第5話 魔族

 村を襲った魔物の数は多かったが、その一つ一つは大した力を持たないザコばかりだ。ほとんどがゴブリンとオークで、そこに幾ばくかのトロルが混じっているといった具合だ。

 だが、そこに一体だけ、どういうわけか魔族とおぼしき姿があった。魔族は地面に足をつけておらず、宙にふわふわ浮かんでいた。一見すると、そいつは老父に見えた。身にまとった灰色のローブはボロで、端から煤のような粉をまき散らしていた。

 この煤が障気を集めた結晶であることを、僕とエキドナは経験から理解していた。

『妙だな?』

「やはり君もそう思うか?」

 意識を向けた僕の声に、エキドナが戦いながら同意した。

「私がいた世界でも、魔族がほかの魔物を使役して人里を襲った事例は数あるが、その場合は周囲には邪悪の波動が満ちていたはずだ」

 だが今、これがまったく感じられない。

『うん、これじゃあまるで』

「そうだ。魔物たちは自らの意志で、魔族に従っていることになる」

『でも邪悪の波動は、本来おとなしいはずの魔物を極めて凶暴にさせる力がある』

「これなくして凶暴な魔物など、それほど多くはあるまい。ゴブリンはその見た目に反して非常に臆病だ。オーガはたしかに凶暴で残忍な性格であり人の肉を食べるが、一方では引っ込み思案で臆病という面を持つ。女子供には強いが、大人の人間はまず襲わない。トロルは……まぁ凶暴、もしくは粗暴で大雑把だが、これは知能が高くないためだ」

 説きながら、エキドナは向かってきたトロルに向かい、火炎球を放って迎撃した。

『でも、それだって人里を襲うことは、ほとんどないはずだ』

「………………」

『どうかしたのか? なにか言いたそうに感じるが? これは僕の気のせいか?』

「いや、その感覚は正しい。なに、少し面白いと思ってな」

 数で押し切ろうとしたオークに向かい、エキドナは小分けにした拳大の火炎球十数発を放って押し返した。このうち数発が直撃し、打ち所が悪かった数匹が行動不能になる。

『一体、なにが面白い? 今は一刻も早く魔物を討伐しなければいけないときだぞ』

「そう熱くなるな。どうやらキミは、目の前のことに集中すると、まわりが見えなくなるタイプのようだな。そんなことでは守れるはずの者も守れないぞ」

『なにを言っている、今は少しでもはやく動くべきだ』

「どうやら私とキミでは、決定的に違うところがあるようだ」

『そんなの当たり前だ。この世にまったく同じ考えを持った人間なんているものか』

「その通りだ。よく分かっているじゃないか。だから私は、すべての魔物を倒せばそれでいいとは考えていない。つまり、倒す必要のない魔物と戦うつもりはないということだ」

 言われて気づいた。エキドナは向かってきた魔物は倒しているが、これ以外の相手には見向きもしない。人間を襲っていれば倒すかもしれないが、今は周囲に人影はない。

「キミの考えでは、一度敵対した魔物はすべて討伐すべき敵なのかもしれないが、私は攻撃されたからといって、その種族すべてを殲滅しようとは考えていない」

 右手をさっと一振り、炎の幕を展開し、取り囲もうと動いたゴブリンどもを牽制した。

『僕だって別に、ゴブリンやオークを滅ぼせといってるわけじゃない。今は村を襲ってる魔物を倒せば、それで充分だ』

「だが今、その魔物たちは、どうやら魔族に操られているわけでもなく、どういうわけか自らの意志で従っているようだ。……これは何故だと思う?」

『なぜとは、どういう意味だ?』

「言葉の通りだ。なぜ彼らは魔族に付き従う。なにか弱みを握られているのか。それとも心底から魔族に心酔し、それで従っているのか。私は、それこそを知りたいのだ」

(弱みを握られている? たとえば人質を取られている、とか?)

 一瞬考え、すぐに馬鹿馬鹿しいと振り払う。

『そんなことは、この村が襲われてることとは無関係だっ』

「ほんとうにそう思うか。仮に彼らが人質を取られていたとして、それでしかたなく従っていたとして、それで彼らを皆殺しにして、それでもキミの心はまったく痛まないと言えるのか。それは同時に、人質だった者たちの命をも奪うことになるのだぞ。それでもキミは、ほんとうに自分が正しいことをしたと言えるのか。敵だからといって見境なくすべてを殺していては、それこそ凶暴以外のなんだというのだ。私が助ける対象には、場合によっては魔物たちの命も含まれるということだ」

『魔物を、助ける? あなたは、どうかしている?』

「そう思いたければ思えばいい。だが、私の考えは変わらない。私は、私が正しいと考える行いをするだけだ」

『それで、ほかの誰かが傷ついたり、死んでしまったりしたとしてもか?』

 エキドナは、「ああ」と頷いた。

「もとより、私一人で捌ききれる数ではあるまい。そこまで面倒は見切れんよ」

『それで被害に遭うのが、あのユイという少女だったとしてもか?』

 眼前まで迫っていたオークを、エキドナは顎下からの火炎球で吹き飛ばした。

「それは、少し困るな」

 動きを止めた。意識をこちらに向けたまま、視線は一点を見据えて動かなくなる。

 そこに、魔物の一団を指揮すると思しき、ただ一体の魔族がいた。

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