第35話 託された思い

「ああぁ~っ、二人して一体なにをやってるのかと思ったら、ヨハンが新しい剣をもらってるぞぉ~っ」

 遠くからこちらを眺めていた男が一人、ヨハンが手にする光り輝く剣を見咎めて、こちらに駆けつけてくる。兵士の一人で、お調子者のガイナだった。

 ハルトも同じ物を持っていたが、こちらは当然ノータッチだ。ヨハンは奪われては堪らないとばかり、剣を鞘に納めると、背中を見せて逃げ出した。

「ややっ。背を見せて逃げ出すとは、貴様それでも騎士の子かぁーっ」

「誰が騎士だっ。俺はハルトの弟子の、ただのヨハンだっ」

「はっはっはっ。なら俺の勝ちだな。俺はハルトさんの弟子にして、いずれこの国の騎士になる男だぁーっ」

「騎士になる男が、子供から剣を奪おうとするなぁーっ」

「いいや、おまえはただの子供じゃない。ハルトさんの弟子の剣士、ヨハンだぁーっ」

「もう、なに言ってるのか全然判らないな、あいつ……」

 呆れた誰かの呟きは、この場の全員を代弁していた。いつの間にか、この時間この場にいた全員が集まっていた。ざっと数えたところ、4、50人ほどいるだろうか。

「全員がいるわけじゃないけど、まあいいだろう。普段から俺の訓練を受けている全員分作ってもらったから、一人一本ずつ持っていってくれ」

 ガイナではないが、ほかの連中も、うらやましく思っていたらしく「え? マジですかっ」「やったーっ」「ありがとうございますっ」口々に声を張り上げ、用意してもらった箱から順次、新品の剣を持ち出していく。こちらは量産品であって専用武具ではなかったが、それでも魔道純銀製の高級品だ。嬉しくないはずがない。よく見ると剣のデザインが多少違う。

「ガイナはいらないようだから、誰か二刀流に挑戦してみないか?」

 冗談のつもりだったが、挙手する者が多数いた。これにはさすがにヨハンと遊んでいたガイナも戻ってきた。慌てて自分の分をひったくるように確保する。

「ハルトさん、こっちの箱はなにが入ってるんですか?」

 箱は大小二つあり、剣は大箱に入っていた。今は長方形の小箱のほうを指している。

「こっちの中身は、これだっ」

 無造作に片手を突っ込んで、取り出す中身を披露する。しゃらしゃらと金属音を響かせて、キラキラまばゆい輝きを放つ装いは、小さな輪っかを無数に繋いで編み込んだミスリル製の鎖帷子だった。鎖一つの大きさは、ネックレスのチェーンがこれに近い。

「コイツを着ていれば、多少の攻撃にはびくともしないはずだ」

 あまりに作るのが手間というので、サイズは大中小の3タイプでまとめてもらった。これでサイズが合わなかった人には諦めてもらうしかなかった。

「だが過信はするな。剣の刃は防げても、打撃はそれなりに受ける。だからハンマーなんかの攻撃はふつうに避けろ。あと魔法もある程度は防いでくれるが、氷や岩なんかを飛ばしてくるタイプの魔法には、その重量分の威力はふつうに喰らうからな」

 刃や魔力を極力防ぐが、打撃や重量をそれなりに通し、押しつぶすような圧力に防御をなさない。それが鎖帷子という防具だった。

「うおぉーっ、これ信じられないくらい軽いぞっ」

 用意した武具は100と2人分あった。魔道純銀はエキドナが自分で用意したから、実質費用は加工分だけだった。とはいえ、かなりの値がした。最初はもっと人数がいたが、エキドナのしごきに耐えられたのはちょうど100人、中隊分だけが残った。

「それは、俺からの餞別みたいなものだ。みんなこの一年、よくがんばった。始めてあった時とは比べ物にならないくらい、みんな強くなった」

 突然の言葉に、みんなの顔がきょとんとなる。新品の武具をもらったことなど忘れたみたいに、なかには悲しそうな、寂しそうな顔をする者もある。

「でも、俺は騎士じゃない。だからみんなに、その武器を手にして戦えとはいわない。これを期に、戦うことを止めてもいいと思っている。それらを元手に、新しい商売を始めてもいいとさえ考えている」

「え? それって、売ってもかまわないってことですか?」

「そうだ。それはもう、おまえたちに挙げた物だ。その使い道は、自分で決めろ。どう使ってもかまわない。売ろうが、騎士を目指そうが、落ちぶれて夜盗になろうがかまわない」

「いやっ、そこはかまって下さいよっ」

 この瞬間だけは笑いが起こったが、すぐに静かになる。

「俺が言いたいのは、武器や防具なんて物は所詮、自分が生き残るための道具でしかないということだ。でもその時々の選択は自分で決めろ。たとえ誰かの意思に従ったとしても、それでさえ自分の意思だ。その選択を他人の所為にするな。自分で考えろ。そして悩め。たとえ失敗することがあったとしても、その先にしか自分の未来は存在し得ないのだからな」

「なんか、その辺の騎士より騎士っぽいこと言ってるな」

 とは、ヨハンの言葉だ。

「ん? そうか?」応えながら、エキドナはある思いつきの考えを口にする。

「いま弱ければ、強くなればいいだけだ。それは何もしない言い訳にはならない。強い者が、いま以上に強くなるのは難しい。だが弱い者が強くなるのは簡単だ。なぜなら、これから強くなる資質が無限にあるってことだからだ。弱いっていうのは、それだけのことだ。なにも恥ずかしいことじゃない」

「それって、はじめて会ったときの……」

「そうだ。俺たちに最初に教えてくれた言葉だ……」

「だから俺たち、この人について行ってもいいかなって、そう思ったんだ……」

「なんだ、おまえら、覚えていたのか? あのとき一度いっただけなのに」

『……おい、エキドナ』

『悪い悪い。なんとなく、いってみたくなったんだよ』

『前のときも、そんなことをいってなかったか?』

 以前、一年前に、絡んできた彼らをエキドナが一蹴した後、僕がつい口にしてしまった台詞そのままだった。あの時もエキドナは、その言葉を彼らに伝えた。

 そして彼らは、その言葉の通りに強くなった。

『まあ、いいじゃないか。この言葉に始まり、この言葉で別れる。それが私たちと彼らの関係ということだ。いや、前からうすうす思っていたが、もしかしてロレンの家は騎士か何かだったんじゃないのか?』

 少しの間のあと、『……残念ながら、そんな事実はないよ』

『そうか。なら貴族だ。最高で王族まであるかもしれないな』

 その言葉には、僕は何も答えなかった。ただただ無言でやり通した。

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