第6話

 それから数日トウとリルは冒険者稼業を満喫した。


 薬草採取や鉱物の採掘など、討伐や護衛以外の依頼を好んで受けた。薬草採取は相変わらず評価が高く、珍しいものも納品しているので次第にお金が貯まっていった。


「なんかさ、儲かるわね。採取系って稼げないって聞いたんだけど…」

「確かに見分けられないと効率は悪くなるだろうね」

「…う~ん、それはそうと、いいの?」

「何が?」

「結構街中でスリにあってるけど…。また気づいているよね?」

「…そう、だね…」


 実はこの数日、かなりの小銭をスられている。主に子供が多い。最初リルは子供を捕まえて叱ろうとしたが、トウはそれを止めた。子供がお金を盗まなければ生活できない世界はトウにとってあまりにも理不尽に思えた。


 その日もトウはお金をスられた。いやスらした。

 だがその日の子供は少し動きが鈍い。

 なんとなく後を尾けてみたところ、孤児院にたどり着いた。

 どうやらここ数日の犯人たちはここにいるようだ。


「お邪魔しま~す」


 玄関先で責任者に会わせて欲しいと伝えると、物静かだが瞳にしっかりとした意志を持った女性がトウとリルを案内してくれた。


「こちらへどうぞ」


 見た目はリルより少し年上に見える。赤みのある髪色で動きやすいようにかなり短く切っている。一瞬綺麗な顔をした男性かと思ったほどだ。エプロンの下のロングスカートは少し汚れているが、それはこの女性が働き者だからだろう。リルにはない、女性らしい膨らみが若いのに母性を感じさせる。


 途中、ここ数日の犯人たちをちらほら見かけた。何人かと目が合ったが、トウを見て青い顔をする者、突然逃げ出す者、睨みつけてくる者など、十人十色な反応だ。


 孤児院はそれほど大きくない。そして年月は経っているようだが、掃除が行き届いている。

 ただ、ところどころ修正した方が良さそうな、朽ち果てた廊下、壁、階段などが見て取れた。女性は、ある部屋のドアをノックする。応接室のようだ。


「どうぞ~」


 中から年配の男性らしき声がした。案内の女性は中には入らず、そのまま去ってしまう。年配の男性が一瞬「チッ」と言ったような気がしたが気のせいだろう。部屋の中は、あの冒険者ギルドと同じ匂いが充満していた。そのせいでリルは完全に嫌そうな顔をしている。


 その男性はとてもでっぷりしており、手、首にたくさんの宝飾品を着けていた。そしてトウとリルを笑顔で出迎えてくれた。


「どうもどうも、私がこの孤児院の運営を任されているガリウスでございます。元は中央の官僚でして、もうすぐ中央に戻るのですが、今はここの子供たちとともに楽しくやっております。孤児院は国からの補助金と皆様からの寄付金で成り立っており、決して裕福ではありませんが、細々と慎ましく暮らしております…」


 ガリウスはお酒の匂いをさせながら、手振り身振りで自身の現状を伝え、孤児院の現状を伝え、修繕が必要な部分については憂いのある表情で懸命に訴えていた。自分に酔っているのだろうか、トウは話し出すタイミングを完全に失っており、リルは途中からほとんど話を聞いていないようだった。


「…あの~、ところで本日はどのようなご用事でこちらへ?」


 散々喋った後、やっとトウたちの来院の理由を聞いてくれるようだ。少し戸惑いながらもトウが話し始める。


「…実は、こちらの孤児院の子たちにお金をスられまして…。やはり盗みはいけないのではないかと思ったのですが、こどもの犯行だと分かったので、衛兵に突き出すのは少し可哀想かと…。それで先ほどスられた際、その子どもの後をつけたんですよ。そうしたらここに辿り着いて…」


 ガリウスは一瞬呆けていたが、すぐにソファに深くもたれかけ、突然それまでと態度を変えた。


「なんでえ。あのクソガキどもにスられたのか…。で、どうする、ガキを連れてきたらいいのかい? そもそも衛兵に言う内容だろ? なんでいちいちこっちに来るんだよ。…ったく、寄付じゃねえのかよ」


