第5話

 トウとリルは夜だろうが疲れるまで歩き続けた。そのうち泣き止んだリルがぽつりぽつりと話し始める。


「私、死を司る存在だってことをさっき思い出したわ。街に行ったら何か思い出すんじゃなくて、街で起きることに干渉せずにいられないってことなんだと思う。万物の波動を、いえ振動そのものを止めてしまう能力を持つのが私なんだなって…。私、変な妖精だね…」

「泣いてたのはなぜだい?」

「…」

「ごめん、聞かない方が良かったね…」

「ううん。振動を止めることで、さっきまで仲良く話していた人たちがあんな風に苦しんでいくのが怖かったんだよ。私はコントロールして能力を発現することができないから…。どのくらいかわからないほど周囲全部の振動を止めてしまうんだね…。それなら止めなければ良いのにって思うんだけど、ダメなの。内から込み上げる何かが理不尽を止めろって騒いで身体を満たして…。あとは…」


 リルがまた泣きそうになる。


「…でも、私はリルの能力で止まらなかったよ」


 トウはなるべく優しくそう伝えた。するとリルは目を見開いて、


「! そ、そうよね。…あなた、一体何者なの?」


 と食い入るようにトウに詰問する。


「私は…」


 トウはそれ以降、言葉を紡ぐことができなかった。何かのギアスなのか、気持ちの問題なのか、上手く言い表せずにいた。

 この話はそれ以上続けなかった。


 何日かまた歩くと、ついに街の門にたどり着いた。

 

 先日の馬車の冒険者たちや学生たち、木こりたちはすでに中に入っていることだろう。門には入場希望者が並んでおり、少しだけ緊張感があった。トウとリルは、親切な村の人たちに用意してもらった身分証明と入場料のおかげで、無事街に入ることができた。


 街に入ってすぐにわかったことだが、街ではなんでもお金が必要だった。当たり前のことかもしれないがトウもリルもそういったことに疎かったので、いきなり路頭に迷いそうだった。


「…そういえば、冒険者になれば入場料とか必要なくなって、身分証明なんかもギルドカードで全部済むみたいなことを前の女の子たちが言ってたかも…」

「おお、冒険者!」

「何? 憧れちゃってるの?」

「実はあの時の3人組が色々話しているところを聞いていて…」

「そうね、一度行って見る?」

「ぜひ!」


 2人は冒険者ギルドの場所を調べすぐに向かった。

 つい先ほどからだが、トウにとって憧れの職業である。勇んでギルドの扉を開ける。


「うわ…」


 それはリルの第一声だった。昼間から酒の匂いと揚げ物の匂いに加え、きつい香水の匂いが充満していた。食事処が併設しているのかもしれない。ただ、やたらと露出の多い服を着た女の人もたくさんいて、トウのことを見定めるかのように上から下まで視線で舐め回していた。


「ここで合ってるよね?」


 トウも気になってリルに尋ねた。その問いへの答えは、別の人物がする。


「ああ? お前らなんか用か? ここは冒険者ギルドだぞ?」


 ガタイの良い中年の髭面の男が話しかけてきた。


「…あ、え~と、冒険者登録したくて…」

「…おお? ま、そうか。あっと、じゃああそこの受付でできるぞ。今は猫の手も借りたいって言ってたし、すぐ登録できるんじゃないか」

「そうですか。ありがとうございます」


 トウは頭を下げて受付に向かう。リルは猫の手と言われたことが気に入らない表情だったが、トウが腕を引っ張っていく。


 受付から登録まではとてもスムーズだった。


 冒険者の仕事はさまざまで討伐系もあれば、採取系、探し物、護衛などバラエティに富んでいる。中でも採取系や探し物は誰も受けたがらず溜まっているらしい。一攫千金狙いの冒険者が多く、地味な仕事はやりたがらないそうだ。

 トウが今からでも採取の仕事をしたい、と伝えたところ、受付はニコニコ顔で手続きをしてくれた。


 そして今、リルと2人で街の外にいる。


「ねえ、採取系って薬の材料とかになるのよね? 種類とかわかるの?」

「ああ、こういう系は得意なんだよ」


 訝し気に質問するリルに対し、トウは手を動かしながら薬草採取を続ける。通常は見分けるための知識が必要で初心者は講習を受けるのだが、トウは自信があったのでその日のうちに依頼を受けて今に至る。


「ってまあ、よく見分けつくわね。そしてなんだかノルマがあっという間なんですけど…」

「ハハハ。慣れれば簡単だよ」


 おそらく2時間程度だったと思う。夕方間際にギルドに帰り、すぐに納品する。先ほど担当してくれた受付のお姉さんが業務終了間近だったので、以降はアルバイトが担当することになった。


