第14話 赤い魔石と紫の魔石
田舎の村にあって、やや瀟洒な作りをした建物の前に、大柄な若い男が立っていた。軽装鎧に身を固め、腰には剣を帯びている。自然な立ち姿から、かなりの実力者と解釈する。
「あのぅ、ハルトを連れてきました。あとはお任せしても、よろしいでしょうか?」
ペコペコ頭を下げながら、あからさまに卑屈になる男に向かい、大柄な男は胸に手を当て、小さく一礼した。
「ご苦労さまです。あとは私のほうでやっておきますので、お任せください」
聞こえた声は、想像以上に若かった。まだ十代も半ばといったところだろう。姿勢を起こし、こちらを見た男の視線に、なにやら見定めるような、見透かすような色が浮かぶ。
(……この男?)
郷愁する思いが、ふと浮かんで消えた。エキドナは、どこ吹く風で受け流す。まったく相手にしなかった。男がそそくさと逃げるように去っていく後ろ姿を、ただ見送る。
「それでは、案内をお願いできますか」
顔を戻していったエキドナを、
「どうぞ。我が主がお待ちしております。といっても、ここは当屋敷ではありませんが」
男はにこやかに笑って中へと導いた。
ドアを開けたすぐ先に居間があり、そこに村長と件の騎士らしい男が、テーブルの椅子に並んで腰掛けていた。壮年の男は装備を解いていたので、くつろいだ格好をしている。
「その者が例の男か、ライナス」
壮年の男が、テーブルに片肘ついていう。
その名に、僕の中で感情が跳ねた。(……ライナス)僕の副官だった男の名も、またライナスといった。おそらく僕を看取ったはずの男でもある。
「はい、ハルトというそうです」
ライナスは部屋の入り口、ドアの脇に立った。反対側に、もう一人が控えている。ハルトの立ち位置は丁度、騎士と従者二人の中間にあり、完全に背中を見せる位置にある。
『……ロレン?』
『いや、すまない。個人的な感傷だ。知っている男と同じ名前だったのだ』
見た瞬間にも、ちょっとだけ似ていると思ったが、まさか名前まで一緒とは……。
『なるほど。いつか聞かせてもらえる日を待つとしよう』
『ああ、そうだな。いつか話す日がくるといいな』
わずか数秒の会話を切り上げ、エキドナは意識を前に戻した。
「ハルトと申します」
さきほどのライナス同様、片手を胸に当てて一礼した。
「本日は、私に用があるとのことで、一体いかような用向きでございましょうか」
「うむ。話が早くて助かる」
壮年の男は満足げに、鷹揚にうなずいた。けれど自らは名乗らない。……相手を、ハルトを取るに足りない存在と見下している証拠だろう。あるいは、すでに承知していると思い込んでいるのかもしれないが、こちらの中身はハルトではないので知る由もない。
「この町を襲った魔物を退けたというのは、お主で間違いないな」
「はい。正確には、魔物を率いていた魔族を倒し、魔物たちを退けた次第にございます」
男は大きく頷き、手の中に転がしていた石をテーブルの上に無造作に置いた。
「では、この魔石を精製したのは、お主で間違いないな」
それは赤い色をした水晶に似た質感をする、間違いなくエキドナが倒した魔族が所持していた、けれどエキドナが障気を浄化して精製した赤色の魔石だった。
「はい、間違いありません。私が障気を浄化し、そのように純化精製した魔石です」
「にわかには信じられぬ」
心持ちの前傾姿勢から、男は椅子に深くもたれかかり、息を吐くようにいった。
「障気の浄化が、でしょうか?」
「それもある。が、むしろ魔石を純化精製したという事実がだ」
「おっしゃる意味が、よく判りません?」
「そうであろう。だが、こちらはもっと理解できぬ。お主は一体どのようにして、この魔石を純化精製したというのだ」
顎を向け、後ろの二人に合図を送る。
「魔石の純化精製に成功した人間など、この世の何処を探しても一人もおらぬ。歴史上でだ。不遜にも、お主はそれを成したといっているのだ。この意味が判るか?」
「なるほど」と頷いた。後ろからライナスが前に出て、テーブルの上に紫色をした水晶のような石を、また別の魔石を置いた。すぐに元の位置に戻る。
「この石を、私が見ている目の前で、同じように純化精製して見せろ」
簡単にいってくれる。そうすることが、どれだけハルトの負担になるか考えもせず。
「失礼します」
エキドナは置かれた石を手に取った。さまざまな角度から転がして見る。
やがて無造作に、元の位置に戻した。
「無理にございます」
「ふむ。なぜ無理だ。やはり石を純化精製したというのはお主の嘘で、石は元からこのような色をしていたということか」
決めつけるように断言する男の声。けれどエキドナは首を振った。
「いいえ、この石が古うございます。魔石の純化精製を行うには、これを取り出した直後でなくてはいけません。どれだけ遅くとも一月の間といったところでしょうか。ですがこの石は、確実に半年は経過しております。これではもう、石に障気が定着していて純化させることは適いません」
男はなにかを考えるように、一瞬視線をさまよわせた。
「なぜ古くてはいけない。石から障気を取り除くことに一体なんの差異がある」
「判りにくいかもしれませんが、これでいて魔石は生物です。これを卵に置き換えると判りやすいかもしれません。生み立ての卵から卵黄を取り分けることは容易ですが、これが古ければ腐っていて、たとえ取り出せたとしても、とても食べられたものではありません」
「では、新しければ、これと同じことが出来るのだな」
エキドナは静かに、しっかりと頷く。
「たやすくはありませんが、不可能ではありません」
「たやすくはないが、不可能ではない」
確認するよう、壮年の男は繰り返した。だがエキドナは再度、首を振る。
「残念ながら、私は魔力の扱いに目覚めて日が浅そうございます。ゆえに力が足りません」
男の眉が跳ね上がった。その表情が初めて変わる。
「……日が浅く、これだけのことが可能なのか?」
その目がまた、ちらりと泳ぐように背後の一人を見据えた。
「いや、仮にそうだとして、これだけのことを成す知識は一体何処から出たのだ?」
そしてその視線の動きは、ライナスではなく、もう一人のほうを見ていた。
「なるほど」
エキドナは呟き、男が見た視線の先、背後を振り返る。
「あなたが、バルツシルト伯爵領主様が寄こしたという、ほんとうの騎士様ですね」
そういって恭しく慇懃に、深々と頭を下げた。
「あらためまして騎士様。私の名はハルトと申します。以後、見知りおきを」
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