第13話 騎士の来訪

 あけて翌日。この日もユイは甲斐甲斐しくハルトの世話をしにやってきた。

「体調はどう? 大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。もうどこも痛くない。疲れた感じもほとんどしない」

 少し意外に思って見ていたが、案の定というか、会話と呼べるやりとりは少なかった。

「そう、ならよかった……」

 最初こそ、ハルトの体を気づかう言葉をかけてきたが、その後は黙々と食事の用意をし、一緒にご飯を食べると帰っていった。

 これと入れ代わるようにやってきたのは、弟のヨハンだ。

「それにしても、昨日のハルト兄ちゃんの魔法はホントにすごかったよなー」

 彼は昨日のハルトの魔法を褒めたたえ、まるで自分のことのように誇らしく語る。

「なあ、ハルト兄ちゃん。俺にも魔法って使えないのかな」

 ほんとうの目的は、こっちだろう。僕も興味があるので理解できる。

「どうだろ。さすがに全く使えないってことはないと思うけど、それが使い物になるレベルかどうかは、また別の問題だと思うぞ」

「じゃあさ、じゃあさ、今度オレにも魔法を教えてくれよっ」

「う~ん、そうだな~」

 これには本気で考えなくてはいけないらしく、エキドナは腕を組んで悩んでいた。

「攻撃魔法じゃないなら、考えてもいいかもな」

「ホントっ? 絶対だからな、約束だからな!」

 確約はしなかったが、ヨハンの中ではすでに確定しているようだった。

 エキドナは苦笑し、聞き流すように話題を変えた。

「俺はこれから村のほうに顔を出してみようと思うけど、ヨハンはどうする?」

「あっ、それならオレも一緒にいくよっ」

 ヨハンは元気いっぱい返事をし、当然のようについてくる。

 こうして三度訪れた村は、相変わらず復興の活気に溢れていた。だが昨日とは打って変わり、会う人全員が道を歩くハルトを見かけるなり声をかけてきた。どうやら昨日の集会場での一連のやりとりは、すでに広く伝わっているようだった。

『戦士や魔道士は無骨で恐ろしいが、傷を癒す者は救いの使者らしい』

 エキドナは皮肉をいったが、僕はむしろ称賛して彼らと同じ心境だと伝えた。

「ホント、村長にはがっかりだよ。まさか、あんなにも業突張りとは思わなかったよ」

 彼らはさらに、村人の命より村の復興を優先しようとした村長を強欲と非難したが、

「ほんとうに、そうでしょうか?」

 エキドナはむしろ、そんな村長を擁護する言葉を彼らに説いた。

「村長が村のことを一番に考えられなくなったら、それはそれで困りますよね。村長は村長なりに、この村にとって一番いいと思ったことをやろうとしたんじゃないでしょうか」

 だが彼らは納得せず、なおも村長は非情だと憤慨したが、重ねてエキドナはいう。

「ほんとうにそう思うなら、今すぐ隣の人を見てください。その人が、いきなり魔法が使えるようになったから魔物が出たら任せてほしいといったとして、その言葉を鵜呑みにできるでしょうか? 少なくとも、俺にはできない。その力を実際に見るまでは」

 困惑顔を向けあう村人たちに、エキドナは止めとなる言葉を差し向けた。

「村長は、これと同じことをいっただけです。少なくとも魔石は、これ自体に価値があるわけですから、嘘も本当もありませんよね」

 言いながら、内心ではずっと毒気ついているのだからおもしろかった。

『……なぜ私が、あのような男をフォローしなくてはいけない』

『あ、やっぱりハルトが言わせていたのか?』

『当たり前だ。私はあの手の輩が一番嫌いだ』

『でもハルトの言葉は、僕としては納得できる内容だったぞ』

『立場の違いという話であれば、理解できないこともない。だが納得はしないし、できない。ほんとうに村のことを一番に考えるなら、村人全員で困難を分かち合うべきだった。それをなんだ、誰か一人を切り捨てようとした事実は、けっして消えはしないぞ』