「あ」

「「あ」」


 なんと馬車にいた学生のうちの1人だった。


 学校はまだ長期休暇中で、今のうちにアルバイトしておくとのことで、先日の冒険者3人組の紹介で受付バイトをしているそうだ。ということは彼らとも出くわす可能性がある。


「先日はありがとうございました! あのお礼も言えず、本当にすいません!」


 いきなり平謝りで深々と頭を下げるので少し注目されてしまった。


「…ハハハ、大丈夫です。無事なら良いですよ。で、薬草の納品を…」

「本当にリルさんたちがいなかったらどうなってたか。あ、友達もバイトしているんで、後で挨拶させますね。本当にありがとうございました!」

「…いやいや、それよりも、薬草なんですが…」

「あ、友達も来ました。こっちこっち」

「あ、トウさん、リルさん。先日は危ないところを助けていただきありがとうございました!」


 まるで人の話を聞いていない子達だった。


「あれ? 先日の御仁じゃないすか? あとやたら強いお姉さん!」

「え? 本当だ。なんだついてるね。やっと礼が言えるじゃないか!」


 受付でゴタゴタしていたらピートとジャニス、後ろにはダイもやってきてしまった。例の馬車で出会った冒険者3人組だ。トウとしては、一刻も早く薬草を売ってその日の宿代を確保したいのだがどうもタイミングが悪い。


「リルさん、トウ殿、先日は感謝の言葉もない…」


 後ろのダイが真面目な様子で感謝を述べるとギルド内が騒然となる。


「おいおい、風神のリーダーが頭下げてるぜ」

「うわ、俺絡まなくて良かった…」

「あれ? 新人バイトちゃんたちともなんか親しいみたいだぜ」


 ヒソヒソ話になっていない声量で色々と騒ぎ始める。


「あの~、とりあえず、薬草を」


 必死な形相でなんとか薬草を受け付けてもらったのだが、これがまた波紋を呼ぶ。


「すいません、鑑定の人がお話ししたいって言ってるんですけど…」

「え? どうしてでしょうか? 依頼の品種は間違ってないはずですが…」

「それが…」

「えっと、その人ですか?」

「あ、はい…、こちら…」


 紹介する暇もなく、後ろからメガネをかけた神経質そうな中年男がやってきて、いきなりトウの右手を握り締め、強引に握手をする。


「いや~、素晴らしい! この品質、どうやってこんなのを短期間に見つけて来られたんですか? いや、そもそも扱いがプロレベルです。もしかすると薬師の方ですかね? いや、そういう感じでも無さそうな…。うんうん。とにかく過去最高級の薬草ですからね、ちゃんと色をつけますので、これからもぜひ!」


 トウの薬草が余程気に入ったらしい。握手をしたままブンブン手を上下させ、興奮している。


「ギルドマスター、そんなに興奮して話しかけたら引いてしまいますよ」

「え? そうかい? ごめんごめん。でも本当に素晴らしいんだよ」

「ごめんなさい。うちのマスター、薬草オタクで…。あ、私はサブマスターのキャメルって言います。以降よろしくお願いしますね。じゃああなたたち残りの手続きよろしくね」


 そう言いながらサブマスターのキャメルは、ギルドマスターの襟を掴んで去っていく。まだ仕事が山積みだとか言いながら…。


「なんか嵐のような人たちね」

「いや~、いろいろ人がいるんだな~」


 ギルド内は先ほどの件でさらに盛り上がっている。採取のクオリティが良いとこのギルドでは出世が早いらしい。そんな声がちらほら聞こえてくる。


「あ、トウ殿。実は折り入って話したいことがあるんだが…」


 受付での手続きも済んでギルドを後にしようとしたところ、ダイが声をかけてきた。


「ねえねえ、明日でも良いかしら? 私たちまだ宿も決めてないんだけど…」

「え? そうなんすか? それ急いだ方が良いっすよ。この街宿少ないからね。おい、トウさんに良い宿紹介してあげなよ」


 リルの返答にピートが返事をし、ギルドから宿を紹介してもらうことになる。


「いや、なんかすいません。お世話になっちゃって」

「いやこの程度。恩返しにもなっていない…。それで、話を少し良いだろうか?」


 ダイに誘われてギルドの食堂でリルとともに一緒することになる。


「改めて紹介させてくれ。俺たちは風神という名前のパーティを組んでいる。俺がダイ。こいつがピート、そしてジャニスだ。この度は本当に助かった。そして情けないところを見せてしまった。この通りだ」


 ダイが頭を下げるとピートもジャニスも揃って頭を下げる。周囲の目が気になるが、


「いいわよ。気にしてないわ。ね、トウ?」

「…ああ、そうだね」


 2人の様子にホッとしたのかダイがつけ加える。


「正直、次に同じ状況が起こっても同じことをするかもしれない。冒険者もそうだが旅は自己責任だ。仲間の命を助けるために他を犠牲にすることについて、俺は改めないと思う」

「まあいいんじゃない。あなたはあなた。こちらはこちら。別にこちらから文句はないわ。ね、トウ」


 トウはリルの呼びかけに黙って頷く。


「そんな俺たちだと踏まえた上でお願いしたいことがある。どうか俺たちのパーティに入って欲しい」

「…う~ん、やっぱりか…」


 リルには分かっていたらしい。


「もちろんすぐに返事を欲しいなんて言わない。だが検討しておいて欲しい。俺たちはこれからもっと上を目指していく。トウ殿、リルさんのような実力者を放っておくなんてあり得ない。色々考え方が違うと思うがぜひ…」

「…分かったわ。考えてみる。でも期待しないで。それでいい?」


 リルがそう言いながらトウを見る。トウはやはり黙って頷いた。

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