第7話

 結局、馬車の時の木こりが無事だったことで、この孤児院の子供たちは救われたのだ。


 あの3人組冒険者の時もそうだ。以降彼らの活躍で救われた命がたくさんあるのだろう。


「なんかあの時みんな死ななくて良かったんだね」


 リルがぽつりとつぶやく。


「今の場面だけ見たら、そうだよね」


 トウの返答は歯切れが悪い。

 人々にとって命が軽いのか重いのかわからなくなるような出来事ばかりだ。だが、皆、大切なものは優先したいということは確かのようだ。それぞれの命に優先度があるのが原因なのだろう。それが良いことなのか悪いことなのか…。


「ねえトウ、結局あなたって何者なの?」

「…」


 答えてしまいたい気もした。そしてもう少しリルと一緒に世の中を見てまわりたいとも思った。

 だが、そんなことをゆっくり考える間は与えられなかった。


 カン、カン、カン、カン!


 急に街が賑やかになる。

「敵が来た!」「敵襲だ~」「周辺の村が全部この街にやってきたらしい!」「大軍が攻めてきた。戦になるぞ」

 人々が慌てふためいている。


「何これ? 敵? トウ、どうする?」

「…とにかく、冒険者ギルドに行ってみよう」

「うん」


 2人は人混みをかき分けながらギルドを目指した。


 ギルド内の喧騒もいつもと違っていた。まったりとした感じでなく、怒号が飛び交っている。


「どこの村だ?」「全部だよ。周辺全部」「でも大した人数じゃないだろ」「いや、すげえ人数だった」「奴らの要求は?」「今のところわからない」


 眼鏡のギルドマスターの姿が見えない。今は不在だろうか。皆好き勝手な推測を立てている。


 だがすぐに静かになる。奥からギルドマスターと他数人の男女が出てきた。その中の1人、一番着飾った神経質そうな男が前に出て話し始める。


「諸君、領主のザナトゥスだ。私の話を聞いて欲しい!」


 たっぷり間を置き、話し始めるのだが、その中身は、トウやリルには到底承服できない内容だった。


「…各地の村々からは、毎年決まった税を納めてもらっている。それは各地の状況に合わせて特産物だったり、鉱石だったり、さまざまだ。だが彼らはそれらを不服とし、税を納めないと言ってきている。この辺境都市『カイエン』から保護を受けておきながら、税は支払いたくないそうだ。皆どう思う?」


 誰も何も答えない。半分は領主の言葉に納得し、半分は領主を憎々しげに睨んでいる。このままだとここで暴動が起きるかもしれない。領主はその辺をわかっているのだろうか。


 トウは大きな声で問いかける。


「領主様~、最果ての村では年々税が増えて畑が足らなくて困っていると言っていました。新しい領主様になってからだそうです。なんでも御柱の帝への献上物が増えているせいだとか…。それは本当なのですか?」


「…ホホホ、冒険者はいいですね。何の気兼ねもなく私に直接問いかけてくるとは…。おっしゃる通り、税は増えていますよ。でもね、ほんの微々たるものですよ。あと、帝へ物を献上するのはこの世界の習わしでしょ? まさかそれを止めろなんて言わないですよね?」


「本当に帝が物を要求したのですか?」


「…う。なんですか、あなたは? …ええ、そうですよ。正確には帝ではなく、東王ですけどね。あの麗しき東の王ですよ…」


「え? あなたは東王に会ったことがあるのですか?」


「? そうですよ。あなたさっきから本当に失礼ですね。衛兵、彼を捕えなさい。いい加減我慢の限界です」


 戸惑いながらも衛兵が動き出す。


「ちょ、なんかいきなり修羅場~? 勘弁してよね…」


 リルが文句を言う隣で、

「…おかしい。会ったことなどないぞ」

 とトウが小声でつぶやく。


 衛兵が近づこうとしても構わずトウが叫ぶ。


「本当に東王に会ったのならその容姿を教えてください」


 トウの言葉に他の冒険者たちが「確かに」「そう言えば」「どんな容姿なんだ?」「会える人って首都の一部だけじゃなかったっけ?」などガヤガヤ騒ぎ始める。領主はすぐに咳払いし、


「な、何を言っているんですか! 東王は帝がお創り賜し目も眩むような美しい出立ちの丈夫でありますよ。何を気にしているのか分かりませんが、あなたのような薄汚い格好の者ではないことは確かです。衛兵さっさとその者を適当な牢に連れて行きなさい!」