 なんとなく、これまでのエキドナの話を聞いて思ったことがあった。

『エキドナは誰か一人、あるいは一部の人に責任を押しつける行為が嫌いなんだな』

『ふんっ。それが好きな奴など、よっぽどロクでもないクズだけだ』

『多数決は、数による暴力というわけだ』

『あんなものは協議でもなんでもない。最初から決められた、一方的な決定事項を押しつけているだけだ。そこには一切の拒否権なんて存在しない』

 なんとなく判る気がした。エキドナの気持ち、その一部だけでも……。

『そうした連中は、これを押しつけた相手の立場や心情には一切考慮を示さないからか』

 一言でいえば、無責任なのだ。

『そうだ。それでいて奴らは、自分が公平な判断をしたと本気で思い込んでいる。だが実際には、自分が割りを食わなければいいと思っているだけの、ただの卑怯者にすぎない』

 だからこそ、言わなくてはいけない。そう思うだけでは、なにも変わらないと。

『でも、それを言ったら今回は、村長がそうなるところだったんじゃないのか』

 エキドナは、ふんっと鼻を鳴らした。もちろん、心の中で。

『そんなのは自業自得だ。自分がしたことの責任は自分で取ればいい』

『うん。でもそうすると、この村には村長を排斥した記憶と記録が残ってしまう』

 責任を押しつける相手が誰であるか、それはこの際関係なかった。そうしたという、そうしてしまったという事実が問題なのだ。

『ハルトは、そうしたくなかったんじゃないのか?』

 人は、一度行ったことを二度三度と繰り返し行うことが容易な生き物だ。

 それは良いことであれ、悪いことであれ、変わることがなかった。

 だからこそ。それが悪いことであれば、その一度目を絶対にさせてはいけない。

『………………』

 エキドナから急速に熱が引いていくのを、僕は共有する感覚で理解する。

『ハルトの行いが、その考えが間違いではないと理解しよう。だが、あの村長が正しいとは、絶対に認めることはない』

『それはそうだ。あの人は間違っていた。少なくとも、エキドナがすることを確認するべきだった。それが正しい選択のはずだ。肯定するのに根拠が必要なら、これを否定するにも根拠が必要なはずだからね』

 だが村長は、これを怠った。これを怠慢、身勝手な思い込みといわれても仕方なかった。

「だから皆も、村長をそんなに悪く思わないでください」

 その言葉には納得しないまでも、村を救った英雄の言葉は無視できないらしく、なんとなくではあるだろうが、この場では飲み込んでくれた。少なくとも、うやむやにはなった。

 だから今は、それでよしとしよう。あとは村長の、これからの行い次第だ。それはもう、僕たちとは無縁の話なのだ。

「おーいっ」

 話に一区切りついた頃、通りの向こうから駆けてくる男が見えた。なにやら慌てた様子で、ハルトの顔を見つけるなり、こちらに向かって大きく手を振ってくる。

「ちょうどよかった。これからちょっと村長の所まで一緒にきてくれないか、ハルトぉ」

 そんな言葉を耳にして、集まる男たちが気色ばむ。

「はァ、何いってんだ? 用があるなら、そっちからくればいいじゃねぇか」

「ホントにそうだ、いまさら何かいうことでもあるっていうのかよっ」

「いや、そうじゃなくて、用があるのは領主様んところの騎士様なんだ」

「騎士様? なんで騎士様が、うちの村なんかに居るんだよ?」

「領主様ってぇと、バルツシルト家の伯爵様か?」

「ああ、そうだ」

 領主は、人々からはバルツシルト伯の名で呼ばれる明主らしい。よくある税を集めるばかりの形骸領主ではなく、領民の暮らしを見守る名君だそうだ。

「俺に聞かれても困るけど、なんでも前に村が魔物に襲われた後で、村長が領主様に救援を要請してたって話なんだそうだ」

 この場の全員が一瞬考え、「あっ」と声を出して思い出した。

「それってもう一カ月以上も前の話じゃないかっ」

 いったのは、ハルトの隣でヨハンの声だ。

「それだけ遅れておいて、さらに三日前の襲撃にも間に合わなかったって、いったいどれだけ役に立たないんだよ、その人たちっ」

 少年の発言には激しく同意するが、それでも声に出して唱和することもできず、

「それで。その騎士様たちが、これからは村を守ってくれるって話なのか?」

 話題の方向を変えることで受け流す。

「いや、それが、村にきてる騎士様は一人だけで……あとは、その従者が、ふたり……」

 伝える男は、指を二本立てていう。これには全員が頭を抱えた。これでは仮に、再度の魔物襲撃に間に合っていたとしても、なんの役にも立たなかった公算が高かった。

「それで、その騎士様が、俺を呼んでるんですか?」

「ああ。呼んでるのは村長なんだけど、騎士様もそうしろって感じで……」

 いよいよ自信なさそうに、男は気弱そうに苦笑いする。

『どうにも要領を得ないな』

『ここはどの道、実際にいってみるしかなさそうだ』

 エキドナと僕の考えは一致していたので、ここは考えるより行動するのが先決だ。

「俺は村長さんの所に行ってくるから、ヨハンはここで待ってろ」

「えーっ、なんでだよーっ。俺も一緒に行くってばーっ」

「ついて来ても、どうせ中には入れてもらえないと思うぞ。だから、きても無駄だぞ」

 本当は、さきほどの態度を見て、余計なことを言われるほうが怖かったが、ここでは何もいわない。それで意固地になられても困るからだ。

「えーっ」

 ヨハンは、なおも愚図っていたが、ハルトのいうことも理解できたらしく、それ以上ついてくるとはいわなかった。僕とエキドナは内心、ほっと胸をなでおろす。

「それじゃあ皆さん、俺は村長さんの所に行ってくるので、皆さんは引き続きお仕事がんばってください」

「おー、おまえさんも、しっかりなー」

「村長がまた妙なこと言い出したら、そのときは俺たちにも相談しろよ」

 そんないくつもの声に見送られ、ハルトは呼びにきた男と一緒に、きた道を歩き出した。

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