 最後の一言は小声だったが、しっかり聞こえていた。リルは心底呆れてしまい、未知の生命体を見るかのような目でガリウスを眺めていた。その視線を何か勘違いしたのか、


「ん? なんだい? お姉ちゃんはお酒でも飲んでいくかい? とっておきがあるぜ~」


 などといやらしい笑みを浮かべ、リルを誘う。

 沸点の低いリルがここで大人しくするわけがなく、


「あんたね! 痩せこけた子供たちとか壊れかけた建物とか、こんな状況でよくお酒なんて飲めるわね! サイッテイー」

「は?」

「ここまで腐ってるとはね…。あんたみたいなのが孤児院やってるってどう考えてもおかしいでしょ? どうなってるのこの街…」

「んだと、このアマ! 優しくしてりゃつけ上がりやがって!」


 ガリウスも相当沸点が低いらしい。トウはそろそろ止めないと、と考えていたが、そこに乱入者がいた。廊下で少し揉めている声がする。


「お待ちください!」

「どけい」「我々の邪魔をするな!」


 そして勢い良くドアが開く。


「な、何事ですか! ユミル、なんで勝手にお客様を通した!」


 倒れ込んでいる先ほどのショートカットの女性と、見覚えのある2人の大男が乗り込んできた。


「この子に責はない。我々が押し通っただけだ」

「ガリウス、貴殿には補助金、寄付金着服の容疑がかかっている。大人しく我々に従い、首都まで付いて来てもらいたい、ん?」


 大男2人は、先日馬車にいた木こりたちだった。その後ろに軍服姿のこれまたいかついガタイの男たちが何人もいた。


 大男たちは木こりではなく、木こりのフリをした国の役人たちだったようだ。

 今回いくつかの任務の一つがこの孤児院とのことだ。この院長、横領や着服だけでなく、人身売買なども行なっていたらしい。


 ユミルたちは借金を押し付けられ、院長から奴隷のような扱いを受けていたとか…。うやむやになりそうな盗みの件は子供たちが、なんとかユミルを助けたくて、少しずつお金を貯めるためにやっていたらしい。

 

 ユミルからは、最後に涙ながらに謝罪され、土下座までされてしまう。

 子供たちもユミルに習い手をついている。

 どうやらこのユミルが子供たちの世話をしていたらしく、とても懐かれているようだ。


「本当に申し訳ありません! 私にはこの身しかありませんが、どうか子供達をお許しください。私が代わりに誠心誠意尽くします。どうか、どうか」


 必死に頭を下げるユミルを見てリルが、


「あんたにそんなことを望んでいるわけじゃないわ。ね、トウ?」

「…ええ。私たちは子供たちが盗みをしている理由を知りたかっただけですので…。もう顔を上げてください」

「…でも」

「お姉ちゃん」「ごめんなさい」「俺も働いて返す」「これ…」


 子供達は今まで盗んだものを前に差し出して口々に謝り、俯いている。


「あんたたち、いくら困ってるからって盗んで良い訳じゃないからね。あんたらが盗んだら盗まれた人はどうなるの? もしかしたらあなたたちの大事なお姉ちゃんみたいに今度はその人のお金が無くなって辛い思いをすることになるかもしれないのよ!」


 リルの言葉に泣き出す子供たちまでいた。

 その横で例の木こり、いや、役人たち2人がトウに小声で話しかける。


「先日は申し訳なかった。あの後、盗賊たちはちゃんと捕縛している」

「貴殿たちの活躍がなければ危うかった。何もできず本当にすまない…」

「いえいえ、あれは私たちが勝手にしたことです。すいません、一言もなく去ってしまい…」

「いや、謝罪など不要です。本当に助かりました」


 トウとの会話は短かったが、ガリウスを後ろ手にして役人たちは去っていく。いつまでも泣いているユミルには他の役人が何やら今後について話していた。

 リルは最後に子供たち1人1人にゲンコツを喰らわしていた。

 ユミルにもついでに。


 すっきりした顔でこちらにやってくる。


「リル、もう行こうか」

「うん!」


 2人はその場を後にした。

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