第37話 引き継がれる思い
「王都ですか?」
親しくなった兵士たちの出立を見送ったあと、これと入れ代わりにやって来た兵士に呼び止められた。儀礼的な敬礼のあと告げられたのは、すぐにルールカの元を訪れるようにとの指令だった。さっそく向かった彼女の私室で、いきなり告げられたのが先の台詞だった。
「そうだ。おそらく、これがハルトに告げる最後の指令になるだろう。内容はいつもの通りだ。これから王都に出向き、そこでまた魔道純銀の精製方法を実演付きで教えてもらいたいという、そういうお達しだ」
エキドナは顎に手を当てて考えた。魔道純銀と限定したのは、この一年で魔石の精製をしたのが、じつは数度しかなかったからだ。それほど上質の魔石の入手は困難なのだ。
「そのお達しは、王都から寄せられたものなのか、それともバルツシルト伯爵が考えたものなのかな」
「いや、おそらくバルツシルト伯爵様のお考えだろう。私も同行するように仰せつかっているからな。顔利きの意味合いがあるのだろう」
「そうか。それはやはり城の魔道士では魔道純銀の精製が出来なかったから、せめて王都にいる魔道士に作れるなら、そのほうがまだマシという考えなのだろうな」
「まあ、そうだろうな。口惜しくはあるが、このまま魔道純銀の精製方法が失われてしまうよりは遥かにマシというわけだ」
エキドナは難しい顔をして考えた。が、『う~ん。ま、いいか』答えはすぐにでた。
『なにが?』と応える間もなかった。
「魔道純銀の精製方法だがな、アレは嘘だ。あんな作り方では魔道純銀など作れないぞ」
「「はあ?」」という声は、ルールカと一緒に、そばにいたライナスが同時だった。
「魔道純銀は大地の精霊ノームを魔法陣を使って召喚し、そのなかで作ってもらうのだ。アレは錬金術でもなんでもない。ただの召喚術だ。そもそも人間がどう足掻いたところで魔道純銀なんて作れるわけがないだろう」
開いた口がふさがらないという体のまま、なおも二人は動揺していた。
「……いや、待て。なぜ今になって、そんなことを教えるのだ?」
先に我を取り戻したのは、使命に忠実なルールカだった。
「何故といわれても困るが、最初は上質の魔石がなかなか手に入らなくて、私の存在価値があまりになさ過ぎて困ったから作ったに過ぎない。それにロレンの力を考えれば、相応の武器が欲しいと考えていたからな。そうするのが丁度よかったという話でもある」
「ですが。精霊に作らせるなら、今までに用意させた素材は一体なんだったのですか?」
普段は些細な会話にも相手を立てる冷静なライナスも、この時ばかりは冷静ではいられなかったらしく、思いついた疑問をそのまま口にしていた。
「いやいや、素材はふつうにあったほうが都合がいいからだよ。アレはほんとうに魔道純銀を精製するのに適した素材を集めてもらっただけだ。そこまでは嘘じゃない」
「あっ。ということは、ミルクとクッキーは、ふつうにノームへの供物ということかっ」
僕と同じ結論に、ルールカも至ったようだった。
「そういうことだ」エキドナは深く頷いた。「あいつらはお礼の品を忘れると、ものすごく怒るからな。それだけは絶対に忘れてはいけないのだよ」
本気か嘘か、エキドナはもっともらしく嘯いた。
ただし、古い文献のなかには精霊への供物を怠ったため、その後一切の作物が育たなくなった不毛の土地があるという記録が残されていた。おそらく本当だろう。
「そういうわけだから、もしほんとうに教えてほしいなら、この城で一番の地属性の魔法の使い手を連れておいで。そしたら私が、ノームとの顔合わせを手伝ってあげるよ」
「地属性だな。わかった。すぐに連れてくる。だからそれまで絶対に待っていろ。いいな、絶対だぞ。それまでそこを動くんじゃないぞ」
何度も言い含めるように言い置いて、ルールカは部屋を飛び出していった。本来ならライナスを行かせるべきだったが、今はそこまで頭が回らない様子だった。
「……ルールカ様じゃないですか、なぜ今なのですか?」
主人が居なくなった部屋の中で、ライナスがエキドナに向き直る。彼は怒っているわけでも呆れているわけでもなく、ただ純粋に疑問を口にしているだけだった。
「何故といわれても、これが最後になると思ったからだよ」
考え深げに呟いて、エキドナは小さく笑った。とても楽しそうに。
「いいえ。ロレンならともかくハルトの性格であれば、このまま居なくなってしまえば、それで終わりと考えたはずです」
「そうだ。それが私という存在だ。よく判ってるじゃないか」
「では、何故です?」
「理由はない。ただなんとなく教えてあげてもいいかもしれない。そう思っただけだ」
答えに、ライナスは納得がいかない顔をした。
エキドナは小さく息を吐いた。心外と不甲斐なさを綯い交ぜにした顔をして。
「ライナスは忘れているかもしれないが、私の、私たちの一生はこの一年がすべてだ。これでも人を見る目はあるつもりだ。その私が彼女になら、ルールカになら魔道純銀の技術を預けてもいいと思ったのだ。それぐらいは察してくれ」
『理由、ちゃんとあるじゃないか』
『うるさい。だから察してくれと、そういってるじゃないか』
動揺こそしていなかったが、それでも照れているのだとわかった。ようするに、ルールカの立場が悪くならないよう、そのお詫びのつもりだったのだ。いかにも素直じゃない、エキドナらしいお礼の仕方だったというわけだ。
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