「ちょ、何よ。なんでそうなるのよ?」

 リルが慌てる。


「おや? そこの女性はどなたですか? 見目麗しい見た目ですが、礼儀作法を知らないようですね。私が教育して差し上げましょう。私の元にいらっしゃい。悪いようにはしませんよ…」

「…アホなの? あの領主は…」


 リルの何気ない一言が領主を怒らせるが、ギルドマスターや他の冒険者たちがトウを庇う。


「お待ちください領主、この者はただ東王の容姿を聞いただけですよ。なぜ牢獄に捕える必要があるのですか?」

「そうだそうだ。だいたい領主様は俺たちに何をさせようって言うんだ?」


 思った通りにならない様子に領主の頬はヒクヒクしている。


「決まっているでしょ。ここに攻めてくる村人を殲滅するのがあなたたちの役目ですよ」


 領主の低い声はとてもよく場内に通ってしまった。それがためにギルド内はさらなる怒号が飛び交うことになる。


「何言ってるんだ?」「正気か?」「俺は今来てる村の出身だぞ」「おいおい俺も。それに他にも村出身者いるぞ」「領主は何を考えてるんだ?」「やっちまうか」


 一触即発。

 ギルド内のみでいつ死傷者が出てもおかしくない状況に陥ってしまった。トウは責任を感じる。


「あの、すいません、私はただ領主様が本当に東王と会っているのか知りたかっただけで…」


 割と大きな声で言ったがかき消されてしまう。隣のリルだけは、満面の笑みで、

「ナイス煽り! やるじゃん!」

 と喜んでいる。


 そんな中、ドアが勢い良く開けられる。


「マスター、各村の代表者たちが領主と会談がしたいって言ってるぞ! ってあれ? なんだこの状況は?」


 ドアの向こうに何人かいる。引っ張ってきたのはピートとダイとジャニスの3人組だ。先行して村人と交渉を行なっていたのだろうか。


「風神だ」「風神が先発してたのか」「話し合いになるのか…」「さすが風神だ」


 ギルドの喧騒が少しずつ収まっていく。


「おいマスター、良くわからんがどうする?」

「おお、良かった。ナイスタイミングだよ。村人たち入れても良いか?」

「ああ、大きめの会議室を用意している」


 トントン拍子で話し合いが進んでいく中、またしても来訪する者たちがいた。今度はギルドの外が騒がしい。


 その者は物々しい鎧のような格好をして、数人を伴い、人混みを掻き分け、ギルドの入り口から入ってきた。


「鎮まれ! 我らはカイエン辺境都市の騎士団である! 領主殿は何処に!」


 皆が唖然とする中、


「わ、私はここにいる。騎士団長、私はここにいるぞ。この者たちは私に剣を向けたぞ。全て捕えるのだ。抵抗する者は殺しても構わん」


 領主が余計な一言を放つ。


「バッ…」「正気か?」「まずいぞ」


 マスターや他の良識ある冒険者が驚くがすでに止まらない。騎士団は領主の命令で動き出し、冒険者は独自の武具で立ち向かう。


 それからギルドは内も外も血みどろの戦闘に発展した。


「皆さん、私はギルドマスターです。まずは落ち着いて! こんなことは無益です。やめましょう! 聞いてください!」

「ちょっと痛い! 誰よ、足を踏んだのは!」

「おい、やめろよ」

「くそ~、騎士のやつ本気だ~」

「やられる前にやれ!」

「1人も逃すな!」

「女も抵抗したら殺せ! 受付も例外じゃないぞ!」


 トウだけでなくリルもこの状況に呆然としてしまう。もはや2人が何を言っても無駄だろう。というか2人とも本気で呆れてしまい言葉が出なかった。


 そして殺戮は激化する。


 外の人たちから呻き声が多く聞こえる。村人たちだろう。


 武器を持って訓練された騎士団に一般人が敵うはずもない。冒険者の中にはロビーから逃げ出す者もいた。逃げ道があるのだろう。

 逃げ遅れた受付の女性たちの何人かは、見るも無惨な姿で息絶えている。まだ10分も経っていないはずなのに…。


 積極的に戦いに参加しないお陰か、トウたちは今のところ無事だった。

 だが、目敏くトウたちを見つけた領主が大声で指示を出す。


「誰かそいつらを殺せ! そいつらこそ我に刃向かった大罪人だ! テロリストの疑いがある! すぐに殺せ!」


 すると、騎士団長はじめ、騎士団の何人かがトウたちに迫る。

