第27話 ひとつの結末
深夜を少し回った頃。今更のように、あるいはよく急いで駆けつけたと言えるか、ルールカたち騎士一行が村へと到着した。
にわかに降り始めた雨に打たれ、体は羽織ったマントに保温されて守られていたが、前髪が額に張りつき、これを煩わしそうにかき分ける。
村の入り口付近に、息も絶え絶えの様子の馬が一頭、横たわって悶えていた。暗闇に目を凝らすと、ロレンが乗っていた馬だとわかる。
ルールカたちが馬を下りると、彼らも同じように、その場にぶっ倒れた。
「すまない。だが助かった。おまえたちのおかげで戻って来られた」
ねぎらいの声をかけると馬たちは、それを待っていたように白目を向いた。おそらく、このまま死ぬだろう。ちらり、先の馬に目を向けると、こちらはなおも悶えている。
(こいつは助かるのだろうな)そう思うと、少し恨めしそうな顔をした。
辺りは焦げた匂いに煙っていたが、すでに火の手は消えていた。雨のためではなく、燃えるものがなくなったからだ。そのため辺りは暗闇に包まれている。
地面には、無残にも引き裂かれた人間の遺体に紛れ、数体の魔物オーガの姿が見えた。
「これは、どういうことだ?」
魔物の遺体には、ふたつ痕跡が見られた。一つは、魔法攻撃を受けて倒されている。
「仲間割れでもしたのか?」
もう一つは遺体の損傷……いや、損壊が激しい。腕といわず脚をへし折り、うち何体かは手足をもぎ取られていた。激しいまでの破壊の跡だ。
ルールカたちは警戒を怠ることなく、けれど何者にも遭遇することなく村を歩いた。
それほど広くない村だ。すぐに中央広場に辿り着く。
そこに呆然と空を見上げて立ち尽くす、一人の男を見つけた。
(お下がりくださいっ、ルールカ様っ)
押し殺した、それでいて野太い声。ベルガンとライナスが前にでて、すでに抜き身である剣をそれぞれ構えた。
あるか無いかの殺気に惹かれ、まるで幽鬼のように虚ろな目をした男が振り向く。
「……いや、待て。あいつはハルトだ」
声に一瞬の精気を宿し、すぐ興味を失った。またぞろ曇天の空を見上げた。
「なにがあった?」一瞬いいかけて、村の惨状を思い、当然と口を噤んだ。
なおも周囲の警戒を続け、ルールカが足を踏み出そうとした瞬間、ふと生まれた曇天の空の隙間から、月明かりが差し込んだ。
「「っ!」」
三人は揃って息を呑み、二の足を踏んだ。辺りには一面、おびただしい数の魔物、その肉片が散らばっていた。もとは十体ほどか。なかには、やたらと巨大な個体もあった。しかもそいつは胴体に首がなかった。おそらく一撃で頭を破壊されている。
(こいつが魔物たちのボスか……)
散らばった肉片を踏みつけないように気をつけながら、ルールカはハルトの元へ歩いた。
「なにがあった?」
再度の言葉は、すぐに出た。思えば、ハルトの中身はロレンであり、それほど気にする必要がなかったと思い直したのだ。
「…………」
数秒の間のあと、ようやく顔を正面に戻した。さらに数秒をかけ、ルールカを見る。
「……ユイが、死んだ……」
「それは……っ、残念、だったな……」
微かにうつむき、顔を逸らした。思えばルールカたちがロレンを連れて行かなければ、村人たちが死ぬことはなかったかもしれない。それを今、確かなことと目の当たりにしている。
「ああ。ほんとうに、とてもいい子だった……なのに……助けられなかった……」
言ってまた、虚ろな目をして空を見上げる。
「そんなことより、村はどうなっている。魔物は、オーガたちはどうしたのだっ」
腑抜けたハルトの姿と物言いに焦れる大男が、襟首掴んで詰め寄った。
「よさないか、ベルガンっ。ハルトはこれだけの魔物を倒したのだっ。あとのことは私たちでなんとかすればいいっ」
ルールカが大男の手を掴んで引き離そうとしたが、そもそもその必要はなかった。
「……オーガなら、全部倒した。慌てるほどの敵じゃない」
今更のように、いつまでもぶら下げていた巨大オーガの腕に気づき、これを投げ捨てる。
「うひゃあっ」
水たまりに跳ねた飛沫から逃れるよう、ルールカが慌てて大きく飛び退いた。
ごほんっと咳払い一つ。取り繕うように指示を出す。
「ベルガンとライナスは、手分けして村人の無事を確認してくれ。私はもう少しだけ、この男と話がしたい」
主の命を受けた従者二人は、すぐに行動に移した。だがベルガンだけは、一度ハルトを振り返り、それから従った。
ルールカは二人の姿が見えなくなってから、ようやくハルトのほうを向いた。
「気持ちは察するが、あまりくよくよするな。そもそもここは、おまえが生きていた世界ではないのだろ。であれば、おまえがそこまでユイという娘を気にかける必要はないはずだ。おそらくそれは、アレだ。おまえの中に生きているハルトの感情が、ロレンの心に影響を与えているにすぎない」
言っているうちに、その説明に真実味を見出したらしく、彼女は一人で何度も、うんうんと頷いていた。
だがハルトが、ロレンが気にしていることは、そうじゃない。
「ハルト……僕は、これからもハルトなのだろうか?」
「ん? なにを言っている。おまえはハルトじゃなくて、ロレンなのだろ」
きょとんとする顔を向けたルールカに向かい、ハルトは、ロレンは首を振った。
「――ハルトが、消えた」
二人の間を風が吹く。
「……僕の中から、いなくなった。……きっと彼は、」
それは埋まることのない、どこまでも広く深い溝のように横たわる。
『――逃げたのだ』
自分がしでかした罪を理解し、その重さに耐えかねて、そして逃げた。
――ハルトがでしゃばらなければ、きっとエキドナは倒されなかった。
――エキドナが無事なら、どれだけ負傷していようとも、ユイの怪我は癒された。
……ロレンではダメだ。エキドナがいなければ、すべては救えない。
「……魔法……少なくとも僕は、その治癒の力だけでも手に入れたい……」
それは切実な願いであり、どうしようもない慟哭、果ての見えない祈りであった。
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