第34話 家宝の剣
エキドナの一日の仕事はまちまちだ。多くの場合、その日の様々な事情に左右される。
「やあ、ハルト。調子はどうだね」
城の中庭に面した廊下を歩いていると、前方から秘書を連れた領主バルツシルト伯爵と出くわした。すらりとした長身の、金の長髪に端正な顔立ちをした、まだ三十代半ばほどの青年だった。フルネームは、サウザー=レ=バルツシルトという。
「これは伯爵様、おはようございます」
足を止めて一礼すると、伯爵も足を止めた。
「そうですね。最近は魔石の入手が滞っていますので、そちらのほうはまったくですね。魔道純銀の精製は順調ですが、ほかの者たちはまだまだ難航している様子です」
本来の契約として、エキドナは上質の魔石が入ったときは、これを浄化精製することを義務づけられた。ついで勝手に始めた魔道純銀の精製だ。これは金になると同時、魔力不足のハルトの訓練に丁度いいので勝手にやらせてもらっていた。
「今日はこれから練兵場に行って、兵士たちの様子を見ようと思っています」
ヨハン以外の兵士を鍛えてやるのは基本、気が向いたときに限られた。体を動かしたい時ともいう。以前は、暇な時間を見つければ、この世界について調べていたが、書物でわかる程度のことは全部調べてしまった。
「そうか。兵士のことは私も聞いている。これからもよろしくお願いしたい。ただ魔石に関しては申し訳ない。上質の物は、なかなか手に入らなくてね」
「いえ、そもそも採取してから一月以内という縛りに問題があるのでしょう。そもそも知らなければ、絶対に無理でしょうから。おそらく私が直接いって、魔族や魔獣を討伐したほうが早いはずです」
顔にこそ出さないが、魔石は手に入らないほうが都合がよかった。ハルトの魔力の都合で、純化精製を行うと必ず魔病を発症して寝込んでしまうからだ。
「それと、彼女からも聞いていると思うが……やはり、ここに留まるつもりはないか」
どこか言い難そうに伯爵は尋ねた。いや、なにか考え事をしている顔だった。
「残念ですが、旅に出るのを止めるつもりはありません」
エキドナはきっぱりと断りの言葉を口にする。理由はやはり言えないが、そうするだけの意味がある。いや、そうしなければいけなかった。
「そうか、それは残念だ……」
言葉どおりの息を吐く。気丈そうに顔を上げ、思い出したように言葉を続けた。
「ああ、そうだ。練兵場に向かうといっていたが、アレが出来上がったとの報告を受けている。さっそく持っていって上げるといい。きっと喜んでくれるはずだ」
それだけいうと、伯爵は秘書を引き連れ歩き出す。あとはもう振り向きもしなかった。
伯爵と話したあと、エキドナは少し寄り道をしてから練兵場に到着した。
「ハルトはいつも時間にルーズすぎるんだよ」
約束の時間を少し遅れてやって来たハルトを目にして、ヨハンは不満もあらわに愚痴をこぼした。だが今日ばかりは、エキドナもまったく気にしなかった。
「悪い悪い。だがいつも好きで遅れているわけじゃない。それに今日はコイツをもらってきたから遅れただけだ。これを見れば、ヨハンだって納得するに決まっている」
いって後ろ手に持っていた二つの包み、このうち一つをヨハンに手渡した。エキドナもまだ中身を確認していなかった。せっかくだから一緒に見ようと、そのまま持ってきた。
ヨハンは訝しそうに手に取って、面倒くさそうに包みを解き。
「うおっ、これってもしかして?」
仏頂面から驚愕へ、その一振りの剣を握りしめ、ヨハンはじっと凝視する。
「しばらく前から準備してもらっていたのだが、ヨハンの初陣を終えたタイミングで出来上がったと聞いてもらってきた。見ての通りミスリル製の剣だ」
鞘から引き抜くと青みがかった紫色の刀身が、まるで宝石をちりばめたみたいにキラキラとまばゆい輝きを放っている。
『……これは……どういう、ことだ?』
『どうかしたのか? ロレン』
知らずこぼれた呟きを、エキドナが律儀に問い返す。
『なあ、エキドナ……』
『うん? だから、どうしたと聞いているのだ』
『剣の拵えって、どれも似たようなデザインになるもの、なのか』
『こしらえって、剣のデザインのことか?』
呟いて、エキドナはしげしげと剣を眺めた。青みがかった紫色の刀身72㎝ほどの拵え、手を守るための大きく広がった丸みを帯びた柄飾り。丁寧なことに、この柄飾りもまたミスリルで作られている。
エキドナは数度剣を振り、空を切り裂く音を心地よさそうに耳にした。
「うん。なかなかいい感じだ。初めて握るはずなのに、よく手に馴染んでいる」
刀匠は剣を打つ前、ハルトの手を取り、じっくりと時間をかけてこれを眺めた。この剣を手にする者に合わせて打つためだ。本当はヨハンもそうするべきだったが、こちらは子供すぎて無理だった。今のヨハンに合わせて打てば、それこそ懐刀のような短い造りになってしまう。
見るとヨハンは、今の自分の身長に似つかわしくない長さの刀剣を、なんの苦もなく自由自在に操っていた。魔道純銀の比重が軽く、通常の剣より遥かに軽いこともあるが、刀匠がヨハンの手を取って、職人の勘で成長した手を想定し、この剣を打ってくれたのだ。
「とても調子がよさそうだが、それではいけないのか?」
いけなくない。でも、どうしようもなくダメだった。
『この剣の拵え、そのデザインが……うちの家宝の剣とまったく同じなんだ』
ただ、その材質が違う。今エキドナが手にする剣は“青みがかった紫色”をしているのに対し、僕の家に代々伝わる家宝の剣は“赤味がかった紫色”をしていた。
『赤味がかった紫ということは……つまり、ロレンの家に伝わる家宝の剣は――』
『そうだ。本物のミスリル鉱で作られている』
これもまた些細な違いの一つだろうか。
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