 遠くからその一連の動きに気が付いた冒険者3人組や女学生の受付バイトたちが何やら周囲に指示をしている。助けようとしているのかもしれない。

 トウは迷いなく、スッと前にでて、帽子を取る。


「は?」


 騎士団長は立ち止まり、トウの額付近も凝視する。そして次の瞬間震え出す。


「あ、ああ…」


 他も団員は団長の顔とトウを順番に何回も見比べ、困惑していた。


「おい! 何をやっている! 早くそいつを殺せ!」


 領主からは容赦ない言葉が投げかけられる。だがトウは優しい笑顔で周囲を見回す。そして、


「…あなたは私を知っているようですね。首都で護衛の任など担ったことがあるんでしょうか。ふう…」


 周囲の誰もがトウのツノに注目していた。

 それでも困惑した団員の中から剣を振り上げて近づいてくる者がいた。


「バカ、やめ…」


 団長の言葉も虚しく、その団員はトウに剣を振り下ろす直前に砂のようにバラバラになって消えた。いや、粒の一つも残らなかった。


「領主殿、残念ながら私は、あなたのことを覚えていませんよ。不思議ですね。本当にあなたは私に会っているのですか? 私はあなたに、いえそもそも、贈り物自体要求した覚えはないのですが…。首都のどなたかが言っているのですか? おかしいですね。そういう事実は全くないはずですが…」

「…な、何を、言って、い、いや、そんな、ば、か…」


 領主はツノに目をやりやっと事態を把握しつつある。


「おい、騎士団長、早くや、やれ! 今なら証拠などいくらでも無くせる…」


 トウがため息を吐きながら一歩踏み出す。それだけで騎士団長が剣を手放す。場内にカランと剣が転がり落ちる音だけが響く。


「む、無理です…」


 その言葉を聞いて領主は激昂する。


「なんだと! もういい、お前はクビだ! おい騎士団の誰でも良い! そいつを殺した奴が団長だ! 早くしろ」


 団員の何人かはトウに近づく。だが一緒だった。近づいた者は何もの残さず消えていく。団長は震えながら、


「も、もしかしてお前、いやあなたは、トウオ…」


 言葉を捻り出すが、最後まで話し切ることなくその場に倒れ込んだ。トウは先ほどまで嬉々として冒険者や村人、受付を切り刻んでいた者など、早くこの場から消えて欲しかった。


「トウ、やっぱり…」

「リル、ごめんね」


 最初驚いていたリルだが、笑顔だけ向ける。トウにとって彼女はずっと優しい相棒だった。


「さて、人同士ですとこの場合どうするんでしたっけ? 裁判とかいうので裁いて罰を受けるんですよね? あとはお任せして良いですか? 私はこれから首都に行こうと思いますので…」


 トウの言葉は重く、しかし呆然としたままでいることはむしろ危険だと考え、すぐに行動を起こす。


 団長はすでに事切れている。ここに来てやっと状況を飲み込んだ領主は、青い顔でまだ「私は悪くない」「あいつが悪い」「あいつは何なんだ」「私の計画が…」などとぶつぶつ口篭っている。

 どうしようもない人種ということだけは確かだ。


 ただ、冒険者たちと残りの団員たちが一緒になって事後処理を行うことになり、領主を拘束したり、他に関係者がいないか調査することになった。

 怪我人、死体の処理など慌ただしい。


 トウは最後にギルドマスターや風神のメンバーに挨拶をしようと向かうが、誰もが震えるばかりで、トウとは目も合わせてくれなかった。トウが何を言っていたかということも聞いていた者はいなかった。


 トウにとって、それほど寂しいことはないが、仕方ないと諦めギルドから出ていくことにした。

 最後に、


「リル、行こうか」


 とだけ言ってこの場を後にした。


 後に、辺境都市『カイエン』の変と呼ばれる一連の事件は、領主と騎士団の暴走として首都から多くの役人が来て、大勢の関係者が捕縛されることになった。

 だがあの場にいた者は、誰もこの事件に『東王』が関係しているなどということは口にしなかった。

                       了

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東のゴーレム、ヤン+ツンの妖精と気ままな旅に出る 真夜中のうま茶 @mas_matsuna1210

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