓に、
「部隊が動いてからでは包囲される。ゆえに開戦直後でなければ無意味か」
ふと降りたのは伯爵の声。
「はい、仰る通りです」
「仮におまえのいう通りに動いたとして、どれほどの者が帰ってこられる」
「おそらくは半数ほどかと」
「アークデーモンがいて、その程度の損害で済むのか」
エキドナは首を振った。
「いいえ。アークデーモンの存在は、私が担当することになるであろう南門以外を想定しておりません」
「では。ほかの場所にアークデーモンがいた場合の損害は?」
一呼吸置いて、エキドナは答えた。
「恐れながら、生存者は『ゼロ』かと」
瞬間。小さくどよめきが起こったが、これは反論の声ではなく、やはりそうだろうという落胆の息だった。
刹那。ざわつく広間に、鎧を着た兵士が駆け込んできた。一直線に伯爵の元へと近づこうとして、小さく手を挙げた伯爵自身に止められた。
「かまわぬ。そのまま話せ」
兵士は周囲を見回した。じっと見つめる騎士や貴族連中に気圧された。逡巡の後、もう一度伯爵を見やり、小さく頷かれて覚悟を決めた。
「敵方、魔物の軍勢、その数二十万以上っ」
瞬間上がったどよめきは、過去最大の音量だった。
「さらに東西南北の防壁の直線上に、魔族グレーターデーモンとレッサーデーモンの姿を確認っ。その数、グレーターデーモンがそれぞれ5、レッサーデーモンがそれぞれ100ほどっ」
ここで終われば幸いだったが、すでに南門でアークデーモンを確認している。
「そして、南北の門にて……上級魔族、アークデーモンと思しき姿を、それぞれ確認っ」
そう告げた兵士の声は、ほとんど悲鳴に近い絶叫だった。
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